Fa bel tempo

※現パロです。


初めての出会いは雨の日の居酒屋だった。

互いに違うグループの中に入って飲んでいて、奴と席が丁度隣同士だったんだ。
隣から聞こえてくる声や鈴がやたらうざったくて、注意したらそのまま口論になって、表に出て殴り合いの喧嘩になったところまでは覚えている。

殴り合いの喧嘩の途中から記憶が飛んでいて、次の記憶といえば家のベッドの上。どうやって帰ってきたのか全くわからない上、なぜか喧嘩をする前までは赤の他人だった甘寧まで隣に寝ていたから愕然とした。
なんでコイツまでいるんだとがっかりしながら身体を起こした時の二日酔いの酷さと体全体の激痛は今でも忘れない。今思えば、肋骨が一、二本折れていたのかもしれない。


それからだ、奴が家に居座るようになったのは。

甘寧は家を持っていなかった。
友達や女の家を渡り歩いて過ごしていたらしい。仕事といえばホストクラブの客引きを数年やっていたと聞いたが、もう辞めたとか。
一方で凌統は何の変哲もない普通の会社員だ。
普通に生まれて普通に暮らしてきたのに、そんなどこの馬の骨とも知らない奴の存在自体に関わりたくないし、まず性格が合わない。暫くは何度も甘寧を無理矢理追い出していた。
そうすると甘寧は、口を尖らせてどこかへ行ってしまうのだが、1時間程すると決まってまた戻ってきた。無理矢理部屋へ入ろうとはしないが、わざわざ部屋の窓から見える路上に、“なあ、凌統、俺をここに置いてくれ”という目をして立っているのだ。
何時間も無視しても、窓から手で追い払う仕草をしても甘寧はアパートの前にまるで家に入れない犬か猫のようにただひたすら佇んでいた。
その都度、何かを諦めたかのように“奴が飽きるまで”と言い聞かせて部屋に入れたものだ。

甘寧が同居人となる決定打となった日も雨が降っていた。
また口論になり頭にきて、もう完全に赤の他人、存在を忘れてしまおうとまた甘寧を追い払った日。
ベッドに入る前に外の豪雨に気付き、カーテンを開けてぎょっとした。
甘寧がいたのだ。傘など持たず、Tシャツも重そうに濡れ、いつもは逆立てている髪もぺったりと顔に張り付いていて、なのに目つきだけはいつもと変わらず刺すようにじっとこちらを見ていた。
呆れた。本当に。
馬鹿だと思ってたけど、本当の馬鹿だ。
通報されてもおかしくないでしょうが。
しかしそんな風に思う手には、新しいバスタオルが1枚。
少し悔しいからタオルをくしゃくしゃに丸く固めて、窓を開けて、甘寧めがけて投げつけた。
そして皮肉たっぷりに叫ぶ。

“俺にマンション買ってくれるなら、入れてやってもいいぜ?”

すると甘寧はタオルを広げながら、“おうよ、まかせとけ!”なんて、いい返事をして笑顔で見上げてきた。




それから半年後ぐらいだったか。
体の、そういう関係になった。

あれもまた雨の日。
いつも奴と何かある時は雨の日だ。
互いに女性を口説いて撃沈して帰ってきて、珍しく二人で死ぬほど宅飲みをしていたんだ。暴言を吐きながら。初めて会った時のように。

触れたかった体温は雨の中に消えてしまったし、飢えた血が治まらなかったせい。

俺も甘寧も酒には強いけれど、酒のせいにして。
ただ、顔は見られたくなかったから必死に腕で隠し、灯りも付けないまま。
近くにあった熱を貪りあった。

以降、甘寧とは何度か繋がっているけれど、周期はとても曖昧で惰性的、1ヵ月に1回という時もあれば日がな1日中という時もあった。





そんな風な生活も、だらだらと数年も続いているある朝。
凌統は目覚めた。
隣に甘寧はいなかった。
最近甘寧は頻繁に家を空ける。1日経って帰ってくる時もあれば、2,3週間後にふらりと帰ってきたり。昨日は夕方に帰ってきて、そのまま玄関先で押し倒された。
夕飯も食べず、そのまま何度も事に及んで。結局意識を飛ばして見事に朝だ。
ベッドの中で寝返りを打ったが、久し振りにいいように弄ばれた身体が軋む。
時計を見れば6時少し前。いつも起きる時間より少し早かった。

