夢でも貴方を想う@(甘寧)


※設定がこの話限定の現パロです。




先ほどから忙しなく廊下を右往左往している甘寧は、ふいに立ち止まって窓の外を見た。
フロア2階から眺める視線の先には、会社の向かいにひっそりと佇む小さな花屋があった。
花屋の店先に並んでいる花たちに水をくれているのは、花のように可愛いらしい女の子でもなく、幾つもの芽吹きと枯死を目にしてきた老人ではない。
やたらと背が高くて、髪の長いすかした男。まるで似合っちゃいない。
男は今日も小さく笑いながら花たちに水をくれている。

「…。」

甘寧は踵を返して、再び早足で仕事に戻った。






甘寧は、ただの会社員だ。
所謂劇場ホールのイベント企画担当で、黒髪を後頭部に向かってなでつけた髪型に、黒いスーツに身を包んだ姿はどこからどう見てもヤのつく人であるが、それでも重宝されているのは、その敏腕が買われているからこそ。

そんな甘寧が入社した時から既に、向かいの花屋は存在していた。しかしその店は、花屋であるのに華がないせいで、派手好きな甘寧の気が惹かれるわけがなかった。
甘寧がイメージしていた花屋とは。
例えば店員さん。ふんわりした髪型の女の子が、色とりどりの花の中をゆったりと歩きながら花の手入れをしていたりして。
例えば店の雰囲気。白くて明るい壁と大きなウィンドウの中には、女が好きそうなインテリアとともに、花が所狭しに置いてあるとか。
だが、向かいの花屋ときたら。店自体が古いようで、やや薄暗い雰囲気なうえ、店先に並んでいる花も、何故か花というより花のついた枝ばかり。おまけに店員は男ときた。あれで一体どうして繁盛しているのかと思ったくらいだ。

だが、ある時甘寧の考えがぐるりと変わった。
入社後半年ほどで、劇場の演劇企画を初めて一人で任せられた時であった。
芝居当日に発注の手違いが発生してしまい、出演者に送る祝い花が届かなくなってしまったのだ。
業者に電話で連絡しても、搬入時間は開演に間に合わない。だから仕方なく、甘寧は慌てて目の前の花屋に駆け込んだ。

「はいはいっと…。いらっしゃいませ。何のご用ですか?」

引き戸を開けると、花屋独特の濡れた草の匂いとともに奥のほうから姿を現したのは、やっぱりあの男で、つい甘寧は訝しげに眉を寄せた。
右目の目元に泣き黒子を浮かべて、髪を一つにまとめながらこちらにやってきた男は薄く笑っている。
だが、来てしまったのだし、今は話せる者に話さねば。初めて手掛ける催物だ、何としても成功させたい。

「おい、目の前の孫呉劇場ホールの甘興覇ってもんだけどよ。急いで祝い花を作って持ってきてほしんだ、頼む!」
「・・・へぇ、やっと来たってかい。ま、いいや。で?誰宛ての祝い花?出演者さん?」
「そうだ、3つ。できるか?」
「できるかできないかなんて野暮なことは聞きなさんな。で、出演者さんの性別と年齢と、ご到着時間を教えてくださいよ。」
「男1人に女2人。野郎は30代で女は60代だ。3人とも13時頃に入る。」
「はいはい。2時間後か・・・。で。お客さんはどんな人たちですかね?」
「品のいいババア中心だぜ。」
「ババアって、あんた口悪いな。会場のどこに飾る?」
「エントランスだ。」
「はいよ、承りましたってね。んじゃあ、確かに2時間後に搬入するよ。ああ、それと。花にネームプレート書くからさ。ここに出演者さんの名前を書いてくれよ。」

顔と同様にスカした物言いに、甘寧は二度とこの花屋を使うまいと心に決めたけれど今は仕方がない。
甘寧は男が差し出してきたメモに、名前を書きなぐって、とにかく頼んだと一言だけ言い放ち、再び会社であるホールに戻ったのである。
しかし。
一瞬あの男が言った“やっと来た”とは一体なんだろうか。
少しだけ心に引っかかったが、取りあえずは今日を乗りきらなくては。
甘寧は、すぐに頭のなかにタイムスケジュールを貼りめぐらして走った。



「おい甘寧、あの花を発注したのもお前なのか?」

2階席の入口あたりで、雇ったバイトにチラシの折り込みを指導していた甘寧は、先輩の呂蒙に声をかけられて、どきりとした。
呂蒙の口調がとても真剣なものだから、甘寧は、あの花屋は目も当てられない花を作って持ってきたのだと思った。一体どんな物を作ってくれたのか、恐る恐る首を伸ばして、手すりから下の1階エントランスを見下ろした。
しかしそこにあったものは。
甘寧はその花を見て、瞠目し、素直に驚きの声をあげた。

