遥拝@(凌一家)



※捏造凌操&凌統の母上が出てきます。今回は凌統は出てきません。
それでもよろしい方はご覧ください。












その女は、生まれつき目が見えなかった。
親と名乗っていた男性と女性はいつも冷たい雰囲気を漂わせて近づいてきて、声色も常に冷たかった。
そんな二人から物心付く前から言われ続けていた言葉がある。『お前の名前は“よう”だ。誰かに名を聞かれたら“「芙蓉」の「蓉」と書きます”と答えなさい』と。
蓉は“芙蓉”も“蓉”も何を意味しているのかわからない。
でも、自らの名が何を意味しているのか二人に対して尋ねる温かさを持てなかったし、蓉の性格も自ら行動を起こすほうでもなかったから、何も言わなかった。だから蓉はただ、何か言われたらはいと言い頷き、手を出せと言われたらと手を出した。

月日が流れ、蓉の考えも成長する。生まれてから死ぬまで一生この暗闇とともに過ごさなければいけないという事に気づいてから、蓉はほんの僅かに抵抗というものを覚えた。
「外」という単語を耳にし、「外」とは一体どういう場所か、知りたくなった。外とは何か一度母に尋ねた事がある。
『外はお前とは関係のない場所。外は、蓉、お前のいる内とは全く違う場所だから、一生関われないと思いなさい』。
全てを拒絶されたと同時に、蓉自身が母と思っていた女性をさらに冷たく感じた。また、外という場所は、己の居場所の反対にあると解っただけで、それまで己の寝所であろう場所で一日を過ごしていた彼女は、さらに外に興味を持った。
母が駄目ならと、蓉はまた別な日に、思い切って外に出たいですと父に尋ねた。
ややあって、父は蓉の座っていた椅子の背後に周り、背もたれを持った気配。次の瞬間、彼女は足元が浮いたのを感じ、また、父が自分の横を通り過ぎた時、鼻に僅かに嗅いだ事のない匂いを感じた。
そして、すとりと落とされた場所はどこだか解らないが、それまで暗闇しか映さなかった瞼が初めて明るくなって、思わずきゃあと驚愕の声をあげた。
しかし段々と掌や顔、そして身体中が温かくなってゆくのを感じて、蓉は心に溢れ出る疑問をそのまま唇に乗せた。

「父上、ここはどこですか?」
「庭だ。」
「私の瞼が明るく温かいのです。どうしてですか?」
「光のせいだろう。」
「光とは何ですか?」
「天に一つの大きな星が発する、温かいものだ。これがなければ我等が食しているものは育たん。」
「天・・・星・・・」

これが、“温かい”・・・。
ならば、きっと天も星もきっと温かいのだろう。父と呼んでいた男性の言葉はその反対であったが、ぽつりと小さな声が蓉の耳に届いた。

「・・・笑ったところを初めて見たな。」
「え?」

そのまま父の気配は去っていった。
しかし、蓉はそれから椅子ごと庭で過ごす日が多くなった。時折、そこで昼食を摂ることも出来たぐらいだ。
寝所では聞けなかった音がする。それは鳥の声、そして時折ちゃぷりと水の音がするから尋ねれば、すぐ近くに池があって、それから江もあると言われて心が躍った。それよりもやはり、その身体全体に光を受けることが、彼女の一番の安らぎだったのだ。
そして寝所では嗅げなかった匂い。それは風が運んでくる花の匂い、水の匂い、辺りにざあざあと降り注ぐ雨の匂いですら、彼女の世界が広がる物となり、蓉自身の喜びとなった。


ある日。
真夜中俄に辺りが騒がしくなって蓉は目が覚めた。
沢山の声がする。そして、聞いたことのない人の声、そして、音。知っている声が遠くでぎゃあと大きく聞こえた時、はじめて蓉は今までとは違う何かが起こっていると悟った。
何事かと慌てふためいていた所に、母と呼んでいた女性が、今まで聞いた事のない声色で寝所へ入って来、蓉を抱き上げた。

「蓉!」
「・・・母、上?」
「ここに隠れていなさい、いいですか、隠れていなさい。」
「え?」
「声も出してはいけません、じっとしていなさい。絶対にですよ。」

蓉は何が起こっているのか聞こうとしたが、母と呼んでいた人の首に手をやった時、初めて肌の温かさを知ったのだけれど、次の瞬間には狭い何かの中に入れられ、上から蓋をされた。
怖い、怖い。
夜の暗さや寝所での暗闇には感じない恐怖が蓉を襲う。何が起こっているのか。自分に何が起こるのか。何が怖いのか。嫌な予感は拭えない。知らない音が近づいてくる。蓉は耳を塞ぎ、震えながらでも、なんとか身動きをとらずにいようとその音が去るのをじっと耐えていた。


しばらくしてからであった。

「誰か、誰かおらぬか!」

一睡もできないままじっとしていた蓉のもとへ、近づいてくる声があった。

「生きている者がおれば返事をせよ、俺は味方だ!」

“みかた”?でも、蓉はその声に恐怖を感じなかったから、自らの頭の上にある壁を何度も強く叩いた。

「誰かいるか!?」
「あ・・・ここ、ここにいます・・・」
「命ある者は返事をせよ、今すぐに助けに行く!」
「こ、ここ、です。ここです。」
「誰もおらぬのか!?」
「蓉は、居ます、ここに生きています!」

