ゆめうつつ(無双OROCHI2・凌操&凌統)



※無双OROCHI2 DL配信シナリオ「牛鬼信頼獲得戦」がベースです。
この戦場の推奨武将は、牛鬼・百々目鬼・凌統です。




遠呂智を倒したとはいえ、平清盛をはじめとする敵諸勢力は未だ異世界に存在している。
故に、討伐軍にはすぐに平穏は訪れず、暫くはそのまま敵を駆逐するのに奔走していた。



凌操は、妖魔に捕縛された所を息子に助けられた。
他の将たちに比べればやや遅い合流となった凌操は、そのまま戦場を転々とした。
そしてようやく陣営に足を踏み入れたと思ったのも束の間、再び息子の凌統とともに、親子で火河近辺の見回りをせよと命が下ったのだ。
とはいえ、息子との出陣は、異世界でも嬉しいものである。

「・・・あ〜あ〜・・・。あのまんまじゃあ、敵と間違われて討たれちまいそうだねぇ。」

凌統が、遠くの戦火を見ながら声を上げた。
丁度火河で、味方の軍が敵残党に苦戦している現場に出くわしたのだ。

救援に向かおうと思いきや、しかしどうも妙である。
妖魔が同族同士で戦っているではないか。凌操と凌統はしばし顔を見合わせた。
そしてよくよく目を凝らし、耳を澄ましてみると、片方の妖魔軍は、遠呂智が死に、罪を償うために人間の味方となった牛鬼と百々目鬼が引き連れていて、彼らは人間の信頼を獲得せんと力を振るっているようなのである。
しかしその暴れっぷりといったら。
荒々しい様は、味方をも喰らう勢い。
つい凌統は肩を竦めたが、それまで黙っていた凌操は、息子のほうを向いて言った。

「ふむ。統、奴らに加勢してみんか」
「え?まあ、いいですけど・・・けど、どうしてです?父上はあいつ等を信頼してるんですか?」
「いや、ああやって信頼を獲得しようとしているのだ。妖魔の心はこちらにある。ならば人間が一人でも助けに回ってやれば、救援する味方の心を寄せつけやすかろう。そうすれば妖魔の心はよりこちらに傾く。種族は違えどこのような異世界だ。味方は多い方がいい。ゆくぞ、統よ。」
「そうか・・・はい、父上!」

そうして凌親子は二人、揃って妖魔の味方とならんと走り出した。





妖魔達の助けに回り、味方の救援と吸心に成功。しかし前線を押し上げたはいいものの、敵の城へ攻め入るにはいささか兵力が心許ない。
さて、どうする。
凌操はふと、陣営内の飯店で、呂蒙と福島正則が話している現場に出くわしたことを思い出した。

“おっさん!俺おっさんともガチの喧嘩してみてぇ・・・。今度やろうぜ、なあなあ!”
“いいだろう”
“えぇ!?マジで!?おっさんノリい〜ぃ!そうと決まれば早速河原に・・・”
“正則、折角刃を交えるならば、互いに一軍を率いて模擬戦を行わんか。俺がお前の采配を見てやろう”
“ええぇ!?漢同士の語りあいじゃ駄目かよぉ?”
“馬鹿者、戦は差しの勝負ではない。そうだな・・・火河近辺がよさそうだな”

(・・・)

二人は今、このあたりにいるだろうか。だとすれば、少し走って増援を頼めば・・・
思案していた凌操のもとに、偵察にでていた凌統が戻ってきた。

「父上!城周辺は敵さんが固めてます。防備はかなりぶ厚いけど・・・味方は増えてるし、俺達もこっちから攻めあげて、他の味方と包囲すれば突破できそうです。俺はこのまま前線に行ってきますよ!」
「統、前線に行くのなら頼みがある。」
「なんです?」
「増援のあてがある。俺はそいつ等を呼びここに潜伏するから、お前はこちらに敵を引きつけてこい!」
「増援のあて?・・・それならそうと早く言って下さいよ、父上!行ってきます!」

溌剌とした息子の返事が心地よい。
戦の最中であるのに凌操はつい、前線へ向かう息子の背中を目で追った。
大きくなったものだ。身も、武も。
こんなに頼もしく育ってくれたか・・・。
凌操は目頭の奥が熱くなったのを堪え、増援を呼ばんと走り出した。






陣営に帰って来た凌操と凌統は、遅い夕餉を囲んでいた。
二人は同じ幕舎をあてがわれ、そこで寝泊まりしている。
凌統はまさかまた父と一緒に食卓を囲めるとは思わず、最初に一緒に飯を食べた時は、思わず感極まって涙がこぼれた。

