巻きつく残香

※現パロです。生徒甘寧×保健の先生凌統ですw



「はぁ〜。」

煙草を肺いっぱいに吸うと、青空へ白い煙を細く吐き出した。
雲のように青空に溶けて消えるそれと、己の白衣が風にたなびく様が心地よい。

凌統は、2年前まで女子高だった共学の進学高校で養護教諭をしている。
2年前まで女子高だったというだけあって、全校生徒の7割は女子が占めているこの高校に勤務が決まった直後は、凌統だって両手に花の夢を描いたものだ。
しかし就任早々、女子から不正出血の相談を受けるわ、彼氏との別れ話に付き合わされるわ、挙句余りにも欲望丸出しの色目を使われた。
恥じらいのない女の園という現実を垣間見、理想は脆くも崩れ去った。しかし逃げ出すわけにはいかない。より精神を太く保たねばと、心に誓ったものである。

何とかやってこれたのは、この屋上の存在が大きい。
女子の相手に疲れた時、校長や教頭から無理難題を押し付けられた時、時々こっそり屋上に上っては煙草を嗜んでいる。
ヘビースモーカーではないが、晴れた日と喫煙したい気分が合致した時の、心の晴れ具合といったら何とも言えなかった。

(さて、戻りますかね。)

一本吸い終わり、丁寧に携帯灰皿に吸いがらを押し込んだ。
その時だ。
踵を返して、屋上のドアノブに手を掛けた時、ふと視界の右端に黒い何かが映った。
首をかしげるようにしてそっちを見ると、生徒の足が壁から生えたように床にあるではないか。
黒いズボン。男子だ。
自分と同じような、サボリの生徒だろうか。凌統の位置からは顔までは見えない。
凌統はその生徒の顔を見ようと、そちらのほうへ回り込んでみた。

「・・・うわ〜。」

つい凌統は痛そうに片目を閉じた。
その男子生徒は、右頬が赤く腫れあがっていて、口の端から顎にかけて、血の塊がこびりついていた。右眉のあたりも切れて、赤い筋ができている。
学ランの中の白いTシャツには、結構な量の血が生乾きのまま付着している。
喧嘩か?しかし、拳は綺麗なものだった。相手に手は出していない。
全てを確認して、生徒の目の前にやってきて、目を合わせるため座りこんだ。
意識はある。
何も言わないが、目つきだけはギラギラと光って凌統を捉えていた。喧嘩慣れしているな、と何となく感じた。

こいつは、この後どこに行くのだろう。
ここは学校だ。
教室に戻るか?この顔で?きっと女子たちがわめいて、あっという間に学校中に広がって、教師達の耳にも届くだろう。

「・・・。」

学校で怪我をしている奴がいたら、ヨウゴキョウユとして見過ごすわけにはいかないだろ?

しかし、何だこのふつふつとこみ上げる高揚感は。
この学校に来てから、忘れてしまった何かを思い出したのか。元々凌統も大人しいほうではない。殴り合いの喧嘩もしたことはある。

ちょっとしたスリル味わいたく、手を貸してやろうと思った。
凌統はいたずらっぽく笑った。

「うちの生徒っていうのは間違いなさそうだけど…見覚えないねえ。男子生徒は少ないから大体覚えるんだけど。相手は複数だな。」
「…。」
「手は出してないようだし、後でゴタゴタにはならなそうだねえ。よしよし。」
「…。」
「何したんだよ。ガン飛ばしでもしたか?」
「…何もしてねえ。」

喋った。
高校生とは思えない低い声だ。学ランで隠れているが、肩の筋肉の盛り上がりが尋常ではない。体躯もきっといいだろう。

「煙草、くれよ。」
「やなこった。どこに生徒に煙草をやる教師がいるかっての。」

生徒がわずかに目を細めた。

「ま、見つけたのが俺でよかったな。ほら、処置してやるよ。」
「お前ぇ…どこの先公だよ?」
「この学校の保健室の主っつったら、養護教諭の凌公積様ってね。覚えておきな。」

そこで凌統は男子生徒の横に移動して、脇に腕をすべり込ませて肩を貸しながら立ち上がった。
その時、男子生徒が低く呻いた。肋骨が折れているのかもしれない。けれど、ずっとここにいるわけにもいかないし、学校の中でこの生徒が安全に休める場所といったら、自分の根城しかない。