「ねむ・・・。」

小さく欠伸をしてベッドに深く潜ると、ほんの少しだけ甘寧の体温が残っているような気がして、なぜか無償に淋しくなった。

元に戻るだけだ。寂しくなんてない。
別に完全な独りになるわけじゃない。知り合いも友達もいる。
だから、あんな奴どこに行ってもいいじゃないか。
なんで今更こんな気持ちになるんだ?
あいつの隣に眠るのは、きっと俺以外にもいるだろうに。
・・・もっといい寝床でも見つけたってとこかな。
ああ、最初からあいつが飽きるまでって、そう思ったはずだろ?
なら、部屋に置いてある持ち物、全部持って行ってほしいんだけど。
そういえば、甘寧の携帯番号知らない。
甘寧って携帯持ってたっけ?
・・・そういえば、あいつの何も知らないな。
それなのに最初から隣で眠って。
知っているのは体温の熱さと事の激しさぐらいだと思って、凌統は自嘲の笑みを洩らした。

寂しさを振り払うように飛び起きるといつものように朝の準備。
体中の痛みは我慢すれば何とかなる。目に映った食べ物を適当にかじって牛乳で流し込んで、熱いシャワーを浴びて。
適当に服を着て、今日も長髪をどうスタイリングしようか迷いながら、そういえば甘寧が“お前よ、こう・・・・・・・・・うん、こう結んだほうが見栄えするんじゃねえ?”なんて言いながら髪を結い直してくれたことを思い出して手が止まった。確かに自分で結んだより自然で、会社でも評判がよくて、あれからずっとあのように結んでいるのだが。

(面倒だ・・・このままでも別にいいかね。)

凌統は結い紐を放り投げ、大きく溜息をついた。
鏡に映る自分を睨む。

(しっかりしろっての、凌公積・・・一日のはじまりだぜ?)

さて出勤だと鞄を握ったと同時だった。
突然玄関の鍵が忙しなく回され、勢いをつけてドアが開いた。
驚いてそちらを見たら、玄関に立っていたのは甘寧だったからさらに驚いた。

「・・・え・・・甘・・・」

凌統が名を呼ぼうとすると甘寧は土足のまま部屋に上がり、凌統の手を乱暴に掴んで、外に引きずり出した。
凌統は慌てて甘寧の手を解こうとしたが、甘寧の手はびくとも動かずにそのままアパートの外へと急ぎだした。
握られている手が少し捻って痛い。玄関先で蹴り飛ばしてしまったサンダルをなんとか引っかけて外に出たものの、甘寧は少しも止まらない。玄関の鍵もそのままだ。
“おい”といつものように怒鳴ろうとしても、甘寧はいつになく真剣な口調で“いいから黙ってついて来い”というので素直に黙ってしまった。

いつの間にか二人で道を走っていた。
サンダル履きで前に躓きそうになりながら、おぼつかない足どりで。髪も流したままでとても邪魔だ。一方で甘寧はしっかりスニーカーを履いている。不公平だ。
しかし凌統は考える。
そういえば。
そういえば、甘寧と家の外に出るのは最初の出会い以来初めてかもしれない。
二人で居た記憶といえば、いつもいつも家の中だけだった。あの空間から一歩外に出れば、赤の他人同士で互いに何をしているのかわからない。そんな関係。
だけど今、この手を掴む力は強く熱い。
国道沿いの通勤時間帯。時折バスの停留所でバス待ちをしているサラリーマンが変な目で見つめてくるが、何故かあまり気にならない。ああ、歩道の並木はいつの間にか深緑に色づいていたのか。空が青い、雲が白い、太陽はもっと白い。
いつも見ている風景が違うものに見えて、凌統は嬉しくて、目からぽろりと一つ零れたものすら爽やかに思えた。


どれぐらい走っただろうか、甘寧の足が止まった所は凌統の家の最寄り駅から少し離れたあたりにあるマンションの前だった。
慌ただしくエントランスの自動ドアを開け、やはり凌統の手を引いてエレベーターで登ること3階。
角部屋の前で止まると今度はその部屋を開けた。

「入れ。」

その言葉のまま、おそるおそる中に入ってサンダルを脱いでみる。
何が待ち受けているのかと思えば、家具など何もない、入居前のマンション。
南向きの大きな窓からたっぷりと降り注ぐ光はクリーム色の壁を照らし、穏やかな印象を受ける空間だった。
だが、ここが何だというのだろうか?