生まれて初めてだった。自分はここに居ると存在の証明を口にしたら、恐怖とは違う何かが心から溢れて来て、何も映さない瞳から涙が流れた。
蓉の声を受けて、走り寄る足音。
頭上の蓋が開く音がしたと同時に、はっと息を飲む音がした。
蓉は初めて、父と母にずっと言われ続けてきた言葉を口にしたが、唇が震えて思うように動かない。

「よ、蓉といいます。“芙蓉”の“蓉”と書きます・・・。」

その声を聞き、目の前の人間は暫く黙っていた。
ややあって、その人間は蓉が隠れていた場所から彼女を腕に抱きあげた。

「そなたはこの邸の御息女か。」
「ええ、あの、ですが、何が起こったのか解らないのです。」
「・・・そなた、目が見えぬのか?」
「はい・・・」
「・・・。そなたの邸が江賊に襲われた。生き残っているのはそなただけだ。」
「父も、母も居なくなったのですか?」
「ああ。死んだ。」
「死んだとは、命が無くなって、もう話すことはないということでしょうか。」

蓉は、自らを担ぐ人間の声に初めて安らぎを覚えた。
きっと男性だろう。男性が紡ぐ言葉には解らない単語が沢山ある。
江賊とは何かよくわからないが、死んだというものは何となく理解できた。
そうか、私だけが残ったのかと。もう父と母の気配を感じることもないのかと。
そういえば、あの二つの気配には冷たさを感じていたが、自分は何かを期待してはいなかったか。それが、途切れた。
蓉は、心にもない(けれど、言葉が欲しかった)涙が頬を伝い落ちた。
だが、その涙はすぐに別の指に拭われた。

「泣くな。そなたは助かったのだ。父上と母上の分まで生きねばならぬ。」
「・・・貴方は、誰?」
「俺はこの近くに住んでいる豪族の凌操だ。江賊が出たと聞いてみたが・・・遅かったな、すまなかった。」
「・・・。」

夜分、凌操は近くに住む民から江賊が出たと聞いて、すぐに軽い武具と手勢を率いてやって来たが、時すでに遅し。
襲われた邸はあたりが血にまみれていた。家主は首を飛ばされ、家人たちもみな動かない。
僅かに聞こえた声を頼りに一つの寝所に入ってみれば、一つの箱を庇うように女性が背中をばっさりと斬られ事切れていた。
そんな箱から出てきたのは、一人だけ血に塗れていない頬の白い女性。年は十代後半といったぐらいか。
彼女はずっと伏し目で目を合わせてくれないと思ったら、目が見えぬときた。
彼女はこの邸に今まで何を持っていたのだろう。ずっと黙っているが、凌操自身の到着が遅れたことに怒るでもなし、悲しむでもなし。

「・・・ひとつ、お聞きしたいことがございます。」
「何であろう。」
「私の名は、芙蓉の蓉というのらしいのですが、蓉とはなんの事ですか?」

・・・そうか。
誰も、彼女の相手をしてくれなかったのか。
凌操は彼女を抱えながら邸の中庭へとやってきた。
中庭の中央には池があり、蓮の花が浮いていた。同時に死体も浮いていたが、凌操は蓮の花のうちの一つを掬い取って、蓉の手に持たせた。

「蓉とは、花のことだ。」
「花・・・?」
「そう、今そなたが手にしているそれが蓉で、邸の池に咲いていた。・・・花を手にするのは初めてか?」
「・・・いいえ、牡丹や桃の花は、触ったことがあります。」

凌操は蓉の細い指に己の指を添えてこれが花弁だというと、蓉の頬が初めてほころんだ。
その時、凌操自身も笑っていたことは本人は気付いていない。

「この花弁は・・・固いのですね。」
「ああ。名の由来は人物に宿る。だからきっとそなたの心情も揺るがぬものとなるだろう。・・・どうだろう、蓉殿。俺と一緒に来ぬか?勿論、そなたの父上と母上は、俺が丁重に葬って差し上げよう。」

蓉は、凌操の言った意味が解らなかった。
この方の所へ行くということは、この場所から離れることになる。
内から外へ。
元々目が見えぬ身、自分一人では何もできないし、この邸に今は誰の気配も感じないし何の音もにおいもしない。父母と居た場所。ただそれだけだ。
それに、先ほど自らの手に添えられた時近くに感じた匂いは、以前父が通り過ぎた時に感じた匂いに似ていたから、もう蓉の選択肢は決まっていた。

「・・・わかりました。蓉は、貴方とともに参りましょう。」
「解らないこと、何でも聞いてくれ。些細なことでもいい。そして、俺はそなたが納得いくまで応えよう。」
「では、早速・・・」
「何であろう?」
「凌操様、と、お呼びしてもいいですか?」
「・・・勿論だ!」

何と張りのある声!外の人物とは、これから先一体どのくらいと話せるのだろう。そしてこの人はお慕いするに値する人物だと、凌操に抱えられながら蓉は小さく笑って、凌操の首に両腕を回した。





2へつづく



凌操パパ、そしてねつ造ママ慣れ染め話、その他諸々凌統話です。
まだ出てきませんけど、凌統もちゃんと出てきます。
捏造もとい創作は大の特意です。
無双その他に入れようか迷いましたが、4の凌統がしっくりくるのでこちらへ・・・。