ライク ア チルドレン

※現パロです。




その夜、凌統の様子が変だということは、何となく感じていた。
例えば、凌統のほうが先に家に帰っている時。玄関先で、こちらから“ただいま”と言えば、決まって間抜けな声で何かしら声の反応があるのに、今日はない。
そのままリビングに行くと、凌統はテレビを見ながら先に一杯やっていた。しかし、声をかけるどころか全くこちらを見ようとせず、いつもと同じ表情でテレビをじっと見つめて缶ビールに口をつけているのだ。

「飯は?」
「無い。」

そっけない。
テーブルの上に乗っているキュウリの漬物や、食べかけの豚肉チャーハンを見て甘寧の腹は素直にぐうと鳴り、我慢できずに漬物に手を伸ばした。
ぴしゃりと手をたたき落とされるかと思いきや、それもない。
キュウリをぽりぽりと咀嚼していても、凌統は本当に何も言わなかった。そんな無言にやや呆れて肩を竦めながら、甘寧は立ち上がって黙って冷蔵庫を開けた。
無反応というのが一番厄介だ。
いっそ怒り狂ってわめき散らしながら物でも投げてくれば、その言葉の端々から何か感じ取れるのに、つい背筋が凍りつくような冷たい怒りもどん底を這うような気分の沈みも、微塵も感じない。

(つっても、怒ってわめいて物投げるなんざ、あいつがするわけねぇか。)

冷蔵庫からスクリュードライバーの缶カクテルと、チーズ2切れと惣菜パン一個というなけなしの食糧をかき集めて、リビングに行こうとしたら、凌統が入れ違いで台所に行き、そのまま風呂に入って行った。

暫くして、シャワーの音が小さく聞こえてきた。そちらに耳を傾けながらスクリュードライバーのプルタブを開け、一口飲んでみる。
甘くて思わず吐きそうになったが、開けたからには最後まで飲まないと。
チーズをちびちび食べながら、甘い甘い液体を何とか飲み下す。

凌統は、怒ってもあまり怒鳴ったりしない。大体皮肉たっぷりの言葉で諦めに似た台詞を吐いたり、ほんの僅かな罵る言葉を言うだけである。
それらは全てこちらのことを分かった上で、どちらかというと諌めるような言い方で、甘寧は少し心地いいとさえ思っていた。

(面倒な野郎だぜ。)

別に、凌統が何を考えているかなど、どうでもいい。どうせ一時的な何かだろうし、無言の原因が自分ではないことだってあるのだ。
放っておくのが一番だと思い甘寧は、パンを齧りながら、ピカピカと通知ランプの光っている携帯を開いた。
陸遜からメールが来ている。内容は、明日の午後に仕事に入ってくれないかという嬉しい内容であった。
承諾の返事を返してから、ふと、受信欄に凌統の文字が並んでいるのが目に入った。
今日の日中、珍しく凌統とメールのやりとりをしたのである。
凌統は仕事中のはずなのに、今日はどうしてかちゃんと返事を返してくるので、甘寧も楽しくなって返していたのだ。
メールの内容は取り留めのない、いつものじゃれあいを文字にしただけのようなものであった。

あんたの鈴を野良猫につけただの、残ってた晩飯を食っただの。


From:凌統
件名:なし 
内容:最低だね。まっ、いいよ。陸遜さんの所に行って、減給してもらうように頼んでくる。

To:凌統
Re::なし 
内容:ああ、それからよ。お前のCD失くした。

From:凌統
件名:なし
内容:くたばれ。買って来い。見つけて買うまで帰ってくんな。

To:凌統
件名:なし
内容:お前、買って来いだの買ってくんなって、女みてぇなこと言ってんじゃねえよ。

From:凌統
件名:なし
内容:最低だあんたなんか



そこで、凌統の返信は途絶えている。

(・・・。)

甘寧は肩眉を上げた。
この文面から察するに、凌統は“女みてぇ”という言葉に引っ掛かったのだと思う。
一度、前にも同じような言葉で茶化した事があった。
あの時凌統はもの凄い勢いで腹を立てて、低い声で呟いた言葉は“誰が女だって?俺が女みたいだってか?それとも、俺が女だったらよかったってかい?”である。
そしてその日から数日、凌統は口を利かず、飯もなかった。
ああ、もしかして今回も、あのパターンなのだろうか。
けれど矢張り、わざわざ問いただすようなことはしなくてもいいだろう。

(あの時はどうやって収まったんだっけなぁ。忘れちまったけど、別にいいか。)

甘寧はそのまま寝室に行き、ベッドにごろりと寝転がった。
後頭部で手を組んで、天井を眺めながら考える。
冗談に決まっているのに。
一度だって、凌統を女とか、女の代わりだなんて思ったことはない。
最初に肌を重ねていた頃は、単なる処理のようなものだったが、それでもだ。
むしろ考えるほうが馬鹿らしい。
あんな図体の女が居て堪るか。
けれど、凌統はその手の冗談が通じないのだ。
例えばあいつが女だったら?
凌統が女装した姿を想像してみる。自分と比べればそれは似合っているが、やっぱり体躯は男だし、それを愛でる趣味など持ち合わせてはいないので、少し気持ち悪くなって目を細めた。
そして凌統が女であったら惚れていないと思う。
あれ以上弱くなられては扱いに困ってこちらから願い下げだ。
やっぱり、今のままの野郎のほうが、いいな。

