図書館司書の憂鬱(現代親就)

※現パロ、大学生元親と、学生図書館の司書・元就という設定です。

今日の元就は朝から違和感を感じていた。

新聞を読むのが億劫で、朝は常に新聞を5誌読んでいるのに1誌の半分を読んで机に置いた。
歩いて大学へ向かおうとしたが、なんだが足が重く感じて途中からバスに乗った。
いつもより少し高めに体温を感じ、まだクーラーのついていない図書館の玄関で悪寒に襲われたとき、元就のなかであまりよろしくない予想が弾き出された。

(風邪か?)

風邪をひく原因は考えなくても容易に出てきた。
連日夜遅くまで残業を繰り返し、体は疲労しきっていた。
さらに昨日の夜は大雨で、図書館の置き傘を使ったはいいが薄手のジャケットを羽織っただけの体は、家に着いた頃には震えるほどに冷えきっていた。
遅い夕飯は菓子パンにプリンにカフェオレだけだったし、疲れきって風呂もシャワーだけで済まし、髪を乾かすことなくベッドに沈んだ。
元々病気の類にはあまりかからないとはいえ、これだけ不摂生がリンクすれば体だって悲鳴をあげるはず。

元就は、深い溜息をついて図書館に向かっていた足を保健室のほうへ向け、重い身体とは対照的に革靴を軽快に鳴らしながら構内を歩いた。



保健医の明智から゛おやおや、珍しい方がお出でですね゛とかなんとか言われながら風邪薬を奪い、図書館に戻ってきたら(新しく調合した薬を試されそうになって奴の頭を殴って気絶させ、逃げてきた。)、同僚の前田と理事長の妹の市が、大きな段ボール数箱の前で困った顔をしていた。

「どうした?」

自分の事務机に鞄を置きがてらそちらのほうへのぞき込むようにして近付くと、突然二人は慌てて段ボールを隠そうとした。

「ももも毛利殿ッ!某と一緒に信長様へご挨拶にいかないか!?」
「嫌だ。前田、それはなんだ?」
「やめて・・・・・・・・・これを見たら・・・貴方死んでしまうの・・・。」
「意味がわからぬ。見せよ。」

軽く市の肩をどけ、元就の目に映ったのは本の山、山、山。
しかも、ページが波打っているものが多数。

なんだか、嫌な予感がする。

「・・・なんだ、これは・・・」

静かに呟く声はとても不気味で、前田は自分の妻に叱られるときと同じか、それ以上の恐怖を感じて背筋を凍らせた。

「あっいや、これは・・・その〜・・・」
「ごめんなさい…ごめんなさい…市が悪いの・・・。」
「それでは答えになっておらぬわ。」
「っ・・・・・・雨漏りが・・・。」
「雨漏り?」
「あっあのな、昨日届いた新図書、3階の第2書庫に置いておいただろう?某がさっき書庫から出そうとして、中に入ったらひどい雨漏りで・・・書庫に収蔵してあった本も・・・」
「ごめんなさい・・・市はあのお部屋、雨漏りするってわかってたの・・・。」

すでに元就に二人の声は届いていなかった。本年度の図書予算額の残額を計算してみたり、書庫に入っていた貴重な資料は何冊あったかとか、絶版になっていて発注に手間取った時のことだとかが走馬燈のようにかけ巡って、くらりと視界が白くなった。

「毛利殿っ!!」
「あ、しっかりして・・・」

次の瞬間には後ろにあった本棚に背中を預けていて、本当に目眩をおこしたのだと気づいた。

「大事ない。足がもつれただけだ。起こった事は仕方がない。貴様等は手分けして乾かして使えるものと、もう読めぬものとを分別しておけ。それから図書番号の張り替えもな。」
「毛利殿はどうするんだ?」
「書庫を見てくる。」
「毛利殿。」

カウンターから出ようとしたとき、前田はいつになく真面目な顔でこちらの様子を伺っていた。
この前田利家は、図書館の力仕事要員だ。頭脳はさほどよろしくないが、それなりに仕事をこなし、時折確信をついたような発言をするから恐ろしい。
これがなかったら、元就は彼を同僚として認めないどころか解雇させているところだ。
その前田が、怪訝に眉間に皺を寄せて口を開いた。