だが今は違う。
気分は沈んでいる。
先の妖魔の信頼を獲得するのに加勢した戦だ。
凌統が敵を引きつけ、父が増援を呼び潜伏した策は成功した。増援の呂蒙と福島正則とともに現れた父の姿は、とても頼もしく、そして実際力強かった。
父の死を目の前にした凌統は、また一緒に戦えるとは思っていなかった。
夢のようだ、夢なら覚めるなと思った矢先だった。

突然、甘寧が戦場に乱入してきたのだ。
自分の戦を聞きつけて鎖鎌を振るう姿を遠目で見た時、素直に嬉しいと思ってしまった直後。
凌統の横にいた父が顔をしかめ、舌打ちをしたのだ。

“水賊め、呼んでもいないのに来るとは・・・”

父の小さな呟きに、凌統は頭を殴りつけられたような衝撃を覚えた。
いや、思い出しただけだ。
忘れかけていた仇という事実を。
一瞬にして、凌統の心の内にこの世界の曇天のような暗い塊が重くのしかかった。
最初から夢など見ていない、全て現実なのだ。
その証拠に、この世界で武を振るった感触は、未だに身体中にこびりついて離れない。

(父上と甘寧・・・どっちが大事か、とか・・・)

考えても愚問だ、最早どちらを選ぶことなどできなかった。
それは、俺自身が甘寧を好いているからで・・・。
そんなこと、例え異世界であろうと、死んでも父上に言えるわけがない。
いや、それだけじゃない。父上の前にいる俺は、父上が死んじまった後の俺です、だなんて言えない。
父上に伝えたい事、聞いて欲しい事は沢山あるのに、何一つ伝えることができないじゃないか。

「どうした、統。箸が止まっているぞ」
「あ、ああ。すいません」

父上の呟きは、何を思ってなのだろう。
でも。
父上は、甘寧を善く思っていない。
父上は、父上自身の死を知らない。
父上は、甘寧が仲間になったことを知らない。
父上は、俺が仇を討てないことを知らない。
父上は・・・俺が仇と身体を繋いだことを・・・

(・・・)

もしこれが長い夢だとして。
元の世界に戻った時、再び父上を殺された自分に戻るとしても。
この世界での父上との記憶を忘れてしまうとしても。
今目の前で父上が息をしているのなら、自分の不孝を謝らなければ。
息子の未来の懺悔を、どうか父上、聞いてください。

凌統は、黙って椅子から立ち上がった。

「どうした?統」

凌統の耳に、父の声は届かない。
首を項垂れ、歩幅小さく父の隣にやってきた凌統は、そっとその場に跪いた。

「父上。話が、あります」

父が小首を傾げてこちらに膝を向けた。つい、凌統は目を逸らす。
今更言ったところで何になると、頭の隅で考える。
口にしたら、この異世界の父が嘘になるようだとも。
だが、今言っておかなくては後悔するような気がして、口を開いた。

「父上、俺・・・・・・・・・夏口で・・・」


父上を、亡くしちまうんです・・・


外の喧騒が聞こえなくなった。
この世界の全てが、こちらに耳を澄ましているようだ。
しかし凌統の唇は止まらない。

「・・・夏口で、父上は・・・・・・・・・甘寧に討たれて・・・・・・でも・・・・・・甘寧は生きていて・・・・・・孫呉に降っちまって・・・・・・もう、あいつ・・・・・・仲間で・・・・・・俺・・・・・・・・・もう・・・・・・・・・父上の仇を、討てなくてっ・・・」

父上は、どんな顔をしているのだろう。俯いていてわからない。しかし顔をあげることは出来ず、拳に情けなくぽたぽたと落ちる涙を見ていた。
仇が討てなくて、情けなくて、悔しくて。
仇を好いているなんて言えなくて。
再び出会えた父に言えないことがあることがまた情けなくて。
そして、ここで父に死を伝えたところで、きっと元の世界の父の死を止めることはできなくて。
凌統は涙と嗚咽を零しながら、腰を折り、頭を土に擦り付けた。

「だから、本当は、俺・・・・・・今・・・父上に・・・・・・向ける顔なんか、なくて・・・っ」
「・・・。」
「こんなっ・・・親不孝の息子で・・・・・・・・・ごめんなさい・・・」
「・・・。」
「・・・・・・っ父上・・・っ・・・ごめんなさいっ・・・」

「・・・。」

凌操は静かに目の前の息子を見ていた。


実は、己の身に降りかかる未来は知っていた。
呂蒙から聞いたのだ。
凌操自身、この異世界に来る直前の元の世界の記憶といえば、夏口に出陣する直前である。だから甘寧の名は耳に入れていた。
陣営に入った時にたまたま、福島正則の口から“鈴の甘寧”という単語が出てきたのを聞いたから、敵である甘寧までこの世界にいるのかと思った。
どんな漢かと。
話せば話す程、言葉の歯切れが悪くなっていく呂蒙の態度が妙で、何かあるならば、いっそ、包み隠さずに話してくれと自ら告げたのだ。
すると呂蒙は瞳を泳がせて。しかしはっきりと口にしてくれた。
それは想像以上に近くに迫っている死。考えても今を生きなければ仕方がないと、割り切るつもりでいた。