(マジ、面倒な野郎だぜ。)

今日は手を出さないでおくかと思いながら瞼を閉じたら、凌統が風呂からあがり、寝室に入ってきた。
甘寧とは反対側のベッドサイドに座り、ドライヤーをかけはじめる。
その間も、終始無言。
甘寧はふいに片目を開けて、自分の肩越しに凌統を見た。
その頭にぎょっとして、甘寧はつい跳び起きて凌統の後頭部を鷲掴んだ。

「お前・・・」
「・・・。」

凌統の後頭部。 いつも綺麗に結っている髪は下ろしているが、朝に見た時と少し違っていた。
腰のあたりまであった黒い髪が、肩の少し下ぐらいまでしかないのだ。しかも見事に毛先が揃っていない。
凌統の髪はとても綺麗である。変な癖がなくまっすぐで、櫛を入れると気持ちいいくらいすっきりと毛先まで辿りつく。
それなのに、凌統自身は自分の髪をぞんざいに扱うところがあって、シャンプーは適当、リンスは気持程度でやらないこともある。さらに、髪を乾かさずそのまま眠ることも多くある。髪が絡んでも枝毛があっても気にしない。
それらは見逃せた。そんなに髪に時間を裂く男というのもあんまり好ましくない。
だが、これは訳が違う。
剃刀で切ったのか毛先は尖っていて、毛束ごとにばらばらに列を作っている様子はとても痛々しく、甘寧は盛大にため息をついて天井を仰いだ。
そこまで思いつめたというのか。
凌統は甘寧の手を払うように少し頭を振ってみせる。
拍子に、髪の中から切れた髪が数本出てきて、はらはらとシーツの上に落ちた。

「おい、これ、てめぇがやったのか。」
「・・・。」
「何とか言えって。」

ああ、なんだかこんな台詞を仕事中に言ったような気がする。
あの時は子どもを連れてきた母親がカット中で、甘寧は子どもの相手をしていた時だ。甘寧が目を離した隙に、子どもがカウンターの上の小さな人形をポケットに入れて、持ち帰ろうとした時に使った言葉。
甘寧の気迫に子どもは震えあがって泣いてしまい、陸遜があやすように注意していた。
子どもには母親がいたし、子どもは子どもという特権で許される。
でも、凌統には。

(・・・俺・・・か?)

「立て。」
「・・・あ?」
「いいから、立て。」

甘寧は凌統の腕を強く掴んで、半ば無理矢理立たせると引きずるようにリビングのソファに座らせた。
先ほどまであんなに冷たかった凌統は、甘寧の態度に戸惑いながら大人しく座り込む。
甘寧はリビングの棚に置いてあったシザーケースをぶん捕って、腰に巻きつける。
そして、洗面所からスタンドミラーとタオルを数枚持って、凌統の後ろへ立った。
凌統が、背後をちらと向く。
その頭を強制的に前に向けさせると、テーブルの上に乗ったスタンドミラーが凌統の顔を映した。
唇とへの字に曲げて、なんとも拗ねた顔をしている。

けれど甘寧は無視して、シザーケースから櫛を取って凌統の髪を丁寧にとかし始めた。

「俺、お前の髪が好きなんだよ。」
「・・・。」
「だから、次こんなことしたら許さねえぞ。」
「・・・。」
「毛先だけ整えるからな。」
「・・・・・・邪魔、だったんだよ。」
「・・・おう。」
「・・・でも俺、自分の髪切ったことないからさ。」
「・・・そうか。」
「ごめ「謝んな、めんどくせえ。次から切りたくなったらちゃんと言え。」

すっかり大人しくなってしまった凌統が小さく頷いた。
ああ。子どもと同じだな。でも、らしくない。
もっと俺の知ってる凌統は、“そこはちょっと残せ”とか“そこは少し短く”とか、注文の多い野郎に見えるんだけど、なあ?
甘寧はそっと笑いながら、凌統の髪に鋏を入れた。





凌統は、シャクシャクと後ろから聞こえる音を、罰が悪く聞いていた。
甘寧は自分が拗ねている理由を聞かない。
聞いてこなくていいのだ。自分が勝手に拗ねていることなのだから。
女みてぇなどと言われ自棄になって髪を切ったなど、それこそ女みたいだから。

(そうか・・・俺の髪、好きなのか・・・)
(まあ、こうされるのは悪くねぇかな。)

時折スタンドミラーに映る甘寧の真剣な表情。
この顔を独占するのもまた、悪くないのかもしれない・・・。
凌統は顔が赤くなって俯きかけ、甘寧に頭の位置を直され、代わりに口を尖らせた。








某様と、”メールのやりとりをしていて、凌統が怒ったらいいね!”と話していて、生まれた話です。
凌統がばっさりいくところは私がつけくわえたものです
甘寧がシザーケースをつけて髪を切っている所が見たいです・・・。
某様、ありがとうございました。