遥拝A(凌一家)



※捏造凌操&凌統の母上&小さい凌統が出てきます。
それでもよろしい方はご覧ください。












凌操の操る馬に同乗している間、蓉はあらゆる事を凌操に尋ねた。
今私が乗っているものはなんですか、今何かの匂いがしました、あれはなんですか?、私が住んでいる所は、どんな所だったのですか?など。その口は閉口することなくその度に凌操も敦一、蓉に細かく説明した。乗っているのは馬だ。俺達と同じ生き物だから、性格もあるし相性もある。面構えも皆違うぞ。人間ではなく動物である分、人間を見る目もこいつ等は持っている。今の匂いは花の匂いだろう。俺もそれ程種類はわからぬが、沢山の花弁を持っていたぞ。

「そして、蓉殿。そなたが住んでいた場所は、江も海も近い場所で、水に溢れていた。」
「水・・・?」
「邸の中庭にも沢山の池があって、どの池にも蓮が植え込まれていた。きっといづれかの方が、蓮がお好きだったのであろうな。」
「・・・。」


蓉は黙った。
そんなこと、誰も言ってはくれなかった。
ぱかぱかと自分を乗せてくれている馬、そしてその歩調。この馬はきっと優しくて、そしてそんな馬を見る目を持っている凌操様もきっと、優しい方なのだろう。
蓉はそっと馬の背中を撫で、もっと早く外へ出ていればよかったと、自ら飛び出せずにいた自分を浅薄に思った。

「凌操様。」
「どうした?少し疲れたか?」
「いいえ、今私は、自分の目が見えない事に人生初めて失望しています。」
「?」
「私をお救いくださった凌操様のお顔を拝見できないことが、とても心苦しいのです。凌操様に尋ねなくても、凌操様が見ている景色を私もご一緒に見たいのに、蓉は、色というものがわかりません。」

すると、蓉は泣きだしてしまった。
だが、丁度馬は凌操が治める村までやってきてしまっていて、向かえに出ていた民たちが凌操とともにやってきた女子を見て、ある者は仰天し、ある者は他の者を呼んで来ようと走っていき、ある者は手に持っていた野菜をどさりと落とした。
凌操は自分の村に帰って来たというのにやや居心地悪く、下馬せずにそのまま道を歩いてゆく。
だが、一時とはいえ留守を守ってくれていた皆に声をかけないのも、統治者としての威厳を保てない。

「・・・皆、帰ったぞ。」

凌操は唇を尖らせて、小さく呟いた。
その声を受けて、近くにいた民が蓉を指差し尋ねる。

「り、凌操さま、その方は・・・?」
「襲われた邸のご息女だ。」
「・・・もしや・・・。」
「・・・。」

尋ねた民は息を飲み、“皆助からなかったのか”と目で伝えてくる。凌操は黙って深く頷いた。

「この女性は蓉殿だ。俺が面倒をみる!」

それだけを言い放つと、何やら恥ずかしくなってきた凌操は馬の腹を蹴り、自らの邸まで駆けた。
蓉は未だぐすぐすと泣いている。女の選び方などよくわからない凌操だが、蓉は美しい女性であることは確かだと思った。陽に当たっていない証の色白な肌、やや茶色がかった髪の半分を後頭部で赤い髪留めで結い纏めている。鼻筋も通り、唇は細く、弓月のようだ。
・・・面倒をみる。凌操自身、未だ妻は娶っていない。

(・・・。)

邸に着き、下馬すると蓉とともに凌操は自分の寝室へと足早に入って行った。
どさりと蓉を寝台に下ろす。きゃ、と彼女は小さな悲鳴をあげ、怯えた様子でやや身体を縮こまらせたが、凌操は彼女の髪の一房を掬いあげ、唇を寄せた。

「蓉殿。・・・いや、蓉。そなたの知っている色はあるか?」
「・・・多分、この、瞼の裏の・・・“黒”のみです・・・それから・・・外に出た時に瞼の裏側の色が、少し変わります。でも、色の名が分かりません。」
「それは、瞼に血が通っている証だ。血は“赤”という色だ。血は誰の体にも流れている。俺の体にもだ。血が身体を巡る事は生きている証、瞼の血を感じるそなたは、生きている事を感じているのだ。」
「・・・。」
「蓉、俺はお前の面倒をみると言ったが・・・俺の妻にならないか?」
「・・・え?」
「そなたの、父上と母上のように・・・いや、もっと温かい言葉を交わす関係になりたい。そして・・・俺の子を産んでほしい。」

