繭の戯れ

※またまた現パロです

凌統がケホケホと咳をしていて、甘寧は目を覚ました。
ぼんやりと体を起こすと、凌統は既に着替えていて、歯磨きがてら財布をジャケットのポケットに突っ込んでいるところだった。

「何だお前、風邪?」
「あ、起きた?俺、ちょっと今日出張で、もう出るから。」
「迎え行くか?」
「必要になったら電話する。アンタは?」
「何が。」
「今日の予定。」
「仕事行く。」
「あっそ。んじゃ行ってくる。」
「おう。」

昨夜の濃厚な絡み合いなど、忘れてしまったかのような淡白な会話を交わし、凌統はいってきま〜すと呟いて忙しなく家を出て行った。
甘寧は、バタンと閉まった玄関の音の余韻に浸りながら、しばらく寝室のドアをぼんやりと眺めていた。やがて大きな欠伸をして、また一眠りしようと布団に入った。
ほのかに香る凌統の匂い。思わず顔を綻ばせながら布団を寄せ集めた

(そういやあいつ、何時から“いってきます”なんて言うようになったっけか・・・)

結局、凌統は風邪をひいたのかわからない。本格的にやってきた睡魔に連れられるように、甘寧は瞼を閉じた。




凌統と本格的に暮らすようになってから、甘寧は以前よりも仕事に出るようになった。
美容学校で仲良くしていた、後輩の陸遜の店。
陸遜は数少ない甘寧の昔馴染みの1人で、とんでもなく頭がいいあの後輩は経営の才能があるのだろう、近隣では他の追随を許さないほどの人気店を育てあげていた。
甘寧は時々、そこへふらりと仕事に行く。時間も日にちも気にせずに。
ただし、行ったら真面目に働いた。
人気店なのに、従業員は陸遜自身と朱然とかいう若い相棒1人だけ。(陸遜は大勢のスタッフを抱え込むことは好きではないようだ)
だから、いつ行っても何かしら仕事はあった。
ある時はスタイリングで一日終わったり。ある時はひたすらレジと電話の応対で終わったり。子ども連れの客が来たときは、子どもの世話をした時もあった。
陸遜も陸遜で、甘寧の性格を知っているので、突然やって来る甘寧をいつも笑顔で受入れ即座に指示をして、例え仕事をしたのが1時間であろうと、相当の時給をちゃんと出してくれる。

今日も行ってみれば、陸遜はピンクのドレスを着た女相手に、パーティー向けの巻き髪を作っていて(ゴージャスで芸術的なボリュームのいわゆる姫系。よく作ったなと関心した程だ。)、朱然は中年の女性のカットというより、女性の話の聞き役になっていた。
その惨状を見て、甘寧はカウンターでけたたましく鳴りはじめた電話を咄嗟に掴んだ。
それからあれよあれよと仕事をこなし、あっという間に閉店時間。

「あ〜、今日もいい戦場っぷりだったぜ。」
「あはは、そうですね、本当にありがとうございます。」
「つーか、アイツから連絡ねえな・・・ん?」

やっと自分の携帯を見た甘寧は、目を見開いた。
画面は黒いまま。ボタンを長押ししてみるが、待てど暮らせど電源が入らない。充電が切れていたようだ。
次いで、店の壁時計を見る。22時過ぎ。
脳裏に今朝の凌統の咳がよぎる。
冷や汗が流れた。
陸遜がコーヒーの入ったマグを持ってきたが、甘寧はすぐにドアのほうへ走った。

「どうしました?甘寧殿?」
「悪い!陸遜、今日の分は今度貰うぜ!」

陸遜の言葉を待つことなく、甘寧は外へ飛び出した。
未だ人の流れの多い通りを全速力で走る。時々肩や腕が人とぶつかるが、そんなもの構っていられなかった。
十字路に出る。駅に行くか家に行くか。2方向へ伸びる道を交互に見て、立ち止まっている時間が惜しく、大きく舌打ちをした。
直感で家方面を選び、また走り出す。
凌統は、いらないことで煩いくせに、自分のことになると意地を張って何も言わない時がある。
そういえば最近、帰宅が遅かった気がする。昨日も事が終わったら速攻寝てたな・・・。