凌統は生徒に声を出すなよ、と言って、静かにゆっくりと階段を下りて行った。
校舎は授業中ともあって、とても静かだ。
他の教師に見つかったら大事になってしまうだろうから、職員室や研究室も意識して歩かねばならない。その次に危ないのは生徒指導室と進路指導室か。
凌統は自分の立場も忘れて、如何に安全に自分の城へたどり着くか考えながら渡り廊下を歩き、向かいの校舎に移って1階の保健室へ無事に辿り着いた。
着いて早々、肩に担いだ生徒をベッドにそっと落ち着かせ、凌統自信はすぐに保健室の棚という棚を開け、腕まくりをした。

「とりあえず着いたけど…。まずは、治療し甲斐のありそうなその怪我を治療するぜ!」
「おいおい、何でそんなに嬉しそうなんだよ。」
「これだけ盛大に怪我する奴なんて、この学校でほとんどいないからねー。養護教諭の腕の見せ所ってやつ?あ、上全部脱いで待ってな。Tシャツは洗うからこっちによこせ。シーツに血着けるんじゃねぇぞ。」

凌統は手を消毒すると、薬品棚から包帯や消毒薬やらカット綿やらを腕いっぱいに抱えて、器具も手に持ち、どこか嬉しそうに生徒のいるベッドに戻ってきた。
生徒は凌統のいいつけ通り、ちゃんと学ランとTシャツを脱いで待っていた。呼吸にあわせて僅かに背筋が動いている。
予想通り、生徒はいい体をしていた。何で鍛えたのか、この発達した筋肉で殴られたら一たまりもないだろう。
けれど、こちらに背中を向けてベッドの上に胡坐をかいて座っている様は、拗ねている猫のようでどこか可愛らしく(しかもちょっと猫背だ)、ギャップにクスリと笑った。

生徒の左肩甲骨の下あたりが赤く腫れている。
そっと触れてみると、生徒は盛大に飛び上がった。

「ここ、折れてるね。応急処置はするけどこれだけは病院に行きな。肺にアバラが刺さっちまうからね。」
「おう。」
「あんた、学年は?」
「・・・2年。」
「名前。」
「報告すんのか。」
「ん〜?アンタの担任にかい?本当は報告しなくちゃいけないけど・・・考えてる。」
「甘寧。」
「へぇ。お前、甘寧っていうのか。足は折れてないか?」
「おう。」
「よし。こっち向きな。」

甘寧。聞いたことのない名前だ。見た感じ喧嘩っ早そうだし、会議で名前が出てもおかしくなさそうなのに。
カット綿に消毒薬を含ませ、こちらを向いた甘寧の腫れた右頬にそれを当てた。
太ももに置いた甘寧の拳に、力が籠った気配。

「あんたの担任、誰だい?今日はこのまま帰ってもいいように何とかしてやるよ。でもこの腫れ、すぐには引かないだろうしさ。場合によっちゃあお前の担任に事前に言っておこうと思うんだけど。」
「呂蒙のおっさん。」
「ああ!なら大丈夫だ。」

成程、呂蒙さんなら、会議に出す前に何とかできるな。
切れた眉にも消毒薬をたたきこみ、口元にこびり付いた血を丁寧に取り除いて絆創膏を貼ってゆく。
しかし。凌統は治療を続けながら、甘寧の表情を探っていた。
甘寧はじっと凌統の向こうの壁を見つめている。
切れ長の瞳、釣り上った眉に引きしまった口元。この学校では珍しい、男くさい男だ。
女だらけのこの学校にいるよりも、男たちとたむろしているほうが似合うだろうな。でも、女子にも人気がありそうだ。割と端正な顔をしている。
唇もちゃんと柔らかい。

「なあ。」

甘寧が話しかけてきた。

「何だい?」
「どうして聞かねぇんだ。」
「何を?」
「俺が、怪我してる理由。」
「聞いたとこで怪我が治るかっての。理由はお前がよく知ってるだろ?それで反省してりゃあ、俺は何も言わねえよ。」

甘寧がわずかに瞳を丸くしたのがわかった。

「お前ぇ・・・おっさんと同じこと言うのな。」
「おっさんって?」
「呂蒙のおっさん。」
「自分の担任をおっさん呼ばわりかよ。呂蒙さんがいいならいいけどさぁ。でも、外に出る時は気をつけな。」

