弓と大筒(元親+元就)

元就は、数ある武具の中でも弓矢が好きである。

例えば刀だ。
刀は己の基本であるし、武芸一般の基礎中の基礎であり、好き嫌いの問題ではない。
例えば槍だ。
あの直線の流れを持つ槍は、どこか熱情的で少し扱いに抵抗がある。
例えば鉄砲だ。
鉛の玉一つで一瞬の間に敵を殺すのは便利だが、何もかもが早すぎて、策をめぐらすには物足りなさを感じる。
それに引き換え、弓だ。
吉田郡山の山の稜線のような絶妙なしなりを持つ重籐弓と、厳島の海に日輪が沈む時にほんの一瞬現れる白い水平線のような弦。その二つから放たれる矢は、敵めがけて遅すぎもせず速すぎもしない早さで空を飛び、先端で黒々と光る鏃が敵の心の臓を射る。一連の動作には洗練されたものがある。その様が好きだった。

最近気になるものといえば、大筒だ。
四国の長曾我部が大量に導入しているのを目の当たりにしたときは何とも思わなかったが、時が経つにつれ、あれを一度撃ってみたいと思い始めたのだ。
銀を売り、鉄や銅を購入して作成するにも、安芸には職人がいない。職人を呼びよせることも可能だが、そこまでするのも長曾我部を知ろうとしているようで、何とも癪である。

「ふむ・・・」

さて。
元就はしばし思案して、政部屋を出た。

「たれぞある、船を出せ。四国へ参る。」



突然中国の毛利がやってきたと知らせを受け、碇槍を担ぎ勇み足でゆっくり歩く間もなく急いでいたが、野郎共から次々とやってくる情報はどうもおかしなものだった。
あの中国の、あの冷酷な毛利元就が突然やってくるといえば、奇襲をしかけてくるときと決まっていたはずだ。
それなのになんだ?
策を仕掛けるどころか、野郎共とちゃんと話しをして会いたいというではないか。
一体何がどうなっているんだ。
城内から見える海には、一隻も安宅船は見えない。
今さら仲直りなんて出来ないが。
元親は舌打ちをひとつした。

「クソ、謝ったら一発ぶん殴ってやるぜ。いや、一発じゃあすまねえ・・・」

二の丸を出ると、砂浜に続く大手門が見えてくる。
その手前。
多くの野郎共に取り囲まれている緑は、やけに小さかった。

「あ、兄貴!」
「兄貴、コイツ、共も一人しかつけてねえぜ。」
「牢にぶち込みましょうか?」
「いや。まだだ。・・・何しにきたんだ、毛利サンよォ。」

毛利はいつもの輪刀は持っていなかった。
身なりだって、いつもの変な形の兜が特徴の具足ではなくて、綺麗な深緑の羽織に、南の海のような青緑の袴を重ねた極めて日常的なものだ。
本当に、謝りに来たのだろうか?
心が苛立つのを覚えぐっと喉の奥が鳴ったとき、目の前のうつむきがちだった顔がほんの少しだけ上がり、見慣れた冷たい瞳でこちらを一瞥していた。
そして、音もなく腕をあげ、とても白く細い指が一点を指差した。

「あれを撃ちたい。」

毛利が指さした方向には、砂と銅を固めて作った赤茶けた城壁があった。

「・・・アレって、なんだ・・・?」
「貴様は阿呆か。あれだ。」
「アレじゃあわかんねえだろうが!喧嘩売ってんのかテメエ!」
「大筒だ。」

毛利の一言に、一瞬にして緊張が走った。
回りを取り囲む野郎共が獲物を構えなおし、元親も片眉をあげて毛利を睨んだ。

「そいつァ・・・どうして撃ちてぇんだ?」
「撃ちたいから撃つ。」
「それじゃあハイとはいえねえなあ。」
「大筒の持つ性格を見分するまでよ。」
「目標は?」
「何でも構わぬ。」
「毛利で使うのか?」
「撃ってみなければわからぬ。」

