夜―The night―@(R-18)






※R−18






穏やかな建業の日常である。
凌統は、武器屋に頼んでおいた武器の新調が出来たと聞き、早速足を運んだ。新しい戟は以前より軽く、少し店先で型を確かめつつ振り回せば、どこからともなく称讃の溜息が溢れた。
満足気に武器屋に貨幣を支払うその後ろ姿を、向かいの飯店で休息を取っていた二人の兵が見ていた。

「いいなあ、凌将軍。背が高くってあの顔だろ。おまけに武芸はピカ一で強いし。あの体術をいっぺん食らってみてぇな。いっそ、凌将軍のところに士官しようかな。」
「おい、お前呂蒙将軍の下にいて贅沢言うんじゃねえよ。あの方だって素晴らしいだろ。一人一人を気にかけてくれて・・・俺もおっさんって言ってみてぇ。」
「いやあ、でも凌将軍の軍の士気っていっつも高いじゃねぇか。お前、俺と配属先取り替えねぇ?」

言われたほうの兵は黙って、己の杯の中身を見た。酒に映った顔は、自分の上官が褒められた兵とは思えないほど厳しい表情をしている。
そして、顔をあげて口を割った。

「おい、お前。凌将軍の噂、知らねぇのかよ。」
「は?何が?」

凌統を羨望のまなざしで見つめている兵に、もう一人が耳打ちをした。

“あの人、戦で一番手柄を出した自分の兵に、『ご褒美』あげてるんだぜ。俺はそういう趣味ないからしないけど、武勲を立てようと頑張ってる奴は、将軍の『ご褒美』が癖になってる野郎達だ。”

耳打ちされた兵は、仰天して目を丸くする。そして、恐る恐る尋ねた。

「・・・ご褒美って、何だよ。」
“・・・・・・・・・身体だ。”

武器屋に軽く挨拶をして、新しい武器を肩に担ぎ道を闊歩する凌統は、穏やかな建業の空の下、爽やかな笑顔を湛えていた。






凌統は耐えられなかったのだ。
父が討ち取られ、その仇が国にやってきて同僚となって。現実を受け入れろという無情な言葉以外にかけられる言葉は功、国、戦、戦。
喪に服する期間は短く、回顧する事もろくにできず、うっぷん晴らしは人の命を摘み取ること。それもまた悲しくて、辛くて。
功を立てて名声が上がっても、己の悲しみは拭えない。
だから、凌統は誰かが喜ぶ姿が見たくて、ちょっとした悪戯で言ったに過ぎなかった。

“戦で一番手柄を立てた奴に、俺からご褒美をあげるよ。”

そう言えば、兵達が鼓舞されることは分かっていたが、その時凌統は、自分自身がどんなに兵の憧れの存在であったか全く分かっていなかった。
だから、凌統は単に口約束みたいなものだと思っていたのに、どうしてか味方軍の士気は異常なまでに上がり、凌統軍はその戦で大きな戦果をはじき出した。
そうなると、上官である自分を信じて頑張った兵達に褒美をあげなくてはいけない。とはいえ、褒美といっても考える限り色々なものがある。
殿から貰った家財一式、めずらしい金銀細工に、絹織物や食料。
兵達は一体何が喜ぶだろうか。何を望む?
どうせなら、ひと時の夢みたいな、手に残らないけれど記憶にも身体にも残る強烈なのがいい。
物よりも温かくて、手に入れたくても手に入れられないずうっと残酷なもの。
例えば、俺自身、とか・・・。
丁度いい。みんな、俺に憧れてるのなら。俺だって体温が欲しいし、生きている証みたいなものを感じたい・・・。





凌統は夜になり人払いをかけて、件の兵を幕舎に呼んだ。
りいりいと、外で虫が羽を震わせているのが聞こえる。それでも、自分を全てさらけ出すのはまだ抵抗があるから灯す炎はごくごく小さなものにして、服装は寝台につく時のような、簡素な衣を着た。髪も解いている。
何も知らない兵は、いつものように凌統の幕舎にやってきて、入口の前で元気に名を名乗った。

「入りなよ。」

心は嵐の前の江のように妙に穏やかで、口調もそれに倣って静かだった。
喉が渇いた。卓の上の水差しから直接水を口に含み、ぐいと唇を拭う。
丁度兵が幕舎の入口を開けたのでそちらをみると、兵は凌統の妖しい姿に中てられて、その場で目を丸くして少しばかり身体を引いた所だった。

「何だい、ほら。寝台に横になってな。あんたはそれだけでいいんだ。」

凌統は悪戯っぽく笑いかけた。
これから何か起こるのかと、兵は緊張に満ち満ちた顔で、けれど素直に凌統が指差した寝台に横になる。そして、直立のまま、ただただ黙って凌統を見あげていた。
泣きそうな顔をしているというのに、既にその下半身はしっかりと反応しているではないか。
嬉しい。けど、おぞましい。
根首を掻くわけじゃないのにな。
凌統は小さく笑って寝台の縁に座ると、兵の腹筋を衣越しに指でなぞった。

「あんたは楽にしていていいよ。これは十分働いてくれた、俺からの労いなんだから。」

しかし、それで兵が楽になれるわけがない。
がちがちに固まった兵を見下ろして、凌統は自分の髪を掻きあげながら這うように寝台にあがって、兵の下履きに手をかけた。
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
現れたのは、情けなくも立派に育ったそれだ。
そっと手で握る。
熱い。
欲していた体温は、今々になって拒絶してしまいそうだ。

(ああ、父上―。)

凌統は僅かに眉間に皺を寄せて・・・祈るように口に含んだ。

「りょ、凌将軍!」

堪らず兵が声を上げた。
けれど凌統は止まらない。舌を絡め、唇をすぼめ、歯を立てないようにして扱きあげる。男の視線を感じて少しばかり見上げてやると、視線がかちあった途端に口の中に苦い雄の味が広がった。
兵の腰が震えだし、凌統の頭に手をかけた。その瞬間に、どうしてか頭に血が上り、凌統は兵の手を冷たく振り払った。

「おっと、あんたは俺に手を出すなよ。」

これはあくまで、上官としての褒美なのだ。熱い行為の最中に響く冷たい言葉。なのに、兵はそれで達してしまった。
さらに、兵の下半身は萎えずに、荒い息をしたまま凌統を見つめて離さないではないか。
凌統は笑いたくなった。
あんたの慕う凌将軍は、こんな風に低俗で汚れてるんだ。俺が欲しいのは、あんたの体温で、あんたじゃない。それでもいいのかい?
いいのならあんたは、俺の言う事を利くだけでいい。気持ちよくしてやるからさ・・・。
凌統は、それがどういう感情なのかわからないまま、兵が口に出したそれを、乱暴に床に吐きだし、もう一度男の相手をしだした。

夜はまだ、始まったばかり―。



Aへつづく










こんなんですが、甘凌になります。
のろのろ運転で更新していきます。