「・・・あぁ!?」

広いエントランスの丁度、客席から出てきてすぐ目に着く所に祝い花はあったのだが、一つだけであるのにひと際異彩を放っていた。
いや、特殊なわけではない。まるで古時計のように酷く落ち着いていて、それなのに存在感があるのだ。
思わず甘寧は1階に降り、まじまじと眺めた。
全体的に緑っぽい印象のそれは、古い木製のスタンドに太い蔓と蔦が大きく巻かれていて、大きな隙間から松の枝や大きな葉が覗いている。そして、黄色と白の胡蝶蘭の花をたわわに実らせた茎が、細い滝のように上から下に向かって流れるようなデザイン。
それから、甘寧が1階に降りてくるまでに、あの男が運んで来たのか、隣には紫の花弁の細かい大きな花と赤バラを基調とした、これまた絶妙な祝い花があった。
いづれの花にも、そっと出演者二人の名前が書かれたネームプレートが添えられているので、確かにあの男が作ったもののようだ。

「花、搬入しにきましたよ。」

後ろから声をかけられて振り向いてみれば、あの男が祝い花をかかえて立っていた。そして、さもどけろと言わんばかりに顎をしゃくってみせる。
その態度は少し鼻についたが、しかし素直に甘寧はよけつつ手に持っていた花に息を飲んだ。
胡蝶蘭のスタンドに比べれば、とても落ち着いた印象のそのスタンドは、店先にあった茶色い枝と緑の茎の束のようなものと、見たことのない細くて黄色い花と、白い花で作られていた。
その白い花の空間の取り方の絶妙なこと。
男が横切った時、白い花が一片足元に落ちたので、拾い上げてみて甘寧は目を見開いた。
白い花は、翼を広げた白い鳥のような形をしていたのだ。
折り紙で作った鶴じゃない、指先に触れるそれは確かに花弁で、本当の鳥のように柔らかい。
ふと顔をあげて見れば、男が通ってきた道沿いに、白い花がぽつりぽつりと落ちているではないか。
男の足跡のように、ぽとり、ぽとりと。
花の位置を直していた男が甘寧に話しかけた。

「花の位置、ここでよかったですかい?受付のお姉さんに聞いたらいっつもここだっていうからここにしたんだけど。」
「おい。」
「はい?…ああ、ここじゃないの?場所を言ってくれれば移動しますけど?」
「あの2時間でよくできたな。」

甘寧は、手に花弁を握りしめながら男をじっと見つめた。
甘寧の言葉の意図を掴めず、男は小さく首を傾げて溜息をつく。

「別に。仕事ですからね。急いだからありあわせで作ったけど、客層が花に目が慣れてる方々ばっかりみたいだし、それなりにしっかりさせときました。」
「おい、「甘寧、出演者の劇団の皆さんが来るぞ。」

甘寧は男に礼を言いたかったのだけれど、後ろから呂蒙に声をかけられ、そちらに向かわなければならず、仕方なく助かったと声をあげてその場を後にした。



初めて手掛けた催物は、公演自体にも話題性があって、数枚出た当日券もすぐに出払い、立見席もすぐに埋まってしまった。
公演後の一瞬の時間に、回収したアンケートを少しだけめくってみたら、いい意見が多いようで、上司の呂蒙から激励された。
出演者の見送りも済ませ、楽屋の見回りをして事務所に戻ってきたら、時計は日を跨いでいた。
 くたくたな身体で自分の机までやってくると、まだ手をつけていない弁当が置いてあり、ろくに食事も摂っていないことに気がついて、腹が盛大になった。
 しかし空腹すぎて感覚が麻痺したのか、すぐに手をつけようとはせず、ペットボトルのお茶に手をつけた。
疲れた…。しかしこれで少しは認められたかと思うとやり甲斐がある。ネクタイをくつろげて窓際にやってくると、見事に辺りは真っ暗であった。
しかし、ぽつんと明かりの点いているところが。
目の前の花屋だ。
 そういえばまだちゃんと礼を言っていなかった。
ふとポケットに手を突っ込んでみると、男が花を持ってきた時に落ちたあの、白い鳥のような花が入っていた。
 
 (少し挨拶してくっか。)



会社を出ると、熱くなった身体に涼しい夜風があたり、心地よくてつい目を細めた。
目の前の道路を横切って数歩。
花屋の引き戸に手をかけると、カラカラと難なくそれは開いた。

