されど春

※和解後です


凌統は城での用事を済ませ、練兵所に行って少し汗でも流そうかと考えながら城内の風景を眺め歩いていた。
これから暑くなる季節へと向かう建業の城内はまさに百花繚乱、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶や小動物さえ紛れ込む平和な風景はつい足どりが緩やかになる。

「あ!凌統だ!」

鳥の囀りのような声に名を呼ばれ振り向いてみると、中庭に作られた亭から尚香達が身を乗り出してこちらに手を振っていた。
拱手をして答えると、溌剌とした尚香の声が耳に届く。

「凌統!丁度いい所に来たわ!今小喬義姉様たちとお茶してるところなの!少し寄っていかない?」
「いいんですかい?俺みたいな野郎が姫さん達の中に交ざって。」
「勿論だよ!!みんなでお菓子食べよう!」
「・・・じゃあ、少しお邪魔しましょうかね。」





軽い気持ちで同席してしまった凌統は、すぐに後悔することになった。

「それで玄徳様ったらね、草履を作るのに自分で藁を取りに行っちゃったのよ。突然城からいなくなっちゃうんだもの、趙雲さんが真っ青な顔で走り回っていてちょっと面白かったなあ。ふふっ、思い出しただけでも笑っちゃう。」
「へぇ〜。周瑜様はねぇ、あたしによく音楽を聴かせてくれるの。一回お家の庭で笛を吹いていたらね、鳥さんたちが近寄ってきて周瑜様の肩に止まったんだよ!きっとみんなも周瑜様の笛が聞きたくて集まってきちゃったんだね。」

何と言うことはない。
少し考えれば、女性が集まればこういった話になろうことは分かっていたはずだ。

(ああ、俺の馬鹿。どうしてこんなお誘いになんか乗っちまったんだ・・・)

それにしても姫二人は尽きることなくのろけ話に花咲かせている。
付き従っている女官たちは笑顔を零していて全く苦ではないようだ。
凌統は半ば呆れながら口元にだけは笑みという名の防具を装備して、卓に置いてあった焼菓子を口の中へ放り投げた。
甘すぎて涙が出そうだ。
頬杖をついて、如何にして退席しようかと考え始めた矢先。

「そういえば凌統!貴方はどうなの?」
「えぇ?俺ですか?」
「そうだよ、女の子に大人気の凌将軍は浮いた話の一つもないよねって、さっきみんなと話してたんだよ?」

すると、小喬の後ろに控えていた女官二人が、袖で口もとを隠しながら微笑んだ。
ああ、そういうことね。
妙に納得した凌統は盛大に溜息をついた。

「女の子と街を歩いてたとか、一緒にご飯を食べてたとか、そういう話だって全くないじゃない貴方!」
「いや貴方っていわれても・・・。そんなことないと思うんですがね?贈り物はしてるし、お誘い受ければ行くし・・・」
「それは社交辞令でしょ!?」
「え〜と・・・。今はあんまりそういうのに興味ないっつーか、そのうち縁談の話は色々来るでしょうしその時にでも・・・」
「ッカーッ!それじゃあいつまで経っても奥さん貰えないよ!」

小喬さん。その口調、周瑜さんが聞いたら間違いなく嘆くよ。
いなくてもいいかな・・・と少し考えてしまったことは言わないでおいた。
というか、この流れは非常に拙い。
絶対口が裂けても言えない。
まさか、いるにはいるなんて。
甘寧とそういう関係で、もうヤっちまっただなんて。
甘寧との間には甘さの欠片すらないわけだし・・・。
いやいやそれ以前に野郎同士だっつの。
そして、親の仇なんだし・・・。
この事実は心の奥底に厳重にしまい込んで、素知らぬ振りをしようと凌統は決め込む。
だがしかし、姫御たちは容赦しない。
尚香は閃いたといわんばかりに胸の前で両手を合わせて凌統の顔をのぞき込んでくる。

「わかった!もう心に決めた人がいるのね?」
「いや、別にいませんて。」
「もうっ!話になんないじゃない!」
「すいませんねえ。」

そんなに俺の特種現場が見たいんですか。
というか、なんで微妙に怒られてる雰囲気なんだろう。
軍師殿だったら色々と上手くやるだろうに。生憎あそこまで頭が回らないから回避しようがない。凌統は己の頭を掻きながら大きく背を凭れた。

「じゃあ、凌統の好みの子ってどんな子?」
「はあ・・・普通が一番じゃないっすかね?」
「え〜?目がぱっちりしてるとか、すらっとしてるとか、色々あるじゃん!」
「え〜と・・・女性的な人ってとこですかね・・・?」
「ふぅん・・・。」

なんでそんなにつまらなそうな相槌を打つんだ。答えを迫ってきたのは姫さんでしょう。
本当に何も浮かばないから憤慨されてもどうしようもない。
若干誘導尋問のようになってきたような気がするが、姫さんたちは気付いてるのかね。
そんなとき、小喬がぱっと明るい顔になった。その視線から、凌統の肩越しに誰かを見つけたようだ。

