夜―The night―19









穏やかな建業の日常である。
凌統は、武器屋に頼んでおいた武器の新調が出来たと聞き、早速足を運んだ。新しい棍は以前より一節少ない両節棍だ。その分以前より軽い。少し店先で型を確かめつつ振り回せば、どこからともなく称讃の溜息が溢れた。
満足気に武器屋に貨幣を支払うその後ろ姿を、向かいの飯店で休息を取っていた二人の兵が見ていた。

「いいなあ、凌将軍。背が高くってあの顔だろ。おまけに武芸はピカ一で強いし。あの体術をいっぺん食らってみてぇな。いっそ、凌将軍のところに士官しようかな。」
「おい、お前陸遜将軍の下にいて贅沢言うんじゃねえよ。あの方だって素晴らしいだろ。一人一人を気にかけてくれて・・・でも火計の演習が多くて結構厳しそうだな。」
「まあな、でも凌将軍の軍の士気っていっつも高いじゃねぇか。お前、俺と配属先取り替えねぇ?」

言われたほうの兵は黙って、己の杯の中身を煽った。美味そうに喉を鳴らして大きく息をついたその顔は、とても嬉しそうに笑っている。
そして、口を割った。

「凌将軍を見ると、甘寧の兄貴を思いだしちまうなぁ。」
「だな。甘寧の兄貴が戦場で暴れ回ってた時を思い出すぜ。」

凌統を羨望のまなざしで見つめている兵に、もう一人が耳打ちをした。

“そういえばよ、今度うちの兵みんな、凌将軍の邸の宴会に招かれたんだぜ。いいだろ。”

耳打ちされた兵は、仰天して目を丸くする。

「・・・マジかよ。いいなあー!!」
“・・・・・・・・・お前もこっそり、ついてくるか?”


武器屋に軽く挨拶をして、新しい武器を手にして道を闊歩する凌統は、穏やかな建業の空の下、爽やかな笑顔を湛えていた。






邸に帰った凌統は、帰ったよ、と大きく告げた。
入口を通ると、あの女官が作業をする手を止めて、にこりと笑っておかえりなさいませと一礼する。

凌統はその足で自分の部屋に進んだ。


















「おう、お帰り!」

















中庭の池の縁に腰をかけて、書簡を読んでいた甘寧が、顔を上げた。
その周りには、近くに住まう民の子供たちが取り囲んでいる。

甘寧は、夷陵の戦で命は取り留めたものの、足をやられて動けなくなってしまった。
そんな甘寧を凌統は面倒を見ていて、甘寧は暇な時にこうして近くの子供たちに書簡を読み聞かせ、字も教えている。その腰には、戦場を共にした戦友ともいうべき鈴が2つ。
しかしそんな甘寧の姿は意外にも似合っていて、その場に出くわすとつい嬉しくなってしまう。

「お前、城に行ったんじゃなかったか?」
「ああ、ちょっと忘れ物だよ。それよりあんた、こいつ等を泣かすんじゃないよ!」
「あぁ?ガキ共が勝手に泣きやがるんだ、しょうがねぇだろうが!」
「勝手?あぁ。あんたの面が怖いって言ってた奴もいたねぇ。・・・ま、せいぜい頑張りな。」
「あ!そうだ。凌統、帰ってきたら勝負の続きといこうや。」
「あぁ。碁のね。いいぜ。碁盤はあのままになってるだろうね。」
「当たり前だ!今度は俺が勝つぜ。」
「へっ、またぶちのめしてやるよ!」

そう言って笑うと、凌統は部屋に入った。
窓から見える空は見事に雲ひとつない青空。
遠くに、鈴の音と甘寧の声が聞こえる。
凌統は卓の上に置いておいた、鈴3つを腰に巻き付けた。それは甘寧の戦友の肩割れで、奴に持つ事を許されたのだ。
そして、再び部屋を出る。

悲しい時は誰にでも訪れる。それは夜の帳のようだ。
しかし、穏やかな風景をそっと見守れるのなら、それだけで世界は素晴らしいのだ。

また青空の下に出ると、凌統は笑って前に足を進める。












ここまで読んでくださり、ありがとうございました。