夜―The night―A(R-18)






※R−18






それから、その兵を筆頭に、凌統の軍の兵たちは凌統からの褒美を狙って武功を競いはじめた。
そこにあるのは期待と、中毒性。
凌統は、どこか蔑んだ目でそれを見ていた。
兵達は悪くないとは分かっている。悪いのは彼らの羨望を逆手に取り弄ぶ自分自身と、それから、餌をチラつかせれば簡単に自分を欲する彼らの浅ましい心。
体温は手に入れたが、悲しみはちっとも拭えていない。
絹に一点の墨がぽとりと落ちたが如く。
凌統の内に生まれた虚無は、大きく広がるばかりであった。

しかし、虚無に反して凌統は忙しい。
昼間は練兵、他の将との軍議。戦の時は勿論自分も前線に出、指揮を録りつつ武を振るう。
夜は兵達への褒美として褥を共にする。
ただ、兵達の相手をするときは兵達には手出しはさせなかった。また、いつも自分は衣服は着たままで、口と手のみで相手をしている。それだけが、兵達と自分との間にある、優劣のようなもので、絶対に踏み越えてはならない一線であった。
実際に一度、行為の最中に凌統を押し倒そうとしてきた兵がいたが、凌統は怒り、その兵の歯を折り、顔面がぐちゃぐちゃになっても尚、他の兵が止めに入るまで何度も殴りつけている。

しかしそれがなければ、既に凌統はどこでも兵の相手をしていた。

「ん・・・。」

ほら、今も都の路地裏で。
この間の前哨戦で、斥候として敵前線へ潜伏し、活路を切り開いた物へ手淫のご褒美の真っ最中だ。

「あれ?もう出ちまうのかい?もうちょっと頑張りなよ。」
「しかし・・・っ凌、将軍、俺っあぁっ・・・」
「仕方ないねぇ。」

兵の太ももが震えだした。
凌統は身をかがめて、脈打つ兵のそれを一気に喉の奥まで銜え込んだのだが、その瞬間に男が出したものだから、凌統はむせて激しく咳き込んだ。
咳をするたびに、口からぼたぼたと零れる白い液体が気持ち悪い。
出した本人である兵は、大変な事をしたと慌てふためき、その場に土下座する。

「凌将軍!申し訳ありません!!」
「いや・・・いいよ、大丈夫。それよりさ、今日はここでいいかい?また頑張ってくれよな。」
「ええ。俺はもう、ですが・・・。」
「俺は大丈夫。あんたも気をつけて幕舎に帰りなよ。」

すると、兵は自分の衣を正し、何度も凌統のほうを振り返りながらその場から遠ざかった。

「で?そこにいる物好きは誰だい。」

路地裏に積まれた荷駄の影を、凌統は鋭く睨んだ。
兵の相手をしだして暫くしてやってきたその気配に凌統は気付いていたのだが、こんな事をこんな場所でしているのだ。いつか誰かに見られるかもしれないと、少し予想はしていたので、余り驚かない。
兵への褒美を呉れている最中、その気配は、その場に留まり、乱入する気配もないから、斥候かと思ったのだが。
影が動いた。
鈴の音。

現れたのは、甘寧だった。

「・・・甘、寧・・・。」

凌統の傍までやってきた甘寧は、未だ地に膝をついたままの凌統を見下ろした。
酷く酒臭い。いつもの赤い鎧は見につけておらず、簡素な衣を纏っているから、自分の子分たちと宴でもしていたのだろうか。
しかし、一番見られたくない相手に見られてしまった凌統は、心を打ち砕かれたような衝撃に襲われ、ただ甘寧を見ているしかできなかった。

「妙な気配があると思ったら・・・お前にそんな趣味があったとはな。」
「・・・。」
「しかも自分とこの兵相手、か。反吐が出るぜ。」

反吐が出る、
反吐が出る、
反吐が出る。
蔑む言葉はどうしてか凌統の心の奥に響いて、波紋を作った。

「煩いよ。あんたに俺の何が分かるんだよ、とっとと失せな。」
「嫌だ。」

凌統は、甘寧の瞳が妖しく揺れたのを見た。

「俺も、相手してくれよ。」

まずい。
次の瞬間、凌統は懐の匕首を甘寧の喉に向けて振り上げた。
しかし、甘寧は難なくそれを避け、逆に凌統の腕を取ってその場に押し倒した。
下から迫る脚を避け、少し黙れと思い切り凌統の束髪を引っ張り上げたら凌統は大きく仰け反りながら顔を歪ませた。
そして、少しも躊躇うことなく匕首で束髪を根元からばっさりと切り、さらに身体を捻って甘寧の胴に脚を叩きこもうとする。

「大人しく・・・しやがれっ!」

酷く抵抗する凌統の顔面に拳を叩きこむと、僅かに凌統が力を抜いた。隙。腕に手刀を入れて落ちた匕首を拾い上げ、凌統の体を地面に思い切り叩きつけて衣服を裂いた。

「い・・・やだ・・・!」

凌統は思わず声をあげた。
背中を押されて、頬に地面の砂利がざり、と強く当たる。
腕は甘寧の馬鹿力に縫い止められて身動きが取れない。いっそ舌を切って死のうとしたら、口の中に裂かれた服を突っ込まれた。
そして、目を見開いた。
奴が後ろから、無理矢理突っ込んできたのだ。

「ぅ、うう・・・」
「嫌だも何も、いっつもお前、自分とこの兵でお楽しみなんだろ?」
「っ・・・」
「!お前・・・もしかして・・・」
「・・・ぅ、・・・」
「後ろ、使ってなかったのかよ!」

だったら何だ。
頑なに守ってきた物が、こうもあっけなく崩れて。
もう何もかも終わりだ。
痛い、痛い、痛い。
涙が溢れる。
俺も、反吐が出そうだ。
貫かれる度に衰弱しきっていた良識も、一握りくらいは残っていた自尊心も、ぼろぼろと消えてゆく。いっそ、欠片も残らないくらいに踏みにじってくれたらいいのに。
自分だけはと思っていたのに、仇に全てかっさらわれて。
ああ、どうして生きていられようか。

その間も、甘寧は腰を振るのを止めない。
馬鹿みたいに。
自分の身体も熱くなる。
馬鹿みたいに。

「っ・・・ぅ、ンン、う、」

結局吐きだすものは、自分もあの兵たちと同じ、白いもの。
甘寧だって同じ。
馬鹿みたいだ。


冷たい夜は何の光もなくて、本当に朝なんてやってくるのだろうか。
凌統は、ずっと夜に取り残されたままの夢を見ていようとそっと目を閉じた。



Bへつづく










違うんです、違うんです・・・!
のろのろ運転で更新しきます。