無様を晒す(凌統)


無様だ。
凌統は憎悪と軽蔑の念を込めて、そのやりとりを遠くで見ていた。

夏口で黄祖を討った孫呉は、数人の将を捕縛していた。そのうちの数人は袁術や曹操と通じていたという理由もあって早々に処断している。
生きているのは猛将と言われる甘寧、そして蘇飛という将だけである。
仇敵である甘寧は、孫権に向かい声を上げて蘇飛の助命を嘆願し続け、涙まで流し始めた。が、凌統の目には何とも映ってはいなかった。
主君である孫権は自らの親の仇である黄祖を討った。ならば、自らの親の仇である甘寧もまた、首を落とされて当然だ。
それなのに、どこに仲間の助命を口にする奴がいる?煩いんだよ。でも確かに奴の言うとおり、甘寧の首と引き換えに蘇飛が孫呉に降るならば、それはそれで受け入れるが・・・。
凌統は腕組みをして、近くの柱に凭れて小さくため息をついた。
だが。
孫権は思わぬ言葉を口にした。

「わかった。貴様と蘇飛、孫呉に向かえよう」

その言葉に、凌統は自らの息が止まったような錯覚を覚えた。
どうして・・・
どうして、奴の首を、刎ねないんですか、殿。
殿は孫堅様の仇を取ったじゃないですか。
俺の仇は・・・俺の仇は・・・?

「自分で取れってことですね・・・」

誰にも気づかれないよう低く呟いた凌統は、近くの兵の刀を剥ぎ取り、全速力で甘寧めがけて走る。
誰かが呼び止める。聞こえない。
目の前に立ちはだかった誰かを刀の鞘で峰打ちさせ、そのまま鞘を放り投げて甘寧の首目掛けて被りを振った。
一瞬甘寧が振り向いて、その刃のような瞳と克ち合った刹那、甘寧が抜いた刀が凌統の刃を受け止めていた。
舞うのは甘寧が首の後ろに指している黒い羽のみ。違う、そんな羽が見たいんじゃない。俺が見たいのは、あんたの・・・血飛沫・・・!

「・・・!」

足払いをかけ、二撃目を振るうのに更に身体を捻った瞬間、甘寧がこちらを見て歯を見せて笑っているではないか!
馬鹿にしている、凌統は口から血が溢れださんばかりに歯軋りをした。

(人の憎悪も、愉しみにしちまうなんてっ・・・殺してやる!)

甘寧の刃が下から迫る。それを寸出の差で避けた凌統は、甘寧の頭を裂かんと下から上に刀を振り上げた。甘寧もこれを避けたが、身につけていた鈴が一つ床に転がり、辺りに冷気を響き渡らせるような澄みすぎた音色を奏でて転がった。
その瞬間、それまで守勢に徹していた甘寧の瞳がさらに殺意に満ち溢れた。

「・・・い〜い度胸してんじゃねぇか、てめぇ」
「るせぇ!殿がてめぇの首を取らないなら、俺が取る!」

再び甘寧の首目掛けて凌統は刀を横薙ぎに振るう。甘寧もまた、凌統の心の臓めがけて刃を突き立てようと腕を伸ばしかけた時だった。

「二人とも、これで仕舞いだ」

辺りに殺伐とした金属音が鳴り響いて、静かになった。
二人の間に呂蒙が割って入っていたのだ。甘寧の刃を片方の戟で受け止め、凌統の刃をもう片方の戟で受け止めて、じろりと凌統を睨んでいた。

「殿の御前であるぞ。このようなことはやめよ」

先に刀を放り投げたのは甘寧であったが、直後にさもつまらなさ気にしている姿が凌統の心をさらに逆撫でする。
が、呂蒙の囁きが耳に届いた。

(凌統、ここは引くのだ。気持ちは察する。殿も決してお前の気持ちを軽んじてはいないはずだ!)

そこでようやく凌統は舌打ちとともに刀を放り投げて、逃げるようにその場を後にした。
宮を出、町を出、橋を渡り、目の前に雄大な江が立ちはだかった時にようやくその足を止めた。
そして、膝を抱えた。
震える自らの体。嗚咽を漏らすまいと顔を隠し、ぼろぼろと零れる涙を止めようとしても全く止まってくれない。
どうして・・・
どうして・・・
どうして、仇が取れないんだ!

「無様はどっちだっつの・・・!」










甘寧の蘇飛さん助命話+剣舞を足してみました。
ていうか短い。これが今の精一杯です・・・続くかもしれません。5にしたのはデレデレになる前の凌統が少ないから。