「もしかして毛利殿、どこか具合が悪いんじゃないか?」
「それはない。我はいつも通りだ。」
「具合が悪いなら、朝だけでも休んでいたほうがいいんじゃないか?毛利殿は今日外まわりも入っているし、無理はしないほうがいい。」
「くどい。」
「でも・・・なんだかいつもより顔が赤いわ?」
「気のせいであろう。我の心配をするより早々に本をどうにかせぬか。」

少し早歩きで書庫に向かう途中、元就は誰もいない水道で薬を飲み込み、熱い溜息を吐いて階段をのぼった。





正午過ぎ、元親はいつものように図書館へ向かった。
カウンター前を通るとき、軽く事務スペースを見渡すが、前田という職員が慌ただしく作業しているのみで、毛利の姿はなかった。

(授業かな?)

と、特に気にすることなく、新図書コーナーから数冊の雑誌を引き抜いて閲覧室の一角に腰を下ろし、まずは課題のレポート作成に取りかかることにした。
図書館はつい最近まで全く寄りつかないところの一つだったが、これが慣れればなかなかいい場所だと気づくのには、さほど時間がかからなかった。そして、自分にも真面目なところがあったのだな、と少しこそばゆく思ったりして。

ついまとめに熱中して、集中力がとぎれ始めた頃、時計を見たら約4時間が経過しようとしていた。
午後一の授業も終わった時間だし、毛利も帰ってきたかなと首を伸ばしてカウンターを見るが、残念なことに今度は誰もいなかった。
常に誰かはカウンターについている図書館で、なかなか珍しいことがあるものだと、先ほど持ってきた雑誌で息抜きをしようとしたとき、なにやら目線を感じた。

「ああ?っぎゃああ!!」

振り向いて見ると、全身黒い服の長い黒髪の女が元親のすぐ後ろに立って見下ろしているではないか。
ビビって数歩横に逃げたとき机の上のルーズリーフを床にばらまいてしまい、その女に見覚えがあったことを、ルーズリーフを拾い集めながら思い出した。
確か、いつも暗い顔でカウンタに座っていて、ゆっくりとした動きで働いている、確か浅井市とネームに書いてあったはずだ。
市は口を開いた。

「貴方の、助けを待っている人がいるわ・・・。」
「はあ?」
「お願い・・・行ってあげて・・・。」
「じゃあ、アンタが行ってあげればいいんじゃねえか?」
「・・・・・・市には、長政様がいるから・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・あー、・・・クソっ、わかったよ。で?どこにいるんだ?その人ってのは。」

他の奴を頼れよと周りを見るが自分しかいないから焦った。ついさっきまで学生数人がいたはずだが、市のオーラでどこか違う所へ行ってしまったようだ。
根負けした元親が尋ねるのを待たずして、市はスッと折れそうに白い指で一点をさした。
辿っていけば、そこにあったのは上の階に続く階段だ。
3階といえば、どでかい図版やら百科事典をはじめ、古めかしい雑誌やら論文がみっちりと収蔵してあって、しかも3階であるのに日当たりが悪く日中ずっとじめじめしていて人気が常に少ない階だ。

「3階で・・・孤独に作業しているわ・・・。」
「へーへー。」

軽く机の上を片づけて、元親は重そうに腰を上げた。





(疲れた・・・。)

元就は汗の出ていない額に手をやった。
朝より体が熱くなった気がする。
どうやら明智から貰った薬は効かなかったようで(そもそも明智自体が怪しい。)、頭痛までやってきたし、図書館3階の日当たりは最悪で悪寒はひっきりなしにやってくる。
3階第2書庫の雨漏りは酷い有様で、波が立たんばかりに水浸しだった。被害が大きい部分は前田に本棚ごと移動させ、浅井には図書の乾燥と整理をやらせ、自らは学校の運営課に走り、一応の館長である北条へ報告し、水回りの管理会社に電話を入れ、別件で近くの児童図書館に顔出しに行かなくてはならず、ついでに他の教育機関へ学校の車で外回り。
気づいたら昼の時間になっていて、悪いことに昼飯はほとんど喉を通らなかった。
昼食から戻ってきた前田を捕まえて、市と3人で第2書庫が治るまでの本の避難場所を決めて、自分の椅子に座ったら二度と立てなくなってしまいそうで、もう一度、明智から貰った薬を飲んでホットレモンを飲んでみたら少し気分がよくなった気がした。

