天より生まれし・下


※DLC支援獣・天狐が出てきます。


主に甘寧と凌統による建業を揺るがす程の乱闘の末(喧嘩両成敗、最終的に呂蒙の拳骨が飛んで終わった。)、暫くの間、白い獣は甘寧が面倒を見ることと成った。

それからというもの、狐に似た白い獣は、どんな時も甘寧の後ろをとことこと必死について歩き、軍議などにも現れては誰の邪魔もせず、卓の下で大人しく丸くなっていて。時々すやすやと眠っている愛くるしい様はつい丁奉が詩を詠んでしまうほど人の心をくすぐる。
数日後に獣について熱心に調べていた陸遜が、古い書物を持ちこんできて天狐という神獣の類ではないかと推測してきた。陸遜も甘寧と凌統の例に漏れず、こっそりと獣に興味深々だったようだ。しかし如何せん、書物には肝心の天狐の絵がないのでよくわからない。
獣は甘寧やその他の人間達に餌を自ら催促することはなく、ただ与えられたものを美味しそうに食べているので雑食の生き物らしいが、餌を強請(ねだ)らないという点が疑問である。
が、今のところ凶兆も無い。名前もないと不便だろうということで、その獣の名を天狐とすることに相成った。

「きゃー、甘寧様よー!」
「おお、今日も天狐様も一緒とは!」
(天狐“様”かよ)

天狐のその愛くるしい姿と鳴き声は、建業に仕える人間は勿論のこと、住んでいる民をも魅了し、いつの間にか飼い主の甘寧もろとも街中の注目の的となっていた。
甘寧が来たとなれば、すぐ後ろをついて歩く天狐のふわふわな二股の尾を探し、今日もいると確認した途端に方々から可愛い、可愛いという声と溜息が飛んでくる。中には触りたいと寄ってくる女や子どももいて、甘寧はうんざりしていた。
そんな甘寧の様子が、面白くないのは乱闘の末負けた凌統である。

「畜生、こいつのお陰で道もろくに歩けねぇぜ」
「あーあ、なぁんで現れたのが俺の前じゃなくてあんたなんですかねぇ」
「知るかよ。どこ行くにも注目浴びて仕方ねぇ。軍議にトンヅラかますこともできねぇしよ。活躍すんのは戦場だけで十分だ」
「ふん。軍議は出るの当たり前だっつーの、なー?」
「キュイー」

天狐に同意を求めると、見事天狐は凌統の顔を見て鳴いたものだから、堪らず凌統は顔を綻ばせて天狐の耳のあたりを撫でてやった。天狐も天狐で気持ちよさそうに目を細めている。

「あ、そういえばよ、そいつあんまり撫でられるの好きじゃねぇみてぇだぞ」
「え?こんなに触ってんのに?」
「さっきガキが触ろうとしたら俺の後ろに引っ込んだ。一応人間は選んでるんだな」
「ふーん。そういえば、この背中に背負ってる袋には何が入ってんだい?あんた、見た?」
「見ようとしたら噛まれた」
「あっはは!ざまぁないね。誰にだって見られたくないもんはあるよなー?」
「キュー」

また返事をした。
いよいよ満悦となった凌統は、天狐を持ち上げて、自らの腕の中に抱いて大きな尾に顔を埋め、至極のひとときを過ごした。


天狐は甘寧の行く所どこにでもついてきた。
街や宮はおろか、戦場までも。
付いてくるなと言っても、聞く耳を持たずにいつものように付いてくる。
だから、邸の者に持たせて絶対に目を離さずに面倒を見ているように伝えても、いつの間にか後ろを付いて来ているのだ。
最初に戦場の砦まで付いて来た時は、凌統はじめ各将からどうして連れて来たと罵声を浴びせられた。理不尽だ。
凌統からはここぞとばかりに、射かけられても知らねぇぜと嫌味を貰ったが、天狐は戦の回数を重ねても無傷のまま生き抜き、そしていつでも甘寧の後をついて戻ってきた。
そして不思議なことに、天狐がやってきてからの孫呉の戦は、完全な負け戦になった事はなく、むしろ天狐がいることで兵たちの士気は上がり続ける一方だ。軍の中では吉をもたらす神獣なのではと実(まこと)しやかに囁かれつつあった。