目の前の息子は、自分の死後を生きてきた息子のようだ。
きっと、父が自らの死を知っているとは思っていないのだろう。

だからこそ、必死に謝る息子の姿は見ていて胸が痛くなった。
むしろ、自分の死よりもそちらのほうが苦しい。
己の死後、この子が背負った運命は一体どれほど深く大きなものだったのだろう。
一人で仇怨を抱え、乗り越えるのはさぞ孤独であっただろう。
大きな背中になったのは、堪え切れない程の思いを何とか抱えるために、そして乗り越えたからなのか。

しかし、お前はあれ程に見事な武を振るうようになって、皆と笑いあっているではないか。それを思うと、こうして頭を垂れて自らの不孝を謝る姿を、凌操は叱るどころか誰かに自慢してやりたかった。
むしろ息子を残し、自分が早くに死んでしまうことを、凌操は深く嘆いた。



また、凌操は火河での信頼獲得蝉を思い出していた。
清盛が召喚した真・遠呂智の元へ軍を進める途中、長い金髪の漢が目の前に立ちはだかった。

「・・・。」
「・・・。」

甘寧だ。
じっとこちらを見つめる瞳は、射るように真っすぐ見つめてくるが、しかしその口は真一文字に結んだまま、開くことはなかった。
語る言葉は、互いに持ち合わせていない。ならば進むしかない。
だから凌操は、甘寧の後ろにいる遠呂智へ歩を進めた。
甘寧とすれ違う時に無言で肩を叩いた。
それが全てであった。




「・・・。」

ごめんなさい、ごめんなさいと、息子の涙声が雨だれのように耳に入る。

誰かは皮肉屋で、すかした男だというけれど。
今俺の前にいるのは、素直で可愛いたった一人の息子だ。
凌操は一度強く瞼を閉じた。

「・・・。」

僅かに腰を上げた凌操は、未だ嗚咽を漏らす凌統の頭にそっと手を置いた。
それだけで十分だった。

頭を通じて息子の体温を感じる。温かい。
少しでも、お前の心が安らぐように・・・。

手を離すと、すぐに凌操は膝を卓のほうに戻し、再び箸を持った。

「何をしている、統。早く食べなければ食事が冷めてしまうぞ。」

ややあって、何故かさらに泣き始めた息子に釣られるように、凌操は目のあたりが熱くなったが、食事をぱくぱくと口にしはじめる事で紛らわそうとした。


天よ、願わくば。
この異世界から再び元の世界に戻るのならば、この子が少しでも安らぐ時に返してください。
どうかどうか・・・。













「父上―――ッ!!」

目の前で父が膝を折る姿が、妙にゆっくりと見えた。
走って父の元に駆けつける。
何とかその身体が完全に地に倒れる前に抱きとめることはできたが、父の背中に回した手は血に塗れて、凌統はああと声を上げた。
父が何かを告げようと口を開く。しかし溢れたのは言葉ではなく血で、凌統は袖で必死にそれを拭った。

「父上っ、父上!!」

父の腕が上がる。
握り返そうとした手はすり抜けて、己の頭に乗った。
ぽん、と、子供の頃にされたみたいに。
でも、確か少し前にもどこかで、こんな風に父に頭をそっと撫でられたような気がしてならなかった。

(ごめんなさい・・・)

そうだ、俺はあの時何かを父上に謝っていた。
一体何を。思い出せない。

「・・・父上?」

気づけば父は、動かなくなっていた。
込み上げる感情。
憎しみと、ごめんなさい、ごめんなさいと懺悔の言葉が呪詛のように渦巻く。
確かにそれは父に向けての自らの言葉なのに、何に対して謝っているのかが分からず、何時の時だったか父に尋ねてみたいのに、父はもう口を開くことはなくて。

「・・・甘寧・・・貴様だけは許さん!」

棍を握りしめ、凌統は泣きながら甘寧へ向けて走った。
知っている胸の痛み。
それは父を亡くした痛みではないことは確かなのに、頭の中で鳴り響く懺悔とともに、さらに深い痛みとなってゆくばかりで、凌統はただ涙を流すしかできなかった。






(父上・・・その、お願いがあるんです。)
(ん?なんだ?統よ。)
(その・・・・・・頭、撫でてもらえませんかね?)
(何?)
(ああ、いや、その・・・・・・久しぶりに父上に逢えて・・・甘えたくなっちまったっていうか・・・)
(・・・・・・いいだろう。大きくなったな、統よ。)
(へへ。)












ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
だって2012年6月10日。