図書館司書の餌付け(現代親就)

※現パロ、大学生元親と、学生図書館の司書・元就という設定です。


朝、今日は自分が鍵を開ける当番だったので毛利は少し早めに大学についたのだが、図書館の前に昨日の夜はなかった段ボール箱があった。
図書館の入口は、大学構内のメインロードを左に折れた小道の奥にあり、林に隠れて見えにくい。きっと自分が第1発見者だろう。
何か嫌な予感がして覗いてみると、予感的中。黒い子猫が小さな体をさらに丸くして、目が合うとニャアと鳴いた。

「またか。」

つい、毛利は深い溜息をついた。
大学の敷地内で、図書館周辺が一番緑が多い区画だ。一般人にも開放しているから親しみやすいのか、やたらと猫を捨てていく者が多い。
既に大学敷地内に居座っている猫は、確認できたもののみだけでも5匹。皆自分勝手すぎる。

これ以上数が増えても困るし、自分ではどうしようもない。毛利は無視して図書館の鍵を開けようと差し込んだ。
だが、目の端に映った黒い固まりの様子がおかしいのに気付いた。チラと見てみると、目を閉じて震えている。
数が増えるのも困るが、ここで死なれるのはもっと困る。同僚の市あたりが死骸を見つけて倒れて早退し兼ねないし、利家が図書館周辺に墓を作るかもしれない。
まあ、そんなもの言い訳だ。“気まぐれを起こした”とでもしておこう。


とりあえず館の鍵を開けて、自分の鞄を図書館内に放り込み、気に入っているエルメスの笹色のネクタイを軽く直して、段ボールごと猫を持ち上げ、保健室へ革靴の尖った爪先を向けた。

が、いやまてと独り言を呟き、はたと足を止める。

あの変態保健医(明智)にこのような小者を見せれば、すぐに実験に使い魔獣を生み出すのではないだろうか?それはそれで後味が嫌だ。もしかしたらこやつは腹が減っているのかもしれない。
そうなると、行く所は保健室ではない。
毛利は、踵を返してまだ人のいない学生食堂の裏口を開いた。





「あら、毛利殿ではござりませぬか。」

無言のまま学食の食堂へ入ると、厨房から前田のまつがカウンターの向こうから顔を出した。まつは既に本日の昼の学食の仕込みをはじめているようで、右手に皮剥き、左手にじゃがいもを持って笑いかけてくる。
毛利はこの女とは時々挨拶を交わす程度だったが、顔をあわせるたびに“なんと!青白いお顔をなさって!ちゃんと食べているのですか!?”などと軽く怒られるからあまり好きではなかった。
まつは黙ったまま突っ立っている毛利に小首をかしげ、綺麗に手を洗って厨房から出てきた。

「どうしたのですか?あら、その段ボールは・・・・・・まあ!猫ではござりませぬか!おかわいそうに、こんなに震えて・・・」
「図書館におった。腹が減っているようだ。」
「そうでござりまするか、では早速まつめが何か作りましょう。子猫故、太郎丸や次郎丸にあげているカリカリは無理というもの・・・・・・・・・」
「太郎丸?」
「ああ、たまにそのへんを歩いております野良の猫のことでござりまする。茶トラが太郎丸、白猫が次郎丸、ブチ猫が三郎丸、黒に白靴下が四郎丸、灰色トラが五郎丸にござりまする。」
「もしや貴様、奴等に餌を撒いているのではあるまいな?」
「ええ勿論。皆懐いて結構に可愛いのですよ。・・・・・・何か柔らかく煮たものがよいかとは思いまするが・・・・・・・・・あ!よき物がございました!」

図書館に捨て猫が置かれるのは、もしかしたら学食が近いのと、この女のせいなのかもしれない。毛利は軽く頭痛を覚えてこめかみに手を添えた。
ひとまず飯を待つのがいいだろう。近くのテーブルに段ボールを置き椅子に座ると、朝から色々と考え動いた疲れからか、喉が渇いていた。
カウンター横にあった給水機に近付き、脇に綺麗に重ねられているグラス一つを拝借する
。 グラス半分ほどまで水を注ぎ、椅子に座って喉を鳴らして飲み干せばいつもより水が美味くて、つい満足の溜息を漏らした。

(何故我がこのような真似を・・・)

震える猫の背中を軽く撫でてやるが、指先の冷えた自分の手は逆効果らしい。猫は寒そうに身を縮こまらせた。仕方なくポケットの中のハンカチを取り出してかぶせてやり、毛利は椅子の背もたれに背中を預けた。
さて。
もしこの猫が元気になったらどうしようか?その辺に放すか?いや、また学内に放すのはやめたほうがいいだろう。
・・・・・・家に持って帰るか?

