帰路



妙に凌統が陽気な夜だ。

「でさぁ、鈴の音が聞こえたからまたあんたかと思ったら違ったわけよ。なんなんだよ、てめぇ」

それはこっちの台詞だと思った甘寧は、顔を真っ赤にして酔っている凌統をじっとり眺め、己の杯を傾けた。
凌統が甘寧を蔑むのは今に始まったことではないが、こうして卓を挟んで酒を酌み交わすことができているということは、つまり、そういう事なのだろう。
甘寧も凌統も、互いに何がどうなったなどとは死んでも口にしないだろうが。
そんな事実を差し引いても、今日の凌統はやけに機嫌がいい。舌も饒舌、身振り手振りもやや大きい。
そんな凌統に応えて、甘寧は肴を口にほおり、得意気に顎を上げた。

「へっ、そいつは心外だぜ。俺の鈴の音と他の野郎の鈴の音を聞きわけられねぇたぁ、俺の首狙った奴の台詞か?」

凌統は卓に頬杖をついて片眉をあげ、手の中の杯を弄びながら片方の口角を上げた。

「自分でそれ言うか?こっちはいつでも殺せるっての」

嘘だ。…いや、嘘と本心半々だ。
甘寧は直感で思った。
確かに凌統は本気で殺しにやってくる。本当に狙われた事は何度かある。あの時の殺気を思いだしてみれば、凌統の言葉に殺意が乗る事も少なくなっているし、凌統が甘寧を殺す日は日に日に遠のいている気がする。

「あんたの鈴の音なんて分かっても分かりたくねぇよ、謝れ、俺に謝れよ」
「ごめんなさい」

甘寧は凌統の冗談に付き合ってやろうといわんばかりに、軽い気持ちで(それこそ冗談で)呟いた。
けれど、凌統は手の中の杯を落としかけた。
卓に酒が零れたがなんとか杯を持ち直し、凌統は俯いた。甘寧のほうからは凌統がどんな表情をしているかは分からない。

「……。」
「……。」

おい、と言いかけた矢先、突然凌統は声を上げて笑いだした。
腹を抱え、卓に突っ伏すぐらいに。顔は笑っているのに、目じりにうっすらと涙が見えたのは、嬉し泣きか笑い泣きか……それとも何だろう。
やがて、凌統は息を切らしながら目元を拭って顔を上げた。

「あんたさぁ、ホント馬鹿じゃねぇの?」
「酔ってる野郎に言われたくねぇぜ!どこのどいつだぁ?こう見えて酒に強いなんて大口叩いてたのはよ、なぁ?」
「煩いねぇ、孫呉は酒に強い国なんだっつの!」

国全体の酒の強さと自分の酒の強さは余り関係がない気がするが、とにかく、今日の酒は殊更美味い。
凌統は何故かまだ笑っている。
そうか、こいつはこんな風に笑うのか。・・・・・・俺にも。
宵が更けたらそのうち寝に入るだろう目の前の奴を、今日は捨てずに持って帰ろう。
もっと鈴の音を染み入らせないといけない。
間抜な寝面を眺めるのも悪くないかと、甘寧は目の前でへらへらしている凌統の顔を眺めながら杯を傾けた。











日記にあげていた話です。ありふれた日常はとても遠くに居たようで、いともあっさり落ちてきました。