ハニー・リップ・グロス

※現パロです。



凌統は普通の会社員だから、年末年始は休みで、ゆっくりと過ごすことができる。一方で甘寧はといえば、一応美容師のはしくれということもあって、一年で一番忙しい。
本人はいつも通り、仕事がしたい時に顔を出し、好きな時間に帰るというスタイルを通したいようなのだが、いつも甘寧のわがままを聞いている若い店長(甘寧に写メを見せてもらったら、本当に若くて驚いた。)は、ここぞとばかりに常日頃の甘寧の自由気ままっぷりを突いて、揚句に“年始から成人式が落ち着くまで、出勤して頂かなければこの店の敷居は二度と跨がせませんからね!”とまで言われてしまったらしい。
ここまで自由にさせてくれる店と縁を切るわけにはいかないので、しぶしぶと最近は足を運んでいるようだが。

しかし、美容師というのは流行との戦いのようなところがあるから、そういうものに全く執着せず、むしろ独自の路線をいっている甘寧が、果たして上手くやっているのかと凌統は思っていた。
別段ヘアスタイル雑誌を買って読むでもなし、家でマネキンを使って研究するでもなし。
しかし凌統は、甘寧のそういった領域に自ら踏み込むようなことはしないし、気にすることでもないと思って、何も言わないでいたら。

それは一昨年の大みそかに突然言われた。

「おい、凌統、頼む。髪のモデルになってくれねぇか。」

と。
その申し出があった時、凌統は少し嬉しかった。
自ら甘寧の領域に踏み込むことはなくても、あの甘寧がどうやって髪をいじるのか、どうやって仕事をしているのか知りたいと思っていたのだ。だから、口ではしぶしぶ了承したのだが、心の中では大いに期待した。

だがすぐに後悔した。

勝手知ったるというものは恐ろしい。
勝手に髪の色を変えるわ、巻くわ、盛るわの応酬。さらに、似合わない化粧までさせられて。
いや、その前にどうして女の髪型と化粧をするのか。
拘束時間は2ケタを超え、ほぼ同じ姿勢だし幾度となく髪を引っ張り上げられて肩は凝るは頭痛はするわでそれだけでもげんなりしたのに、年越しの瞬間は頭に黒い薔薇やら三つ編みコサージュをつけたまんま迎えてしまった。
しかもそのまま、事に及んで・・・。



そして、今である。

「お願いします!!」

正月も明けて二日が経ち、凌統も明日から出社という夕方。
凌統はソファに座り腕組をしながら、昨年の苦々しい年越しを思い返しながら、目の前で必死に土下座する甘寧を見ている。

「あんた、去年のこと覚えて言ってんの?俺の髪の色をいきなり金髪にしたのはどちらさんでしたっけねえ?いやあ、正月から髪を染めることになるとは思いもしなかったっての。」
「しょうがねぇだろうが!あの女共の注文に応えるには一回やってみなきゃわかんねぇんだよ!」
「常日頃からやってろよ。つーか野郎の髪型にしろよ!」
「アレンジは陸遜が得意なんだよ。俺はカット担当みたいなもんだ。それにうちの店の客は女ばっかなんだよ!」
「じゃあ俺なんかじゃなくて、他の女の子でもモデルにしたらどうだい?実際扱うのも女の子の髪だろ?」
「あんなのに声かけるならてめぇで足りる。」
「俺で十分って?髪質が劣悪でもいいってこと?」
「馬鹿野郎が、逆だ。だからっつーわけでもねぇが、俺はお前の髪触るの好きだしよ。」

そんな言葉で絆される凌統ではない。
・・・ではないはずなのだが、悪い気はしない。
甘寧は未だ、土下座したまま顔をあげない。

「・・・俺の許可なしに髪を巻いたり盛ったりするのはナシ。俺がやめろって言ったらたちまちやめろ。髪の色は最初から変えること禁止な。変えたら家から追い出す。」
「おう。」
「それから、休憩は途中途中入れろ。肩揉め。」
「おう。」
「それと、サカるな。」
「・・・・・・・・・。」
「ああ、できないってんなら、モデルやらないけど?」
「嘘ですヤりません。」
「よし。」

と、凌統が立ち上がると同時に甘寧が顔を上げた。

「仕方ないから、つきあってやるよ。」






「次、髪まとめるぜ。」
「はいよ。」

返事をしながら、凌統は漫画を読むふりをして目の前の鏡に映る自分を見る。
ふんわりと編み込まれた前髪には違和感しか感じないが、了承している分勝手にされるよりは心づもりができてまだいい。
甘寧もまた、ひとつひとつの動作をする前にちゃんと凌統に声をかけて、凌統のいいつけを守っていた。

甘寧は、器用に編んだ前髪と一緒にサイドの髪を取って、耳の後ろ辺りでコサージュを使ってまとめてゆく。後ろ髪は毛先のほうだけアイロンで巻かれていて、鏡の横に置いてあるヘアカタログ(甘寧が美容室から持ってきたというヘアカタログである)のお姉ちゃんと全く同じ髪型になったから、どことなく恥ずかしい。

「うん、お前こっちのハーフアップのほうが似合うな。」
「それ、どう返せばいいんだっつの。」
「バリエーションが広がったっつーことだろ。喜べ。」
「あっそ。誰がやるか。こんな手間のかかる髪型。」

この髪型の前に作った髪型は、頭のてっぺんで髪が爆発して、そこにパールだの羽だのを盛り付けられたのだが、確かに、それに比べれば・・・。
しかしまあ、器用にやるもんだ。
手だけ見れば、自分より指は太いし厚いし、細かい動きが苦手そうだというのに。
凌統は、再び漫画に目を落とした。

