巻きつく残香A

※現パロです。生徒甘寧×保健の先生凌統ですw



その日の放課後、凌統は学校宛てに届いた学会誌を眺めながら、ぼんやりとコーヒーを飲んでいた。

「学会に参加しろって・・・現場は大変なんだっつの。」

ぼやきながらコーヒーをひとすすり。
学会とは、日本養護教諭教育学会とかいうもので、半強制的に入らされたものである。
窓辺には、未だ取りに来ない甘寧の白いTシャツが綺麗に畳んで置いてある。


あれから一週間が経った。
凌統は甘寧の担任の呂蒙と話をして、奴の情報を得ていた。
出身中学では素行が乱暴で、結構な問題児だったらしい。そんな奴がこの地域では比較的難関であるこの学校にやってきたのは、単純にモテたいからだった。
問題児で動機が不純であれ、やればできる頭脳はもっている。また、無気力ではないから筋道を通して説明してやれば、ちゃんと納得する。見た目よりまともな奴らしい。
友人もいるし、高校にやってきてからは(喧嘩相手もいないせいか)落ち着いているようである。
それが、この間のあの一件があってから、昔のやんちゃを思い出してか目つきがやや鋭くなったらしい。爆発して大事を起こさなければよいが…と、呂蒙が言っていた。

(ん〜、確かに、何か燻ってる感じはしたよなぁ。)
(要は、はけ口が必要ってことか。今度来たら、部活でも薦めてみるかね。)

そこまで考えて、凌統は甘寧からの額のキスを突然思い出して、コーヒーを吹き出しそうになった。
普段は忘れているのに、突然降ってきたかのように思い出しては顔を真っ赤にしてしまうことが時々あった。
ああいうことは他の連中にもやるのか・・・など、流石に呂蒙にも聞けなかったが、多分していないだろう。そういう噂は入ってこない。

(ま、俺は保健室の先生だしね。まだしゃしゃり出るところじゃないかな。)

またコーヒーをひとすすりして、突然ドアが勢いよく開いた。

「はいはい、どうした…って…」

余りもの勢いだったから、緊急の何かかと思ったら、甘寧だった。
眉間に皺を寄せて、物凄い形相でこちらを見ている。何か、ただ事ではない雰囲気に気付いたが、それよりも凌統は体の様子をチェックする。
流石に頬や唇の端の傷は治っている。よかった。折れた肋骨の経過は大丈夫だろうか。
凌統は窓辺に置いたTシャツに手を伸ばして、それを差し出した。

「やあ、これ。ちゃんと洗っておいたぜ。次は「凌統。」

話を遮り、甘寧は何をするかと思えば、速足で近づいてきて凌統の目の前で深々と頭を垂れたのである。

「…。」

丁度、座っている凌統の目の前に、頭のてっぺんがくるぐらいの、それはもう綺麗な直角の一礼である。
凌統は甘寧の後頭部をじっと見つめた。

(ん?どうしてこいつ、頭垂れてんだ?こいつ、俺に何か謝ることをしたっけ。)
(この間の“礼”か?)
(”礼”に対する、謝罪か?変なことしてすまなかったって?)

ひとまず聞いてみないことには。
凌統は、Tシャツをひっかけた腕を引っ込めて足を組んだ。

「何してんの?お前。」
「凌統、勉強教えてくれ。」

甘寧は頭を垂れたまま応える。
勉強?

「勉強って、何。」
「化学だ。」
「おいおい、俺より担当の先生に教えてもらうほうがいいでしょうよ。」
「あの月英っていう女、気に入らねぇ。俺が認めてる先公はおっさんとお前だけだ。」
「進級ヤバいの?」
「違う。」
「じゃあ、何で。」
「大学に行きてぇ。」

まさか、甘寧の口から“大学”という言葉が出てくるとは思わず、凌統は少し目を丸くした。

「補習は?」
「他の奴もいるから、自分のペースで出来ねえ。」
「塾は…って、あんたは塾に行くような奴じゃないか。」

凌統はやれやれと空を仰いで席を立った。
数歩歩いた先は、薬品棚の前。
確かに化学は得意だし、高校程度なら教えることはできる。
養護といっても学校に勤める教諭という立場は他の教師と一緒だ。生徒の頼みとあれば、持っている知識を惜しみなく教えることは、むしろ嬉しい。
しかも、大学に行くためなんて…現在2年の2学期。進路に関わる重大なことじゃないか。
棚のガラス戸越しに甘寧を見れば、未だこちらに頭を垂れていた。
どこか、躊躇いが残るけれど、断る理由がないことは間違いない。
凌統は、静かに振り向いて一歩甘寧に近づいた。

「わかった、わかったよ。頭をあげな、教えてやるからさ。」
「え、本当か!?」

ぴょこっと頭をあげた甘寧が、みるみる笑顔になっていくのが見えた。

「けど条件がある。俺も暇じゃないんでね、放課後に来い。それから、今日はこっちの準備ができてないから。明日からまた来な。」
「わかったよ、へへ、頼んだぜ!」
「目上の人に物を頼んで、それはねえだろ。」
「ありがとうございます!」
「はいはい。」

そうして甘寧は嬉々として帰って行った。
足音が遠ざかるのを耳を潜めて確認してから、凌統は深いため息をついた。

「…またTシャツ忘れて行きやがって。」




続く



続いてしまいました。
凌統先生は甘寧くんの家庭教師になりました。