隠し味(現代甘凌)


甘寧も凌統も、さほど食に困ったことはない。
学生時代は確かに1週間をリンゴ1個で過ごしたことや、友人宅に転がり込んでおにぎり一つを頂戴したきり3日間食事がなかったことや、父に泣きついて缶づめを送ってもらった事はあるが、社会人になった今はそれなりに食っていけている。
とはいえ、どちらも食事を作る事に力を入れるほうではないので、大体調理しないでも食べることができる果物や牛乳、近所のスーパーの総菜やコンビニ弁当で腹を満たし、野菜が不足しているなあと感じた時は、野菜を丸ごと買ってきて、そのまま齧りついたりする程度だ。
だが、時々漢の料理スイッチが入る時がある。
そのスイッチが入る頻度は凌統のほうが割合高いが、半年に1度入るか入らないかの甘寧の料理スイッチが入ると、凌統が何を言っても聞かず黙々とキッチンに立っていて、夕食の時間帯といえる時間を遥かに通り越した時間にやっと完成し、また味もそれなりに美味いから厄介だった。


「ただいまー」

帰宅した凌統は、玄閑のドアを開けてすぐに奥から聞こえてきた、五寸釘を打つような不穏な音に眉を上げた。
音はキッチンからのようだ。
凌統の手には缶ビールと惣菜の、いつもの夕食セットが入ったビニール袋をぶらさげているが、もしやいらなかったか?と少し考えながらリビングに行くと、キッチンに立っている甘寧の姿がカウンター越しにあって、小さく鼻から息をついた。
甘寧は眉間に皺を寄せ、真剣な顔で包丁を握りながら野菜と対峙していて、音は甘寧が力任せに野菜を切る音だったのである。
凌統はジャケットを脱ぎながら声をかける。

「何作ってんの?」
「カレー」

ああ、男の料理の定番ね、とぼんやり心の中で呟きつつ、キッチンを覗いてみた。
米は既に炊いてあるようだ。炊飯器の液晶に映っているその内容は8合。
コンロの上には凌統が両腕で抱えて丁度ぐらいのどでかい鍋。その中にこれから投入されるであろう、人参やじゃがいも玉ねぎは、甘寧らしくボウルから溢れんばかりの1つ1つがでかいぶつ切りだ。
冷蔵庫の中を見ると、豚肉ブロックが2パック入っていたが、肝心の生野菜がなかった。

「・・・」

食べざかりという歳は過ぎたが、身長も筋肉も標準以上にある二人は、一回の飯で大量に食べる。それで夕食が、大体の人が好きなカレーともなれば、いくら8合分の米といえどぺろりと平らげてしまうこと必須だ。

「なあ、サラダはないの?」
「あぁ?そんなの考えてる余裕ねぇ」
「あっそ。じゃ、ちょっとスーパー行って買ってくる」
「おう」

カレー、カレー・・・。
大量の具材を目の当たりにした凌統もまた、心の料理のスイッチが入ってしまったのである。



「ただいまー」

凌統がスーパーで大量の野菜を吟味して帰ってきた頃には、丁度家の中にいい匂いが漂っていた。
そのままキッチンに行けば、丁度甘寧が具材をあのでかい鍋で炒めている所で、文字通り汗水垂らして菜箸を折らんばかりに力任せに回していた。
それを横目で見ながら、凌統は買ってきたばかりのレタスを丸ごと水で洗い、空いたボウルに葉を一枚ずつ千切っては投げ千切っては投げを繰り返す。
レタスの山が出来た所で適当に大量のミニトマトを水の中に転がすようにして洗い、レタスの山にこれでもかとぶちまけ、最後に玉ねぎを覚束ない手つきでスライスしていた所で、隣からにゅっと甘寧の腕が伸びて来て、これまた空いているボウルに水を入れる。
ああ、煮るのね、と思いながら凌統もまた、水が雫が滴り落ちるレタスとミニトマトの山にスライスした玉ねぎを盛大に盛り、ボウルごと冷蔵庫に突っ込んだ。