「あ!甘寧!!」

なんでこういう時に限って絶対出てきてほしくない奴が出てくるのか、凌統は心の中で頭を抱えた。
甘寧、すぐに立ち去れと呪いのように念じてみるが。

「ああん?・・・ああ、こりゃあ姫さん方。」

馬鹿野郎。
ゆっくりと凌統は振り返った。
甘寧は先ほど凌統が歩いていた所で拱手していて、丁度顔を上げた彼と目があった。
甘寧は凌統を見るなり目を丸くして驚いたが、すぐにいつもの調子で声を張り上げる。

「凌統、なあんでお前そんなとこに居るんだぁ?」
「今ね〜、凌統の好みの女の人についてお話してたんだよ。」
「ちょ、小喬さん、やめてくださいって。」
「そうだ甘寧!凌統の女性の好みって知らない?ていうか、凌統の好きな人って知らない?」
「姫さんっ!!」

亭から身を乗りだして甘寧へ声を掛ける二姫はとても楽しそうで、慌てて制しようとも凌統は女子相手に、しかも己より位の高い女性に声を荒げることは出来ず。
凌統の念など少しも効果を発揮せず、甘寧は腕組みをして考え込みながら数歩こちらへ歩み寄ってきた。
あの甘寧のこと、何を言い出すかわからない。凌統は慌てて甘寧に向かって叫ぶ。

「お、おい!甘寧!あんた練兵所に早く行けって!」

だが、甘寧は顔を上げて凌統のことなどまるで無視して姫たちに応える。

「俺も凌統の好みなんて知りませんや!・・・ああ、でも。」
「でも?」
「凌統の好きな奴なら知ってまずぜ?」
「ええっ?やっぱりいるんじゃない!」
「誰誰っ!?」
「だって俺「甘ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

甘寧の言葉を己の怒声で潰した凌統は、顔を真っ赤にして亭の欄干をひらりと飛び越え甘寧のほうへ走り出した。
目にも止まらぬ速さで繰り出した跳び蹴りは見事に甘寧の頭へ命中して、甘寧はその場に卒倒してしまった。
これ以上ここにいることは出来ねえ・・・。
後ろから姫たちの残念そうな非難を浴びながら卒倒した甘寧を睨み、怒った勢いでその場を後にしたのである。





その夜、甘寧が凌統の邸へやってきた。

「つーか、あの話のどこで怒ったんだお前はよ。」
「どこも何も、あんたの発言全てだよ!」
「俺の?俺は姫さんたちに応えただけだけど。」
「ばれたらどうすんだ!・・・お、俺等の、その・・・。」

語尾が小さくなり凌統の耳が仄かに赤く染まったが、甘寧は気にすることなく己の杯の酒を飲み干した。
凌統は杯を弄びながら、そこに映る自分の顔を見た。
なんてふてくされた顔してやがる。情けねえ。

「ばれてもいいじゃねえか、寧ろそっちのほうが何かと都合よくねえか?」
「なんで。」
「大っぴらにしたほうがよ、人の目気にせずいられるだろうし。第一コソコソしてるのは柄じゃねえし窮屈だ。」
「俺はそういう・・・変な目で見られるのは嫌なんだよ。節操っていうもんがあるでしょうが。」

だって、仇なんだから。
そんな奴と恋仲だなんて誰が言えるか。
こうして卓を囲んで杯を交わすことが出来るようになったことは皆両手ばなしに喜んでくれるが、それ以上の関係になると・・・皆、どう思うのだろうか。
姫さん方も、殿も、陸遜も、皆、笑って許してくれそうだけど。
許して、許して、許して・・・?
そうだ、罪にも等しい。
でも、罪というにはこの空間はこんなにも甘くて優しくて心地良い。
とりあえず目の前の奴は笑っていて、手酌で杯に酒を注いでいる。
凌統は頬杖をついて目をそらす。

(けどね・・・)

こうして普通に酒を酌み交わして穏やかな時間をあんたと過ごしてることも。
この後いつものように二人で寝所になだれ込むことも。
ずっと続いた先で、誰かに甘寧との仲は知られてしまうかもしれない。
その時には笑い飛ばせるぐらいには許せるようになっているだろうか。
そのくらいコイツとの関係が続けばいいと思ってるわけで、俺も大概物好きだね。
凌統は小さく笑った。

「しかしよ。」
「何だい?」
「お前の女の好みはちっと気になるな。結局の所どういう奴がいいんだ?」
「やれやれ・・・あんたまで言うかい。ほんと、普通の子がいいよ。優しくて料理が美味くって、可愛げがあってってね。」
「そんな奴が、俺なんかと恋仲ってか。」
「・・・じゃああんたの好みはどういう人?」
「こう、胸がバーンって出ててよ、腰が細くていい形の尻してる姐さんだな!」
「そうですかい。悪かったね、胸がばーんと出てなくて。」
「あ〜・・・でも、やっぱ、理想は理想だな。俺はお前がいい。」
「・・・。」

凌統は小さく馬鹿野郎と呟いて、真っ赤な顔は酔いのせいにしてしまうことにして大きく酒を煽った。







女の子たちとも仲がよかったらいいなと思って・・・。
尚香は蜀の人達のことは何て呼んでるのかが一番の悩み所でした。(そこか)
諸葛亮とか月英様とか桃園たちはさん呼びな気がするけど、趙雲がなかなか思いつかず・・・。さん呼びにしてしまいました。