それから甘寧は、突然表情が変わった。
どこか、警戒を解いたという感じに表情が柔らかくなった。突然の豹変に凌統は戸惑い驚いたが、そんな凌統のことなどおかまいなしに、甘寧は話し出した。

朝、学校に来る途中、コンビニで立ち読みしてたんだけどよ、他の学校の奴らに因縁つけられたんだよ。相手は3人で、目つきが気に入らねえとか言ってきやがった。でも、見た感じ喧嘩弱そうだし、おっさんにも喧嘩するなって言われてたし、面倒だったから無視を決め込んでた。そしたらそいつら、いつの間にか仲間呼んでやがってよ。10人以上になってた。それから取り囲まれてボコボコよ。勿論俺は手ェ出してねえぜ!急所だけは守った。

全て言い終わったら、ふうと、甘寧は小さくため息をついて、また黙った。

甘寧が言ったことは多分本当だ。
呂蒙のことは本当に信頼しているようだ。その存在は大きいだろう。
また、確かに急所には1発も入ってないが、どこか窮屈そうだな、と思った。

「そっか。つーか俺は、お前がやられっぱなしなのが気に入らないねえ。」
「はあ?」
「呂蒙さんは絶対こんなこと言わないだろうけど、俺と似たようなこと思ってるだろうぜ。あんたと一緒にリベンジしに行きたいってね。うちの生徒が世話になったっつってな。」

甘寧はじっと凌統を見つめた。
あまりにもじっと見るので、少し居心地が悪くなった凌統は、甘寧の腕をとって打ち身の酷い左腕に包帯を巻きだした。

「お前ぇよ、なんか教師って感じしねえな。」
「はぁ?」
「タレ目で泣き黒子で長い髪って・・・なんかチャラい。」
「ンなこと言われたってねえ。じゃあ、俺が美人で優しい保健の先生だったらよかったかい?」
「んん〜・・・でもお前ぇ、美人だな。」
「煽てたって、何も出ねえっつの。」

そういう言葉は、女子生徒から言われ慣れているから動じなかったが。
甘寧が、突然凌統の額にキスをしてきた。
流石にそこまで強引で不意打ちをした生徒はおらず、凌統は顔を真っ赤にして額に手をやった。

「な・・・っな・・・何・・・おま・・・」

包帯が手から、ベッドから音もなく落ちて、白い線を引いていった。
甘寧は普通にそれを手繰り寄せる。まるで、二人の境界線を無くすかのように。
そして、器用に自分で包帯の処理をしてしまった甘寧は、豪快そうな笑みを浮かべ、ベッドからよろりと降りた。
凌統はどう反応したらよいのかわからず、ただただ顔を赤くして甘寧を見つめるばかり。

「お前、いい奴だな!気に入ったぜ!」
「な・・・お前、馬鹿にしてやがんのか!」
「ンなことねえよ。治療の礼だ、ありがとな!」

そういって、甘寧は学ランだけを手に、怪我をしている身とは思えないかろやかな動きで窓から外へ消えていった。

「・・・礼って・・・野郎から貰っても嬉しくねぇっつの。」


凌統は呆けたまま、甘寧が消えた窓をしばらく見つめていた。

ピンクのカーテンが風に揺れる。

丁度3限目終了のチャイムが鳴り響き我に返って、ふと見ればベッドの上には血まみれのTシャツとカット綿が地図のように広がっている。
鼻に消毒薬のにおいが漂ってきて、なぜか再び顔が赤くなった。
初対面の生徒なのに。
年下、なのに。



「・・・Tシャツ・・・取りに来る、かな・・・。」

凌統はTシャツをひっつかみ勢いよくベッドから飛び降りて、水道へ足を運んだ。
来るかもしれない。そのために洗うんだ。


数時間後、保健室のベランダには、青空の下にそよぐTシャツがあったとは、保健室を訪ねてきた生徒の話。







続くかもしれません。
ふと、生徒×保健室の先生っていいんじゃねえ!?と思って、書いてしまいました。
凌統みたいな保健の先生がいたら、好かれるか嫌われるかスッパリ別れると思い…ます。
凌統先生の保健室ではいつもサティが流れてるんだ!