甘寧と凌統共にひと段落ついた所で、しかしまぁと凌統が切りだした。

「いきなりどうしたよ。こっちは飯があっていいけどさ」
「ああ、今日帰ってくる時によ、丁度どっかの家でカレー作ってる匂いがしてな。最近食ってねーなーと思ってカレーならどうにか出来るし一気に材料買って来たんだ」
「へぇ。今日はちゃんと飯の時間に食えるんだろうね?」
「多分な」
「・・・多分ってさぁ。こっちは腹空かしてんだから・・・っていいや・・・。ビールと惣菜あるし・・・あ、米もあるか」
「おうおう、何だよ凌統。甘興覇様の飯が食えねえってかぁ?」
「食えねえわけじゃないよ。食う時間を考えろっていってんの」

堰を切ったように出てくる日常会話は、黙々と仕事をした二人にとって妙な達成感を植え付けた。




「さぁてっと、そろそろルーを入れっかぁ!」

ビールとつまみをちびちび飲み食いしながらテレビをぼんやりと見ていた時、時計を見た甘寧は伸びをしてソファから飛び起きた。
凌統はそうだねーと呟きながらビールに口をつけたが、甘寧の次の一言で凍りついた。

「よっしゃ、次はコーヒーだな!」

え?
カレーにコーヒー?

「ちょっと待てちょっと待て!そいつは邪道だろ!!」

ビール片手にキッチンへ行くも時既に遅し。甘寧は、大匙一杯程度のインスタントコーヒーをぼちゃぼちゃと美味しそうなカレーに投入した後であった。
こんなことがあるかと片手で両目を覆いながら、凌統はよろよろと冷蔵庫に凭れかかる。

「邪道っておい、隠し味にインスタントコーヒーは定番だろ!」
「馬鹿言うなっつの・・・隠し味つったらチョコレートだろ」

といいつつ、凌統は近くにあったビターの板チョコを箱から出して、3欠片ほどぼちゃりと投入した。それを見た甘寧は堪ったものではない。

「あぁ!てめぇ、俺の料理に何してくれてんだ!」
「こっちのほうがコクが出るんだって!あんた、何も分かっちゃいねえな!」
「畜生・・・しょうがねぇ、こいつで仕切り直しだぜ」
「はぁ!?牛乳!?そこは生クリームでしょうが!」

そうしてリンゴのすりおろし、にんにく、はちみつ、醤油、ソース、ヨーグルト、ケチャップその他とそれぞれの譲れない隠し味が続々と投下され、隠し味が出つくされた頃には二人とも息を切らしげっそりとキッチンに倒れ込むような状態になっていた。
そんな二人に蹂躙されたカレーは、色も匂いも最初のそれを保ちつつ、ぐつぐつといい音を立てながら空腹の二人に早く食えといわんばかりに鍋の中に鎮座している。

「・・・もう何入れたかわかんねぇ」
「・・・・・・食うか」
「そうだね・・・」

よろよろと起き上がった二人は用意していた皿に米を大盛りにし、ルーをどっさりと乗せる。甘寧はスプーンを持ち、凌統は冷蔵庫からボウルごとサラダを持ち、リビングにやってきた。
そして二人同時にいただきます。

「・・・美味い」
「美味いな」

既に互いに何を入れたか分からないカレーは、しっかりカレーの味を保ったまま上手い具合に深いコクとまろやかさが出ていて、思わず互いに顔を見合わせてしまった。
次の瞬間、どちらが多く食べるか勝負のゴングが二人の間で鳴り響いた。我先にとおかわりを繰り返し、サラダもドレッシング無しでがっつき、見事米8合とどでかい鍋に作ったカレーと、さっぱりとしたサラダも全て、ぺろりと二人で平らげてしまったのである。

「あー・・・食った食った」
「もうこれ、何も腹に入んねぇよ・・・太るか、明日の朝腹壊すかどっちかか?」
「んじゃあ、運動すっか?」
「・・・・・・・・・・・・何のとは聞かないけど」
「お、じゃあ早速「今動いたら吐くから後にしてくんない?」










久しぶりに現代を書いたような気がします。
元は、お盆に帰ってきた弟2人が物凄い量のご飯を食べていて(それこそどんぶり飯4,5杯、味噌汁もそれくらい。二人とも身長170程、体重50キロと少し)、これが甘凌だったら半端ねぇなと思ったんですね。
今回は作っている二人でしたが、食べている所を書きたいなぁ。