「え・・・何?ここ。」
「ああ、お前にプレゼントだ!」
「え?」
「だぁから、最初の頃の約束。忘れたのか?」

そこでようやく凌統ははっとした。

“俺にマンション買ってくれるなら、入れてやってもいいぜ?”

甘寧曰く。
ずっとお前に買ってやれるマンションを探してたんだがよ、やっぱり高ぇのな。だから中古で勘弁してくれや。元はモデルルームに使ってた所らしいし、変な使い方はされてねぇはずだろ!・・・あ、ちなみに金は借りたり博打で儲けたわけじゃねえからな!真面目にやってたんだぜ。最初は知り合いの美容室の世話になってたんだが、あんまり金にならなかったからトラックで日本中駆け巡って・・・お陰でなんとか昨日不動産屋を脅して、ココを買ったってわけだ。

「・・・美容室って・・・あんた、そんな免許持ってたの?」
「おう、退学スレスレだったけどな。」
「・・・トラック、運転できんだ。」
「まぁ、何年か前に。バイトで必要だったしな。」
「つーか、不動産屋を脅したって」
「少し負けてくれって言っただけだぜ?」
「・・・俺、すっかり忘れてたんだけど。」
「俺は覚えてた。」

凌統は甘寧に背を向けた。
忘れられてると思ったのに、肝心な所を忘れていたのは俺ってわけかい。
冗談だったのに。
ああ、でも・・・。
すると、突然後ろから抱きしめられ背中が飛び跳ねる。

「俺ァ今まで、食いモンがあればなんとかなると思ってた。」
「・・・。」
「そりゃあ今も変わりねぇんだけどよ。お前と居ると面白ぇんだ。」

凌統はふいと顔を背けた。
だが甘寧は穏やかに続ける。

「なんか、他と違う。お前ともう少し居たいと思った。だから、お前が家を呉れって言った時、それに応えるのも面白ぇなって思ったんだ。」
「・・・。」

なんでこんなに嬉しいんだろう。
本当に、胸が痛む程に。
また頬を伝った何かをぐいと乱暴に袖で拭った。
今、何時頃なのだろうか。
場合によっては課長直々に怒られてしまうけれど。
なんだか全てどうでもよくなってきた。
首に絡まる腕にそっと掌を重ねてみる。

「・・・あんたの判断基準は面白いか面白くないか、かい・・・。」
「おう。」
「ははっ、さらっと言うなっての。・・・まあ、うん、いいけどさ・・・ここ、誰が住むの?俺には少し広すぎるんだけど。それにあっちの家のほうが会社に近くて便利だ。」
「あぁ?お前今更何言って「だから!あんたも一緒にちゃんと住んで、引っ越しも手伝えっての!それから会社まで送迎もしやがれ!家付きの飯付きで済ませてやるんだ、マンションぐらいじゃ足りねぇよ!」

ああ、恥ずかしい。
顔を見てだなんて言えやしない。甘寧は分かったと言って笑っている。笑って揺れる肩の震動が心地よくて腹が立つ。

仕方がない。
今日は会社を休んでしまおう。
そしてこのまま引越しの相談に行こう。
何、いざとなったら隣の野郎がいるし、なんとかなるだろう。
ここ最近の曇り空に晴れ間が射した、朝のひと時。
こういう日に晴れるっていうのも、お天等さんも嫌なことしてくれるね。
凌統は甘寧の掌に、そっと唇を落とした。







あああ、間違って一度消してしまいましたorz
違うとこにまるまるコピーしていたので事なきを得ましたが・・・