(面倒な奴だぜ、全くよ。・・・けど。)

なんで俺が、あんな可愛気のない皮肉ばっかの野郎のためにこんなに走ってんだ。
なんで俺が、こんなに必死になってんだ?
答えなんて、一つしかないのだけれど。

(やっぱ面白え奴だ・・・。)

甘寧は真っ黒な画面のままの携帯を力強く握りしめた。





「凌統!」

家のドアを思い切り開けると、中は電気がついていなかった。静まり返っている。
居ないのかと思ったが、玄関先には見知った靴が、両足1足ずつやや乱れてそこにあった。
何となく足音を立てずに家にあがり、玄関先のライトをつけてみる。そのままリビングに行き、電気をつけてみるがそこには居ない。
キッチンには、使って間もないような濡れたグラスがひとつ。それから、蛇口から水滴がポタリポタリとゆっくり零れている。

(・・・。)

寝室に行ってみる。
朝方、甘寧が寝ていたそこに、1人の寝姿があった。
姿を見た途端、思わず飛びつくように布団へ覆いかぶさると、ぐぇ、と、蛙を潰したような声が聞こえた。

「ンだよ・・・重いっつーの・・・疲れてんだからどけって。」

凌統の声。いつもの気だるい口調は鼻声のような気がした。
髪の毛一本たりとてはみ出すこと許さず、頭からつま先まですっぽりと布団を被っている様は、何かの繭のようだなと思った。
甘寧はおもむろに布団の中に手を突っ込み、探りながら凌統の額に手を押し当てた。凌統は布団の中で少しだけ身じろきをしたが、激しい抵抗でもない。
凌統の額は見事に熱かった。指を掠めたまつ毛が濡れていたような気がしたが、知らないことにした。ふと、目に入ったサイドテーブルには、ドリンク薬の風邪薬と、食べかけの固形の栄養調整食品が転がっていた。
ぎゅっと、布団越しに抱きしめてみる。

「電話したか?」
「・・・まあね。」
「いつ帰ってきた。」
「さっき。」
「熱は。」
「計った。38.5。」
「・・・悪ぃ。」
「どうしてアンタが謝るのさ。」
「迎えに行くっつって、できなかったから。」

すると、凌統はやっと布団から顔を出した。額のあたりに凌統の熱いため息がかかる。こちらを見下ろす瞳にはまだ強さがあった。そしてそれよりももっと強い口調で言った。

「こうなったのは、アンタのせいじゃない。俺の自己管理ができなかったからだよ。昨日の夜だって・・・その・・・嫌なら、抵抗できたんだし。そ、それより・・・あんたが無事帰ってきて何よりなんじゃねえの?おかえり。」

訂正する。
こいつは意地を張って何も言わないんじゃない。分かりづらいだけだ。
だからこそ、時々やってくる直球の破壊力といったら。こっちが耐えられなくなる。
しばらくきょとんと凌統を眺めていた甘寧だったが、凌統の言葉を理解すると、みるみるうちに顔が綻び、抱きしめる腕に力を込めながら、布団に頬ずりをし出した。

「おいおい、俺がどこかでくたばってるかと思ったのかあ?」
「るせぇな!・・・甘寧さんよ、俺病人だぜ?でかい声出させんな。腕痛ぇって、離せ。」
「悪い悪い、つか、お前ェ飯食ったのかよ。」
「カロリーメイト。」
「・・・。薬と一緒になんか買ってくる。それまで、ちゃんと寝てろよ〜?」
「どっかでくたばってきな。」

凌統から腕を離して、財布を確認して。
寝室のドアノブに手をかけたところで、振り向いた。

「じゃあな、行ってくるぜ。」
「はいよ。」

挨拶か。悪くねぇな。
凌統が再び布団に潜り込む気配を感じながら、甘寧は玄関を飛び出した。






話の着地点がここじゃないような気がするんです・・・orz
でも、凌統におかえりって言われたい。