信夫草(伊達実元&成実)

少しだけ暇のあった成実は、父に会いに行こうと北へ馬を走らせた。


霞ヶ城から八丁目城までは、街道を歩けば一刻ほどで辿り着くことができる。
短い道中で成実は、久々に逢う父を思い描いては人取橋であげた武勲のこと、主君である最近の政宗のこと、この間行った米沢のことなど、話したいことが沢山沸いてきて小さく笑った。
また、鬱蒼と茂る木々に覆われた山の間を縫うように敷いてある道を八丁目よりさらに北に進めば、突然山が開けて懐かしい生まれ育った盆地が見える。
左には生まれた臥牛城、川を挟んで右手には以前住んでいた渡利の舘。
その臥牛城には、今は片倉小十郎がいる。

(親父に会ったら、小十郎をからかいにいくってのもアリかもな。)

ついでに、臥牛城下の馬場で新しい馬を見つけに行く、というのもいいかもしれない。
道沿いにあった熟れたアケビの実を手みやげにと、手折りながら成実は馬足を進めた。


「来たか、藤五郎。」

久々に入った八丁目の城の一室で、成実は持っていたアケビの蔓をぽとりと落とした。

「親、父・・・。」
「なんだ?久々に見る父の顔を忘れたか。」
「あ、い、いや・・・そういうわけじゃねえよ。」
「人取橋の時はこちらに顔も見せんで・・・」
「悪かったよ。つーか戦に行くのに俺だけ親父の顔を見に行くなんてナヨっちぃこと出来っかよ・・・」
「それもそうだ。どれ、一献。」

成実は父の顔を見ることができなかった。
父は元々そんなに大きな体をしているわけではない。むしろ一族の中では小さいほうで、戦場での活躍より外交面で手腕を振るっていたから、体躯も細いほう・・・だけど。
久しぶりに見た父は記憶の中の父より何倍も痩せ細っていて、こうして己の杯に酒を注ぐ指だって骨と皮だけで、成実は父に見えないように口元を強ばらせた。

それから、父は珍しく色々なことを語った。
最近の城下の様子、この間湯治に出かけた時熊が出て、それを弓で射殺したこと、米沢に向かう途中にあった源氏ゆかりの寺が古かったこと(遠回しに政宗に直すよう伝えろと言った)。
声は以前と変わりなく張りがあって時折冗談めいたことも言っては、笑い声をあげていたが、成実は上手く笑うことができず、ただ不器用に相槌を打つしかできなかった。
父・実元は、ふと明るい声を落ち着かせて囁くように聞いてきた。

「・・・政宗殿は、どうだ?」
「いっつもギラギラしてやがる。先見の目も持ってる・・・。まさに奥州筆頭だな。仕えがいがある。」
「俺もそう思う。お前は戦場で常に先鋒を任されているようだが。」
「ああ。」
「俺とお前が伊達領の最前線にいることの意味を忘れず励め。」
「・・・おう。」
「だが、きっと俺が先に逝くだろうがな。」
「・・・おい、親父何言って「何かあれば、小十郎か・・・鬼庭のせがれに相談しろ。綱元は一番俺と考え方が似ている。」
「・・・。」
「それから、政宗殿には抗うな。いいな。」
「・・・・・・おう。」
「わかったか?俺だっていつ輝宗のようになるか知れん。」
「ッ!俺がそんなことさせねえよ!馬鹿野郎ッこのクソ親父!ンなことばっかり言ってるんだったらとっとと死んじまえ!」
「それはできないさ、お前が泣くからな。」
「〜〜〜〜、また来るッ!」

ちびちび食べていたアケビの実を力任せに床に投げつけ、成実は城を出て馬に飛び乗った。

わかってしまった。
わかってしまったのだ。
これがきっと、父と今生の別れになるであろうことを。

馬の腹を蹴り上げながらぽろりと零れた涙を乱暴にぬぐい、歯を食いしばる。

(クソ親父・・・クソ親父ッ!いつまでも子供扱いしやがってっ!!)

舌の中に残っているアケビの苦みが、ひどく心に染みて痛かった。







臥牛城=大森城の通称。信夫草=大森城あたりの名物の草です。