そう言って、首のあたりに顔を埋めるようにどさりと身体を預けてきた凌操に、蓉は恐怖を感じたが、しばらくそのまま考えた。
この瞼に感じる赤い色。生きている色。この方の子を産むという事は、この方と私の血が交わって新しい命が生まれるということ。

「・・・。」

落ち着いて蓉は考え出す。ここはどこだろうか。瞼に赤は感じず、匂いは凌操の匂いに溢れている。身体の下には、自分が眠っていたものと同じような質感を感じる。・・・寝所、だろうか。
急に落下にも似た衝撃を背中に覚えた時は、流石に凌操に恐怖を感じたが、今はそれは感じなかった。凌操は未だに蓉に身体を預けたまま少しも身動きを取らない。返事を待っているようにも感じたし、懇願しているのかしら・・・。蓉は小さく笑い、凌操の頭があるであろう場所にそっと自分の指を置いた。

「貴方の御心のままに・・・」





数年後。


二人に子が生まれた。男の子。
名は、凌操がつけて統となった。
本当に小さいうちは、蓉はどうしたらいいかわからずに家人に言われるがままに凌統を落とさないようにずっと抱いていて、泣き始めれば乳をやり、家人を呼ぶなどして世話をしていたが、晴れた日は欠かさずに、統を抱きながら中庭に椅子を置いてもらったそこで一時を過ごした。

「母上!」
「どうしました、統。」
「母上、今日はね、父上と一緒に民の畑の収穫の手伝いに行ってきます!」
「まあ、それは嬉しいこと。美味しいものが食べられるのです、民の皆さんに感謝してくるのですよ。」
「はい!」

もう、統も言葉を幾つか覚え、うろちょろとあたりを走りまわるようになった。
凌操は蓉と統に詩を読んで聞かせ、統には字の手習いもさせはじめた。
が、統はどうにもやんちゃな性格なようで、じっとしているのが苦手らしい。転んで擦りむいて、泣きだしたら蓉もどうしたらいいのかわからず、とにかく家人を呼んで手当てをさせた。
それでも、蓉は中庭に椅子を置いて、いつもそこに座っていた。統も、母の近くで遊んでいることが多く、時々民たちの所へ遊びに行ったり、田畑の世話の手伝いに行くといって出かける時もあった。

(最近は怪我をすることが多くなってきたから・・・また何か傷を作って帰ってこないといいけれど。)

元気な声で出かけて行ったと思った統が、再びやってきた。

「?どうしたの?統」
「母上は目が見えなくて、寂しい?」
「そんなことはないですよ。貴方や凌操様がいてくださるもの。」
「でも、俺の顔とか見えないでしょ?」
「いいえ、顔は見えないけれど、気配は感じます。多分、誰よりもずうっと気配には敏感ですよ。貴方とお父様の気配はどんどん似てくるから、私は困ってしまうわ。」
「え!?俺、母上にそっくりって言われるのに?」
「え?」

どこが似ているの?と言おうとしたら、蓉の膝に統が乗ってきて、小さな指が蓉の右目の下にあたった。

「ここに、母上と俺のおそろいの黒子があるんです。それに、目も鼻も唇も、そっくりだって!」
「・・・まあ」

今度は蓉が統を抱き上げ、同じように統の右の目元をなぞった。そして、小さな鼻、柔らかい頬、唇。最後にとびっきりの笑顔で統をぎゅっと抱きしめた。
そうか、私は右目に黒子があるのか・・・。
蓉はここに来て沢山の事を知った。この世は“乱世”であること。自分の父母もそれに間接的に巻き込まれたこと。きっと、お慕いしている凌操様もそれに巻き込まれてゆくこと・・・。
そして、きっとこの子も・・・。

「さあ、いってらっしゃい、統。」
「はい!行ってきます!」

そっと統を降ろすと、蓉はいつもの笑顔で統が走り去って行ったほうに顔を向けながら見送った。




3へつづく



ちっこい凌統が出てきました。
色のない世界の人の中に広がる世界って、どんなんだろうか。何か偽善になってないか心配な所ではあります・・・。
凌統に読ませたら”父上と母上の慣れ染めなんて見たくねぇっつの!!”なんて顔真っ赤にして投げつけられそうだな。
仕事はじめまでにはなんとか仕上げたいっす。