どうやら、本当に毛利は大筒を撃ちたいがためにここまでやってきたらしい。
どうするか。
元親は唇を尖らせて考えた。
野郎共の視線が一挙に元親に集まる。

「兄貴・・・」
「兄貴、どうすんですか?」
「わかった。いいぜ。」
「あ、兄貴!?」
「そのかわりだ。条件がある。撃つ玉は一発だけだ。こっちも費用があるからな。それから目標はこっちで決めるし準備もこっちでする。アンタは本当に撃つだけの動作だけをしてもらう。いいな。」
「構わぬ。」
「よし、じゃあこっちだ。ついてきな。」

元親は、毛利を城壁に備え付けてある砲台のほうへ案内しながら、少し残念に思った。
ほんのわずかだが、もし毛利が謝ってきたらまず数発ぶん殴って、どこかの武田の師匠と弟子みたいだが、きっと毛利も仕返しに数発殴ってくるだろうから、それを受ける。そのあとで野郎共と釣り上げたでっかいカジキマグロをさばいて、一緒に酒を楽しもう。一緒に海の話をしようと。
密かに思った希望は潰えたけれども、それでも大筒を通して分かり合えたらと、やはり元親は諦めなかった。
すぐに大筒担当の部下に玉と火薬の手配をさせ、砲台を海の方角へ向ける。
一連の動作を眺めながら、ただただ毛利は黙っていた。

「よし。準備はできたぜ。」

あたりに火薬の臭いがたちこめ始めた頃、元親は碇槍で松明に小さな炎を灯した。

「この、大筒からのびてる縄に火をつける。そうすっと、中の火薬に火がついて一気に目標までぶっ飛ぶっていうわけさ。」
「目標はどうやって決めるのだ。」
「風の流れと気候の具合を読んで、筒の角度を調節して決める。そこは船の舵取りと似てるな。おら。やってみな。」
「・・・。」

無言のまま、毛利は元親から松明を渡されて、縄に火をつけた。
天には日輪が神々しく光を注いでおり、風は少し乾燥している。
火がついた縄は、街道を走る早馬の如く火花を伴って燃え伸び、あっという間に大筒の中へと吸い込まれた。一瞬沈黙したかと思ったら、地面が割れたかのような轟音が辺りに響き渡った。

「・・・。」

周りが見えなくなるほどの土煙が舞い上がり、数泊後に、遠くの海に水柱が上がった。

「どうだ?」
「つまらぬ。」

無駄足だったと呟く毛利は、着物に掛った砂を軽くはらい、すたすたと歩き出してしまった。

「ああ!?おい、毛利何処行くんだ?」
「帰る。」
「おい!テメエ、こっちはテメエのために大砲用意してやったんだぞ!」
「兄貴に礼でもいえよな!」
「やめとけ。」
「で、でも兄貴!」
「多分アイツは本当に撃ちたかっただけだ。」
「俺等の技術、盗まれたらどうすんだよ!?」
「そんときゃあ、紛い物と本物の違いを見せつけてやればいいだけじゃあねえか。俺等はあいつらに負けねえだろ?なんせ俺がいるからな!」

はっきり言ってしまえば、浪費させられたということになるだろう。後で信親にこっぴどく怒られるだろう。資金をまた稼がなくてはならない。一国の主というやつもなかなか辛いところがあるが、それもまた仕方がない。
それに智将の気まぐれに付き合うのも、不思議と悪い気はしなかった。

(負けねえさ、アンタにはな。)

むしろ、これから相手の策の糧になるのかと考えると、俄然負けてはいられないと子供のようにわくわくする自分がいて、元親は小さくなってゆく毛利の背中越しに土佐の海を眺めた。



元就は瀬戸内の海を横断中、日輪の下で考える。
例えば大筒だ。
城攻めや海戦で、城壁や船を打ち壊すには有利だろうが、準備に時間がかかる。大きな作りに大きな音は、奇襲には向いていない。使う場所が限定される。火薬を使うならば、地面に埋めて爆破させたほうが効率はよさそうだ。
例えば長曾我部。

「長曾我部を、理解できぬことはわかった。」

やはり土佐に行ってよかった。
やはり弓が一番いい。
収穫があったと一人頷く毛利は、小早を漕いでいた共の者から見れば、ひどく微笑ましい姿だったという。







元就生誕記念としてフリー配布していました。