そんなある日。
建業から魏の方面へ行軍する朝方、甘寧がやってきた。が、皆の視線は後ろを付いてくる天狐の首に釘付けとなった。
ふわふわの首に、甘寧の鈴が一個ついているではないか。甘寧同様、走るとチリンチリンと音を立てていつも以上に喧しく、待機していた凌統は思わず声をあげた。

「あんた!!なんだいそいつはっ!」
「へっへぇ、こいつに俺の鈴付けてやったんだ!これでこいつの居場所も判るだろ?」
「見ればわかるっつの!何してんだよ!こんなでっかい鈴・・・なあ、邪魔じゃないかい?」
「キュ?」

天孤は心配そうに覗きこんできた凌統を、何事かと見つめかえす。
・・・どうやら邪魔ではなさそうだ。

「・・・。」

いよいよ何も言えなくなった凌統は、大きく舌打ちをして行軍先に馬首を向けて出立の鼓舞をあげた。





その夜は近くの砦で野営となった。
幕舎を張り、その中に設けた簡易な寝台に凌統は横になって、ぼんやりと考えている。
遠くから馬のいななきが聞こえる。
この行軍は、今までにないくらいの大規模な対魏の戦闘に向けてのものだ。自分が生きて帰れるのかどうかすら見えないというのに、あんな小さな獣が生きて帰れるのか?
士気が上がっていると見せかけて、軍全体が浮ついているのではないだろうか。
自分を含め、皆あの獣を天孤天孤と呼んでいるが、本当はそうじゃないかもしれない。
でも、実はあの獣は本当に吉をもたらす天孤で、だからこそ甘寧もその加護を受けて生きて帰ってきているのではないだろうか・・・

(いや、違うな・・・俺が羨ましく思ってるだけか)
(甘寧にも・・・・・・天孤にも・・・)
(そんなの、いるわけねえっての、いたら今頃乱世なんて終わってるって)

「キュ」

聞き慣れた鳴き声がすぐ傍で聞こえて、凌統は身を起こした。
すると、幕舎の暗がりの中で、自らの足元の辺りにゆらゆらと揺れている二股の尾を見つけた。

「キュイ」

天狐だ。いつの間にやってきたのか。全く気付かなかったと思っているうちに、天孤は凌統の寝台の上にすとりと飛び込んで、凌統の近くまで歩み寄ると、いつものようにちょこんと座ってしまった。

「あれ、お前、甘寧のとこにいなくていいのかい?」

尋ねてみても、珍しく天孤は無言のままだ。
暗がりでもくりくりとした黄金の大きな瞳は煌めいてこちらの心を見透かしているようだ。
そういえば、日中これ見よがしにつけていた首の鈴がない。どこかに落としてきたのか、はたまた呂蒙さんあたりが取り上げたのか。再び考えだした凌統を見て、天孤はしきりに自らが背負っている袋のほうを振り向きながら、鳴き声を上げはじめた。

「キュ、キュイ」
「ん?」
「キュイー」
「え、お前これ開けてほしいの?」
「キュ!」

まるで人の話が分かるような鳴き声に、思わず頬を綻ばせた凌統は、じゃあと少し控え目に手を伸ばし、小さな袋の口に指を差し入れた。中に何か入っているが、取ってもいいものかと目で天孤に尋ねてみると天孤は目を細めてじっとしている。
そっと取りだしてみたそれは、首につけていたはずの鈴であった。
取れたものを再び首に下げてほしいのかと思い、鈴についていた紐を天孤の首に巻こうとしたが、天孤は嫌々をするようにして首を振り、それを拒否した。
仕方なく寝台の脇に鈴を置いて、凌統は天狐を優しく撫でる。
外もこの幕舎の中も暗く、時折見張りの声などが聞こえるが、天孤の面倒をみているはずの甘寧は一体何をしているのか。呆れた野郎だ。
しかし自らやってきてくれた客人には何ら非はない。凌統は今は自分が話し相手になってやろうと天狐を抱き上げた。

