夜―The night―M






魏軍が着陣し、樊城を囲むように進軍を開始した時には既に、雨が降っていた。
暫くはやみそうにない。
江の水かさも増して、関羽によって水門が開かれて城内に濁流が流れ込んでしまった。味方の幾らかは水に流されてしまったが、それでも連合軍の優勢に変わりはない。

「さあ、攻めるとしますか!この戦、さっさと終わりにしないとね!」

凌統は馬に乗り、兵を鼓舞しつつさらに戦線を押し上げようと、城内に飛び込むと、すぐに敵将とその一団を見つけた。
敵はこちらに向かってくる。その前には味方がいたのだが、それは甘寧であった。
甘寧と目があうと、甘寧は少々目を見開いて驚いてみせた。

(この間の借りもあるし、助けてやるとしますかね。)

「あれ?鈴の甘寧様が追われてるのかい。仕方ないねぇ。尻ぬぐいが俺の役目か。」
「ンだよ、凌統!手こずってる俺を笑いに来たのか!」
「へっ、いいから戦えっての!こんな所で止まれないだろ!」

馬から飛び降り、凌統は棍を構えた。
甘寧は背後にいる。囲まれた。
背中あわせ。
敵が迫る。棍を薙ぎ払い、軌道から反れた敵は甘寧が鈴の音とともに地に沈めた。また、甘寧の刃が届かぬ敵は、凌統が棍で突く。
面白い程に息があう。

(なんだ、これ?)

凌統は、棍を振るいながら、込み上げてくる高揚に一人戸惑っていた。しかし戦っていて爽快なのは事実。
奮闘すればするほど、敵を倒せば倒す程それは大きくなってゆくのだ。
甘寧が飛んだ。凌統は棍を大きく回して足払いをかける。敵の多くが倒れた。そこに甘寧が双鉤を地面に突き立てた瞬間、目の前の風景の色がより濃くなった気がした。
わくわくする。

(・・・畜生、なんでこんなに面白いんだっつの・・・!)

甘寧の言う、喧嘩がしたかったとは、こういうことなのかもしれない。

あっという間に敵の将まで倒してしまった。
少し残念に思いながら、甘寧が脇をすり抜けて先へと進みはじめた。奴に遅れをとるわけにはいかない、凌統は、甘寧を追うようにつま先を踏みこんだ。





樊城攻略は成功、関羽とその息子も捕縛した。
多分、関羽は死を選ぶと思う。そうなれば、三国の力の均衡が崩れることになる・・・。

「にしても、遅いね。」

濡須口でのことがあって、凌統は早々に攻略した樊城に戻っていた。
しかし、肝心の呂蒙がいつまで経っても帰って来ず、呂蒙を慕う甘寧が嫌な予感がするといって飛びだし、後を追うように陸遜も駆けていった。
それから、また時が経っている。
まさか、3人ともくたばってはいないだろうね・・・と考え始めた時、3人が帰ってきた。
その姿に、凌統は言葉が出なかった。

「・・・。」

雨の中、呂蒙を甘寧が背負い、その後ろを陸遜が泣きながらついてくる。
甘寧の表情は暗く、眉間に刻まれた深い皺は解れることはない。甘寧に背負われた呂蒙は、動かなかった。

「・・・。」
「・・・。」

凌統の前で甘寧が止まった。甘寧は黙ったまま、俯いて立っているだけだ。

「・・・貸しな。」

凌統が、甘寧に向かって手を伸ばす。しかし甘寧は子供のように黙ったまま呂蒙を離さず、凌統から顔を背ける。
だが、ずうっと甘寧が手にしていても、仕方がない。

「あんた、呂蒙殿を手厚く扱う事ができるのかい?」

それを聞くと、甘寧は黙って、名残惜しそうに呂蒙を差し出した。
呂蒙の体はとても冷たかった。その感触は父の亡骸を背負って、帰陣した時のことを思い出して、凌統はつい顔をしかめた。
何とか感情を押さえ、一つ瞼を固く閉じて、心の中でお疲れ様です、と呟く。
呂蒙の亡骸を甘寧から受け取ると、凌統は慣れた手つきで城内の一室に入り、寝台に亡骸を横たえた。それから、呂蒙の副将に軍をまとめておくよう支持を出し、建業にも伝令を入れて、それから陸遜のほうへと足を進めた。
表情を変えず、微動だにしない甘寧より、泣きやんで凌統の行動を目で追いはじめたそちらのほうが、話がわかりそうだと思ったのだ。

「陸遜殿、呂蒙殿の軍は、一時的にあんたの軍に入れてくれ。」
「えっ・・・よろしい、のですか?」
「ああ。そのほうが呂蒙殿も嬉しいだろうし、あんたもそのほうがいいだろ?あいつは暫く駄目そうだ。」

といって、凌統は小さく甘寧を指差す。

「でも、あいつが立ち直ったら・・・呂蒙殿の軍を分けてやってもいいかい?」
「・・・ええ!」
「よし、じゃああんたは先に建業へ帰ってくれ。・・・呂蒙殿と一緒にな。」

陸遜は凌統の言葉を得、拱手してすぐに動き出した。

(さて、と。あとは・・・)

あいつだな。
凌統はこちらに背を向けたまま、雨に打たれている甘寧を見、城内へと消えた。





Nへつづく






続きます。