「おい!まだやってっか!」
「はいはい〜。あれ。あんたか。今日はお疲れ様でした。」

男は再び店の奥から姿を現した。その様子は日中と微塵も変わらずやっぱり薄笑いを浮かべている。
けれど、甘寧はもうそれを普通に感じていた。

「花屋って、こんなに遅くまでやってんのか?」
「ああ、今日はあんたのところの公演があっただろ?お客さんが出演者さんに買っていったりするわけよ。それに明日の花の発注の連絡もしなくちゃいけないしねえ。」
「へえ。今日は助かったぜ。それから…悪かった。」
「は?」

男はやや垂れた目を見開いて、頭を下げた甘寧に驚いた。当たり前だ、謝られるようなことをされた覚えはない。第一今日初めて話したのだから。
けれど甘寧は謝りたかった。男の腕とこの店を、見た目で判断してしまっていたのだ。
あの花で自分の無知を知った。
ありとあらゆるものに可能性はあるのに、普段如何に何も見ていないか…。
そんな風に甘寧が考えているとはつゆ知らず、男は慌てて声をかけた。

「おいおい、別に頭下げられるようなことしてないでしょうよ。頭あげてくださいよ。」
「いや、俺は入社してずっとこの店の前を通ってたのに、どうにも見た目で判断してた。畜生。お前もだ。あんな腕を持ってるなんて思ってなかった。すまねえ。」
「・・・別に。いいですよ。さっきも言ったでしょう?芝居を見に来たお客さんが、ここで花を買ってくって。間接的に恩恵受けてるんだから、お互い様です。・・・・・・だから、・・・これからもよろしくってことで。」

男は語尾のトーンをやや低くしながら、黒いエプロンに手を突っ込んだ。本当なら、ここで握手でもするところなのだろうが、少し天邪鬼らしい。
ふうと甘寧は小さく鼻から息をついて、髪を撫で上げた。
それからこの男には、もうひとつ用がある。
それはとても単純な問い。
甘寧はポケットに手を突っ込み、本当の鳥を扱うようにそれを大事に指に乗せて、男の前に差し出した。

「今日、この花使ってただろ。」

男がそれを覗きこむようにして見、これがどうしたのかとその花と甘寧の顔とを何度か見比べた。

「ああ、鷺草(サギソウ)っすね。丁度入荷したから、使ってみたけど・・・やっぱ一日もたなかったか。何?あんたこの花お気に入り?」
「全然花なんてわからねえけどよ・・・」

すると男は甲高い声で大きく笑い、店の奥に引っ込んだ。
しばらくして、甘寧が持っていた白い花をつけた鉢植えを持ってやってきたのだ。

「あんたみたいなのでも、花に興味を持つとはねぇ。いや、でもお目が高いよ。こいつは鷺草っていってさ。その名の通り、鷺っていう鳥が羽ばたいてるような形をしてるんだ。綺麗だろ?日本古来の品種なのに最近はこういう鉢植えでしか見れなくなっちまった・・・。しかも、湿地に生えるから長持ちしない。」
「鳥の鷺も湿地にいるもんな。」

甘寧が相槌のような言葉を打つと、男は意外だといいたげに目を丸くして言葉を飲んだ。

「あはは、そうだね。この花、俺も好きなんだけどねえ。ほら、はい!」

と、笑顔で男が鉢植えを差し出してきたので、つい手を出すとぽんとその鉢植えが乗ってきた。

「それあげるよ。あんたならきっとちゃんと育ててくれそうだ。」

その言葉を聞いて甘寧は酷く慌てた。なんせ花を愛でる趣味なぞなければ、育てたことなどは全くない。
…いや、訂正しよう。小学生の頃に夏休みに朝顔を育てたけれど、見事に枯らせてしまった苦い思い出がある。

「あぁ!?てめぇ何のつもりだ!俺こんなの育てたことねぇぜ!?」
「あはは、何なら育て方を教えてやるぜ?」

と、泣き黒子が笑ったから、成程、それは少し悪くないかもしれないと思ってしまった。甘寧はつい、鉢植えを自分のほうへ引き寄せ、口を尖らせた。

「…請求とか、その辺も今度知らせるからよ。」
「はいはい。」
「あ、そうだ!てめぇの名前を教えろ!」
「は?ああ、そうね。凌統だよ。」
「そっか。よっしゃ。また来るからよ。じゃあな凌統!」

りょうとう、りょうとう。と、甘寧は甘寧は店を出た。
ゆっくりと歩きながら、貰った鉢植えを覗きこんでみた。そこには白い花の鳥が数羽、羽を広げて飛んでいる。

(サギソウ、だっけか・・・。)

よかった。これであの花屋に行く口実ができる。・・・何を考えてるんだ俺は。
そんなことを考えながら、甘寧は鉢植えを持ち直して会社に戻った。


甘寧が鉢植えを持って退社した時、ふと見ると花屋の電気も消えていた。
2へつづく

夢でも貴方を想う=サギソウの花言葉です。
某様よりのリクエストでした。
凌統編に続きます。