逢瀬

夜、凌統は邸の寝室にいた。
その日はやけに寝付きが悪く、目を閉じてもすぐに起きてしまうのが続いて何度目かの寝返りを打った時だ。
奴が突然やってきた。
勝手に人の邸に入って(番人仕事しろっての!)、大きな沓音を立てて煩い鈴音撒き散らして太い声をあげて。
「りょーうとーう、りょーうとぉーう!」
(あーあーもー、ハイハイ!分かりましたよ、出ていけばいいんだろ!)

流石にここまでくると公害だ。
勢いつけて布団を撥ね除けて、バサリと下ろした髪を書き上げて。
眠れないのも、灯がどこにあるか見当たらないのも、そのせいで沓がどこにあるかよくわからないのも全部あいつのせいにすることにして、素足のまま大股で回廊に出た。
石畳の回廊は素足には少々冷たい。くるぶしのあたりから体がジンと冷たくなった。が、まずはあの煩いのを止めるほうが懸命だ。
回廊を西へ進み、数歩。
角を曲がったところでばったりとそいつと出くわした。

「ょう、凌統!」
「何だいアンタ。殺されに来たってんなら大歓迎だぜ?甘寧さんよ。」
「おいおい、なんだよいきなり。折角逢いに来てやったってのによぉ、もっと喜んだっていいじゃねぇか?」
「喜ばねぇしこんな時間に来るほうが間違ってんだっつの・・・煩いんだよ。人んちでさんざ喚きやがって、番犬の真似でもしに来たんなら間に合ってるけどねえ?」
「そんなんじゃねぇよ!」
「じゃあ何。」
「夜這い?」

即答かよ。
"第一お前ん邸の門の見張り、俺を見るなりすんなり開けてくれたぞ。"という甘寧からむせかえるほどに漂ってきたにおいで、凌統は見張りがどうよりもここに甘寧が来た理由を悟って頭が痛くなった。

(酔ってやがる。)

「・・・甘寧。」
「あン?」
「酒飲んできたのかい?」
「おう。」
「おう。じゃねぇよ・・・!あのさあ、帰んなよ。俺は酔っ払いを殺すほど墜ちてねーんでね。」
「だってお前ぇに触りたくてよ。」

つい、黙りこんでしまった。
しまったと気づいたときは既に遅くて。
こんなときばっかり、悪口は上手いように出てこない。
俯いて顔にかかった髪のすき間から少しだけ甘寧を盗み見た。
甘寧はこっちを向いてニコニコ笑っているばかりで。酒に酔わなくたってこんな馬鹿なことばっかりしてるくせに。
馬鹿。
馬鹿野郎。
苛立つ頭をガシガシかいて、奴の手を掴んで歩きだした。

「おぉ!?早速寝台か?」
「アンタの頭ン中は俺とヤることしかねーのかよっ」
「んじゃあ何処行くんだ。」
「外!」
「外?」
「アンタすげー酒くせーの気づかねぇのか?そんなんじゃあ周りが気持ち悪くなるっての。それに邸でわめかれたんじゃあ皆が起きちまうしね、ほら、いくよ!」

外っていったって。
こんな真夜中、酒を吹き飛ばす適当な場所ってどこだ?
まあいいや。
その辺の泉にでも連れて行って、適当に突き落として頭を冷やせばあんなこと言わなくなるだろう。

触れるのなら酔ってないときにしろと小声で言ったこと、あいつに届かなければいい。







このあと結局凌統は甘寧を家に泊めました。