泡沫のあとに・11



R−18



月は雲の塊の裏に隠れてしまっていた。
雲の縁が月の光に縁取られ、雲の裏が燃えているようだ。あの雲も、青白い月の光に耐え切れずに燃やしつくされ、再び月が顔を出すのも時間の問題だろう。
寝台に寝転がっていた甘寧は、そんなくだらないことを考えながら、窓から見える空をぼんやりと見ていた。
既に酒宴はお開きとなり、とても静かだ。
目を閉じてみる。
船底か或いは窓からか、江の穏やかな波が船に当たってちゃぷりと音を立てるのが幾重にも聞こえる。
その中に、水の音ではない木質の音が混ざり、甘寧は静かに瞼を開いて室の入口を見た。
凌統だった。

「・・・。」

眉間に皺を寄せた表情には迷いが滲んでいるのは明らかだけれど、ここに来たということはそれなりに肝を据えてきたということであり、その証拠に二本の足はしっかりと大地を踏みしめていた。
なんとなく甘寧は、揚州で初めて対峙した時のそれと似ていることを思い出して、小さく笑った。

甘寧は体を起こして、無言のまま戸のすぐ近くに立っている凌統に片腕を伸ばした。
すぐに凌統は応えて、一歩一歩その距離を確かめるようにゆっくり近づく。そうして寝台の縁に座っていた甘寧の目の前までくると、やはり難しそうな顔をして甘寧を見下ろした。
甘寧は待っていたといわんばかりに凌統の腰に両腕を回して、顔をうずめて深く息を吸った。
水の匂い・・・凌統の匂いだ。
そうか。ずうっと感じていたあの匂いって、お前の匂いだったのか。
ずっと見ていた夢は、お前が俺に見せていた夢なのか、それとも俺が勝手に無意識に見ていた夢か?
そんなもの信じないけれど・・・この水の匂いが心地いいと思えるだけで十分だ。
視線を感じて顔をあげれば、泣きそうな顔でこちらを見つめている凌統がいた。

「・・・悪くはしねぇよ。」

優しくする自信もねぇけどな。
そういって、凌統の帯の結び目に指を掛けて、裂くように解いた。





何度も何度も、唇を吸いあった。
一度唇を離してももっと互いが欲しくてしょうがなくて、視線を熱く絡ませて引き寄せられたように再び舌を絡ませた。
言葉はいらない。
甘寧は凌統もろとも寝台にゆっくり倒れた。
存在を、体温を。目の前にある生を確かめるように、凌統は甘寧の厚い背中に手を這わせて覚束ない手つきでゆるく撫であげた。
甘寧が観喜の低い吐息を漏らし、凌統の束髪を結いあげている結い紐をほどけば、黒い髪の束がうねりを持って肩へ背中へと落ちた。そうしながら甘寧は、凌統の耳の裏あたりに鼻先を埋め、大きく息を吸い込む。
凌統が息を飲んだ。
髪の隙間から覗いていた耳の端が目に入って歯を立ててみた。それだけで凌統の肩が大きく波打ったので、あやすように背中に腕を回して、筋肉と筋肉の間の皮膚をなぞる。
すでにどちらも纏う服はなく、甘寧は思う存分凌統の肌を楽しもうと皮の厚い掌を滑らせた。
熱い体温。
凌統のそれは甘寧に比べればかなり低かったが、胸元を使った時に比べれば随分と熱を孕んでいて、また肌は吸いつくようにしっとりとしていた。
そして、暗い船室でもわかるほどに桃色に染まっている。
それは、己を求めている証拠。

「!」

そっと凌統の下半身に手をのばして、より熱を確かめたいと握りこめば、凌統の体が大きく震えた。
しっかりと天を向いている凌統自身は体のどこよりも熱く、すでに先端は濡れていて甘寧を欲していた。
凌統のこの反応を見れば、男を相手にするのは初めてなのだろうが、経験自体が乏しいと見た。・・・甘寧自身も、男相手は数えられるくらいしかないが。
それでも止まれない。止まれないのだ。

「・・・っ、っ!」

少し手を動かしてみると、凌統はぎゅっと目を閉じて唇を強く噛んで見せた。
唇を閉ざしたところで、漏れる声は皆無であるのに。
甘寧は、凌統の頬に舌を這わせて呟いた。

「我慢すんな。息はしろ。死ぬぞ・・・?」

すると僅かに唇に込めた力が緩んだので、甘寧はそのまま手を速めた。
途端に凌統の口から、吐息の塊のようなものが立て続けに出始める。

「ッ!!」

大きな吐息の中にに微かに混ざる声のような音をもっと聞きたくて、既に根元まで濡れていた凌統自身を口に含むと一気に凌統は背筋を仰け反らせた。
あまりにも強い刺激に、凌統は涙目になりながら甘寧を引きはがそうと腰を引いたり背をさらに仰け反らせたり捩じったりしてみるが、どうしても甘寧の唇も舌もついてきて、いよいよ熱く焼けた鉄の棒のようになった中心から、体が本能になんとか抵抗しようと痙攣してしまう。