「つーか、髪まとめるのにもこんなにピンを使うもんなんだね。」
「そうなんだよなー。女どもはよくこんなのつけてられるぜ。」
「だね、頭痛くなっちまうっての。」
「よっしゃ、おい。次メイクさせろ。」
「・・・え〜。」
「えーじゃねえよ、ここまでやったんだからいいだろ。」
「それとこれとは別。だって目に見えるだろ?気持ち悪くなるのがさ。変になっても練習っていうのか?」
「大丈夫だって。変にならないようにすっからよ!」
「・・・ホントかよ。」
「ホントだ!」
「・・・・・・わかった。」

口を尖らせたまま了承したのは、去年の出来がひどかったせいだ。
変な色のアイシャドーを乗せられ、どぎつい色のチークを塗られ、真っ赤な唇にされ。甘寧曰く、一番苦手なのがメイクだというから納得したけれど、またあれをやられるかと思うと少し自分に自信がなくなる。
それに、化粧品の強い香りが何となく嫌いなのだ。
そんな凌統の不安などよそに、甘寧は凌統の前のほうに回りこみ、凌統の顔をじろじろと眺めながら大きな化粧ボックスの中に手をつっこんで漁る。

「ん〜と・・・お前、顔洗ってるよな!」
「おい・・・。当たり前だっての。」
「なら、早速化粧水から・・・」
「ああ、はい・・・・・・・・・おい・・・ちょっ、おい!!痛っ、痛ぇって、痛ぇっつの!!」

思わず凌統が立ち上がる程根をあげたのは、化粧水を叩き込む力が、もはや引っ叩くレベルになっていたからだ。
当の本人は、何がいけなかったかのかと驚いているから凌統はへなへなとへたり込む。

「あんた、相手が俺だからってわざとか?」
「あ?何が?」
「お前・・・。まあ、髪をいじるのは合格レベルなんだろうけど、ホント、化粧向いてねぇわ。」
「?まだ何も塗ってねぇだろうが。」
「化粧水塗る力!痛いって言ってんの!俺が痛いんだから女の子にやったら泣くぜ?」
「あぁ、そっか、悪い悪い。・・・だから陸遜からメイク止められんのか?」
「・・・。」

はあと大きくため息をついて、“まあ座れ”と甘寧に言われた凌統は仕方なく再びソファにどかりと座った。
呆れる凌統の顔に、甘寧はさらに下地作りを施してゆくが、今度は力加減も気にならない。
そうこうしている間に、チューブ入りの黄色い色をしたものや、粉をはたかれ、眉を整えられてゆく。
そこで、甘寧の手がぴたりと止まった。

「う〜ん・・・。」

甘寧はじっと凌統の顔を見たまま、眉間に深い皺を蓄えて腕組みをする。

「・・・何よ。」
「いや、お前って化粧映えする顔じゃねぇなって思ってよ。」
「ここまでやっといて今更かよ。」
「元が結構はっきりしてるから、そんなにいじらなくてもいいって奴だ。・・・とりあえず、目に色入れてみっか。」

と、甘寧はチップを取って、もう片方の手を凌統の顎に添えて、少し上を向かせた。
そんな甘寧と目があった凌統はたまったものではない。
図らずも真剣な顔がそこにあって、心臓が揺れる。

「おい、目閉じろ。」
「・・・あ、ああ。はいはい。」
「・・・。」
「・・・。」

そっと瞼をスライドしてゆくチップの感触はどこかくすぐったくて、凌統は細く息を吐いた。続いてアイライン、ハイライト。
眉間から鼻筋の中間あたりまでをブラシでなぞられれば、劣情を逆撫でされているようで・・・変な気分になってくる。
嫌いなはずの化粧品のにおいも、嗅げば嗅ぐほど何かが沸き立つようで。
マスカラを塗られたところで、色濃く伸びたまつ毛をふるりと震わせて、瞳を開いた。

「おい、グロス塗っていいか。」
「・・・ああ。」

甘寧越しに見た鏡の中の自分は、去年見た化け物よりずっとまともに映っていた。甘寧も、少しは練習したのだろうか。
しかしそんなことより、溶けている自分の表情のほうが恥ずかしくてたまらない。
それでも甘寧は顎を持って、とろとろの蜂蜜のようなオレンジ色を唇に塗り始めたものだから、凌統は肩を震わせた。

「できた。」
「・・・。」
「前よりは結構いいと思うんだけどよ。どうだ。」
「・・・・・・いいんじゃねえの?」
「・・・おい。」
「何。」
「キスしていいか?」
「・・・・・・いいんじゃねえの?」

その途端に、噛みつくような荒々しいキス。
舌も唇の回りも鼻先すらもグロスでべたべたになって、でもそんな粘りも色欲をかき立てる材料でしかなくて、ただただ、互いの唇を貪りあった。

(そういえば、サカったら家を出ていけって言っちまったな。)
(でも同時にサカったら俺も?・・・どこ行こう。)
(・・・ま、いっか・・・。)

明日から仕事だってのにまたこんなことを。
しかし、甘寧の真剣な表情を見れたのは収穫だったかもしれない。
凌統は側頭部に慣れない毛束を感じながら、甘寧を挑発するようにべたべたの下唇を一舐めした。









結構前から書きたかったネタです。
うちの凌統は女っぽいものが似あわない設定です。
この後の後日談も書く機会があれば書きたいな。