「なあ、お前どこから来たんだい?」
「キュ」
「南中とか、そっちのほうかな。孫呉内では誰も見た事ないっていうぜ?あ、でも俺は小さい頃に一回だけ見てるけどさ。あれ、お前の仲間?」
「キュイ!」

すると、凌統の腕の中に抱かれた天孤は凌統をまっすぐに見つめながら、自らの片方の前足を凌統の胸にてしっと突っぱねた。
その前足には、小さな古傷が一つ。
幼い頃に手当てをしてやった時の記憶と、天孤の古傷の場所が一致していて、思わず凌統は息を飲んだ。

「お前・・・やっぱりあの時のか!?」
「キュー!」
「そっか・・・そっか・・・・・・。生きててよかったな。また逢えるなんて・・・」

”また逢えるなんて”

凌統は自らが発した言葉に、もう二度と逢えないであろう父と、腕の中に抱えた天孤とを重ねあわせ、再会の素晴らしさを噛みしめて思わず目頭が熱くなった。
自らが生きているこの時、逢いたくても逢えない者達は山程いる。
確か、陸遜が持ってきた書物には天孤は千年生きた狐が化けた姿だとあった。
千年も生きたのなら、沢山の生死を見ただろう。刹那を生きる人間やうつろう時は、あんたの目にはどう映るんだい?
堪らずに凌統は天孤の頭や胴、尾に顔をおさめ、優しく撫でてやった。天孤も嬉しそうにキュと小さく鳴いている。



気づけば自分が眠くなっていた事に気付いた凌統は、大あくびをして天孤を抱いたまま寝台に背中を預けた。
そして、天孤に尋ねる。

「一緒に寝ようか?」
「キュ!」

温かい尾が首にふわふわと纏わりついて、腕の中の何ともいえない温もりがまた睡魔を引き寄せる。
瞼を閉じ、うとうとと眠りに付く寸前、凌統の頭の中に誰かの言葉が響いた。

(あの時僕を助けてくれてありがとうキュ)
(その鈴に僕の力を込めたキュ、それは持ち主じゃなくて君が持ってて欲しいキュ)
(君の大切な人のものキュ、僕の力も込めたキュ。絶対に力になるものキュ!)





次の日になったら天孤は消えていた。
凌統は何となく、そういう予感を感じてはいたのだ。
きっとまた自分のもとから居なくなってしまうと。
幕舎を出ると、外はいい天気に包まれていた。早速武具や兵糧の点検、練兵を軽く行い行軍せねば。
そこへ、困った表情で甘寧がやってきた。

「おい、凌統。あいつ、知らねぇか?」
「あいつって?ああ、天孤?」
「おう。目が覚めたら居なくなっててよ」
「・・・獣ってそういうもんなんじゃないの?つーか、あんたもあいつに愛着持ってたのかよ」
「そりゃあいつも後ろ付いてたのが居なくなったら愛着も沸くだろうがよ!」
「ははっこれであんたも“可愛い”の意味が分かったってわけだ。・・・きっとまた逢えるって」

生きてればな。
天孤は再び居なくなった。
けれど、凌統は再々度の再会を待ちわびながら、天を仰いだ。
奴は居なくなったけれど、確かに寝台の脇に鈴が一つ転がっていたのだから。

(このことは、甘寧の野郎には・・・皆には言わないでおこう)









その後、孫呉の士気は大いに低下、天孤散策のために一軍設けるかどうか論議に発展しましたとさ。
凌統にもふってほしかった一心で書きました。どうなんだろう・・・こんなんでも大丈夫ですかねぇ