「凌統。」

口に含まれながら名を呼ばれ、歪んだ顔のまま反射的にそちらを見てしまった。
そこにあったのは情けない自分自身と、しっかりと銜えている甘寧の姿。

「っ!!・・・っ!?」

一気に背筋を何かが駆け巡って、頭の中が真っ白になったと思えば、甘寧の口の中に白いものを出してしまっていて、凌統は酷く慌てる・・・が。
凌統が達した瞬間を狙って甘寧は尻たぶを割り、窄まりに人差し指を突き入れていたのだ。
初物の体がほぐれるのには、まず気がほぐれなければいけない。凌統は時間がかかる部類だと思い、一度達した直後であれば気も体もほぐれているであろうと。
甘寧の読みは当たり、凌統の体に覆いかぶさった。
凌統は暫く体全体で息をしながら、達した衝撃に顔が溶けていたが、甘寧と目があった時にようやく尻の違和感に気付いて、怯えたように甘寧の顔を見上げてくる。
別に怖がらせたいわけではないのだ。甘寧は柔らかく溶けた凌統の唇を吸いながら、収まった指を小さく動かした。
再び凌統が強く瞼を閉じる。
凌統の中はさらに熱く、また、指すらも拒絶するほどに狭かった。

(くそ・・・流石にキツイな・・・。)

けれど、甘寧だって限界なのだ。
先ほどから前が痛い程に怒張していて、早く何とかしたい所。
そっと凌統の目が薄く開いた。熱に潤んだ瞳はしっかりと甘寧の姿を捉えている。
せめてもう1本指を増やしたいと思ったところで、ふと腰の辺りに何かが当たって頭を下げてみると、凌統の手だった。震える腕を伸ばしている。

「・・・何だ、してくれんのか。」
「・・・。」

凌統はこくりと小さく頷いた。
甘寧は困った顔で上半身を起こし、凌統の体を抱き抱えるようにして密着させた。
すぐに分身が凌統の掌に覆われた途端、待っていた刺激に体が震えた。
けれど、心もとない凌統の手つきは焦れったくもあって、自然に凌統の中を広げる指の動きは大きくなってゆく。
1本から2本に指が増えて、さらに3本目まで入れた時、凌統は大きく体を仰け反らせたけれど、その表情にあったのは痛みではなく快楽であった。
凌統の手から自身を抜き、さらに凌統の体から指を抜いた甘寧は、凌統の体を押し倒すように再び寝台の上に縫いとめた。

熱に浮いた顔が物欲しげに見えるのは奢りか。
しかし、ここまで俺を虜にするなんて。
人間じゃないなら、当たり前か。
いや、人じゃなくていけないなんてことはない。
“凌統”を気に入ったのだ。甘寧は吐息を含む声で囁く。

「何者だ。」
「・・・。」
「お前、何なんだよ、凌統。」
「・・・。」
「俺はお前が気に入ったんだよ。」
「・・・。」
「何とか言ったらどうなんだ。」
「・・・。」

凌統の中に体を沈めていった。
凌統の足が強張る、中がきつい。ちぎれそうだ。
それでも凌統は何も言わずに、唇だけを大きく開いて苦しそうに息をする。声に使う力が全て、熱に変わってしまったのではと思うほど、中は酷く熱かった。

「力抜け・・・っ。」

凌統は開こうとする力が強すぎて、無理だと頭をふる。恐怖もあるのだろう。
・・・当たり前か。
甘寧は無理矢理、だが静かに押し進めることにした。
ゆっくりゆっくりと、抜いては入れを繰り返す。その度に凌統は大きく口を開いて息を吸って吐いた。
真っ赤になって、泣きそうにしている顔に、掌を寄せて頬をなぞる。
好きだ、
好きだ、
好きだ。
ずっとずっと誰もが思うありふれた馬鹿らしい感情を笑い飛ばしはしないけれど、口になどするものか。
お前もそうか?凌統。
甘寧は、凌統の額に唇を落として、腰を打ちつけてゆく。

「っ、っ!!」

白い喉が仰け反って、黒い髪が嵐の時の江のように寝台の上でうねり、乱れ、指先は敷布をきつく握りこみ、辺りに皺の波紋を作った。
凌統は甘寧の腰に両足を絡めた。
気持ちいい。
いきたい、いきたい。
でも、いきたくない。
そんな矛盾が永遠に続いてしまえばいい。白い世界に向かう途中で、甘寧は凌統の中で溶けたように果てた。






12へつづく。