夜―The night―I






雨が呼んでいる。
遠くで呼んでいる。
寒い・・・

(・・・?)

呼んでいるのは雨じゃなくて・・・

(・・・鈴・・・?)



・・・、統、凌統!」

微かに声がして、凌統は薄く瞼を開けた。
次の瞬間には口から大量の水を吐き、激しく咳き込む。
やっと落ち着いて見上げた空は曇天で、自分と空の間には眉をハの字にしている孫権の泣き顔が自分を見下ろしていた。
自分は死んだのだろうか。ならば、父上と会えるかもしれないと少し考えたところで、猛烈な寒気が襲う。

(生きてる・・・のか、俺・・・)

ということは、目の前の主君も生きている。
守れた・・・。
それなのに、自分を見下ろす孫権は子供のように幾重にも涙を流しながら何も言わない。蒼い瞳から涙が流れる様はとても綺麗で、つい凌統は笑って震える手を伸ばした。

「・・・殿・・・」

振り絞った声は面白い程掠れていたが、声が出る事自体が嬉しい。
伸ばした手を握られる。
どうしてそんなに泣いているんですか、とか、早く帰りましょうとか、もっと話しかけたいのに上手く唇が動かない。
話していないと落ち着かないくらい、嫌な予感がするんだ。

「凌統っ」
「・・・殿・・・ご無事・・・・・・よかっ・・・。」
「喋るな、凌統!」
「・・・あと・・・・・・俺・・・うち、連中は・・・」

首を巡らそうとする凌統の体を、何も見せまいと孫権は強く抱きしめた。
身体中に死んでもおかしくない傷を負い、様々なものを失い心もぼろぼろにして、それでも守られて。
全て、この己の一つの血肉と抱える国のためとはいえ、凌統が負った代償の大きさを思うと、孫権はとめどなく涙が出て止まらず、堪らずに自らの上衣を脱ぎ、それで凌統の身を包むようにして再び抱きしめる。

「っ凌統・・・お前の軍は・・・」
「・・・。」
「・・・お前だけが、帰ってきてくれた・・・。」

ああ、何と優しい君主なんだろう。
皆死んだとは言わない。帰って来たと。
凌統は、目を閉じて笑った。

「・・・・・・は・・・そ、か・・・また、俺・・・生・・・き・・・」
「私はお前が帰ってきてくれただけで十分だ、十分なのだ。凌統。」
「・・・あいつら・・・・・・俺・・・ついてきた・・・・・・ば、かり・・・」
「そんなことはない!・・・もう休め、凌統。」

見に余る嬉しい言葉だ。
それは寂しさより勝る。
皆居なくなってしまった。誰もいないからっぽの練兵所を見れば、また膝を折ってしまうだろうかと、朦朧とする意識の中で凌統は考えた。

(でも・・・もう少し・・・)

凌統はもう一度瞼を開くと、主君の肩越しに厳しい表情で立っていた甘寧の姿を捉え、つい瞼を閉じ、そのまま意識を失った。





Jへつづく






「あと、俺の・・・うちの連中は?」
「は、そっか、また、俺生きちまった。」
「あいつら、俺についてきたばっかりに。」