前田と市の心配をよそに、乾燥させたら読めるようになった図書(段ボール3箱分)を運搬用カートに乗せ、一人薄暗い3階へやってきた。

(・・・。)

頭が朦朧とする。
無心に近い。
何故ここまで躍起にならなくてはならないのか、元就自身もよくわからなかった。とりあえず自分で全て行わなくては気持ちが悪いし、できないことも多少無理すればできるようになるならなんだってした。
書庫から閲覧室に運んだ本棚に一冊一冊本を収めていくのだが、一番上は脚立を使って背伸びをしないと届かないほど高く、体調が絶不調の今の毛利にとってそれは、軽く命がけの作業となっていた。

図書番号の関係で一番上の棚に納めなければいけない、片手で厚さ約10センチはあろうかという百科事典を手にし、元就は脚立に昇って背伸びをした。
そもそも図書館用の脚立がいけない。どうして地上50センチまでのミニ脚立があてがわれているのか、よくわからない。今度もっと背のある脚立を庶務に買わせようと憎らしい表情をしたときに丁度本が棚に収まって、ホッとしたのが悪かった。
また、視界が真っ白になった。

(まずい!!)

落下すると思い、目をギュッと閉じたが、体は床にたたきつけられることはなかった。
一気に気持ちの悪い汗が噴き出すなか、そろりと目を開けてみれば、自らの足は脚立に2本立っていて、背中に今までなかった支えのようなものを感じた。

「アンタも立ちくらみなんかするんだな。」

ああ、聞いたことのある声だ。
奴だとしたら、どうしてこんな所にいる。
振り返ってみれば、やはり長曾我部だった。

「なぜ貴様がここにいるのだ。」
「あ〜、助けを待ってる人がいるって聞いてな。」
「我は何も待っておらぬ。」
「そうか?」

それ、ここに入れるのか?と長曾我部は元就の返答を待たずしてヒョイヒョイと片手に3冊ほど百科事典を抱え、脚立を登り切る前にさっさと全て棚に納めてしまった。
そのような所をみせられては、人にはそれぞれ補ええない部分があることを認めざるをえない。

「その、黒い表紙の百科事典は2段目、黄色い表紙は一番下だ。」

ふらふらと、近くの椅子を引っ張ってきて座ると悪寒はひどくなった。が、なんとかごまかそうと長曾我部の手元を見ていた。
無骨な手は以外とてきぱきと動き、早くも一つの段ボールを空にした。
こっちはどうする?と聞かれたが、隣の棚へ上から順に、というのが精一杯で、元就は頭を使うことさえおっくうになってきた。

「なあ?」
「・・・なんだ。」

長曾我部がこちらに背をむけたまま話しかけてくる。

「もしかしてさ、毛利先生って今体調悪いんじゃね?」
「・・・何故そう思う。」
「さっき背中熱かったからさ。それに顔が赤い。」
「そうか・・・。」
「もう今日は休んだらどうだ?」
「なぜ学生の貴様からそんなこといわれなければいけない。我は明日有給を使う故、今日いっぱいは仕事をしていくつもりだ。」
「そうか。なら明日は図書館来てもしょうがないな。」
「フン。」

そういえば有給休暇を一度も使ったことがなかった。
そう思ったらなぜか、とても安心してしまって、元就は熱くなった目元を閉じた。

数分後、長曾我部に起こされて一階カウンターに戻ったら、前田が元就の大好物である織田学院大学購買部限定スペシャル三色アイスを用意してくれていて、今日初めての至福を味わったことはここだけの話。







以前、相互記念に書いたものです。この他にもこの大学には色んな人がいるのです。