「それにしても、毛利殿が猫を連れてくるなんて、まつは嬉しゅうござりまする。」

厨房の奥で小鍋を掻き回しながらまつが声をかけてくる。

「貴方様は動物があまりお好きではないと心得てございましてござりまする。」
「違う。敷地内で死なれては困るからだ。」
「ええ、死なれては困りまするね。・・・さあ、できましたよ!」
「時間がない、図書館に持ってゆく。」
「え!?お、お待ちくださりませ!ただいまレシピを差し上げます故!」





それから、まつが作った猫まんま(猫のエサを水で柔らかくして、粥状にした飯と鰹節をかけたもの)と、走り書きのメモを奪い取るようにして持ち出し、そそくさと図書館に帰ってきてしまった。
図書館には利家が出勤していて、何か言ってきたが全て無視し、段ボールを自分の机に乗せた。
猫は小さく丸まったまま、少しだけ目を開ける。
早速猫まんまをスプーンの半分ほどまで掬い取り、小さな口元まで運んでみた。

「貴様、我が直々に餌付けしてやるのだ。ありがたく食すがよい。」

黒猫は目の前に出された餌を眺めて2、3回瞬きした。そして警戒していてもすぐに潰されてしまいそうな、おぼつかない仕草でにおいを嗅ぎはじめる。
おそるおそるぺろりと舐めてやっと食べ物だと認識したらしく、それからは夢中に食べ始めた。スプーンに餌が無くなれば鳴いて次を催促するほどだ。
毛利は小さく鼻で溜息をついた。

「おぉ!食った食った!!やはり腹が減っては戦は出来ぬぅ!」
「煩い騒ぐな。貴様は上の階を見回って参れ。」
「おう!」

いつの間にか隣で見ていた利家が跳ねるようにして喜んで事務室から出て行った。
猫は椀の中の餌全てを完食、満足いったのか眠ってしまった。
これでひとまずは安心だ。




その日、図書館はいつもと雰囲気が違った。
入口を通ると、司書と一緒に段ボールの中の子猫が利用者を迎えてくれた。猫を見つけた女子大生たちは奇声とも呼べる歓喜の声を上げ近づいてくるから、カウンターの毛利の機嫌は悪く一方。けれど奇声と興奮に怯えた子猫が、毛利に助けを求めるようにニャーニャー鳴いて、眉間に皺を蓄えた毛利に抱き上げられる。猫と毛利の可愛さと美しさのダブルパンチを喰らい、失神寸前に至る学生続出となった。

遊びに来ていたサークルBASARAの面々も、カウンターに寄ってきて子猫を眺める。

「毛利センセ、懐かれてるねえ?」
「知らぬ。」
「コレここに置いておくのか?」
「馬ー鹿、libraryにcatなんざ置いてみろ。一気に本がコイツの爪の餌食になんだろ。」
「伊達の申す通りだ。我が引き取る。」
「おぉ!それではこの猫殿に名前をつけてやらねばなりませぬな!」
「じゃあ俺がつけてやるよ。んぁ〜・・・・・・・・・モトチカなんてどうだ?」
「消えよ。」
「魂胆見え見えで気持ち悪いよチカちゃん。え〜と、ちょっとしつれーい。・・・あ、この子女の子かぁ。」
「佐助、如何に獣とはいえ女子の尻を眺めるとは・・・」
「いや旦那、それは考えすぎだと思うけど・・・」
「散れ馬鹿者共が。仕事の邪魔だ。大体獣に名前など無用ぞ。」
「へーへー・・・じゃあ行こうぜ、後でな。毛利センセ。」
「・・・。」


こっそり猫に駒という名をつけようと考えていたことは、自分と猫だけの二人だけの秘密にしておこう。







数年前の2月22日猫の日記念日に書いたものです。
サークルBASARAとは、部長政宗、副部長元親、部員佐助&幸村の、学術発掘のボランティアを行うという目的のもと部室で適当に過ごすサークルのことです。