紫色の縁(キリリク9999 さや様より)



この季節の朝は好きだ。
晴れている時が多く、東からの風が江や海の匂いを運んできて、爽やかな気分になれる。
しかし今日は、目を覚ましたら既に太陽は頂より西に傾いていて、最早起きなければともすら思わなかった。
二度ほどゆっくり瞬きをすると、凌統は外から目をそらすように寝返りを打った。
怠い。
今日は休みであるから、ぐうたら過ごしていても誰にも文句は言われないが、最近の休日はだらだらと寝台の上で過ごして、いつの間にか夜になる場合が多いような気がする。
なんとかして意識だけははっきりさせようと、嫌々するように敷布に顔を押し付けるも、そのまましばらく動けなかった。

元々凌統は規則正しい生活を送っているほうであった。
それが、隣に眠る男が出来たせいで、生活が乱れるようになってしまっている。
今だって一糸纏わぬ姿で寝台に転がっているのだ。
凌統は、顔に貼りつく髪の隙間から、ちらりと横を見た。
甘寧が、眉間に皺を蓄えて、気難しそうな顔で眠っている。

(何の夢見てんだか・・・)

最初に甘寧と体を繋いだのは、よく覚えていない。
多分、勝負事で負けて、その罰か何かで服を脱げと言われたのだと思う。
そこからどうして受け入れてしまったのかは、本当によくわからない。
でも、それから何度も甘寧と体を重ねているのは事実だった。
昨夜だって。
酒飲みに付き合った後、流れるように甘寧が邸にやってきた。凌統は甘寧に構うことなく寝る準備をしていて、ふと見ると甘寧が肩から鈴を取っているところであり、丁度鈴の紐が長い後ろ髪にひっかかって、堅そうな項(うなじ)が露わになっていた。
凌統は悪戯をしてやろうと、甘寧にそっと近づいて、首筋にきつく噛みついた。
驚いた甘寧は、振り返って凌統を見るなりニヤリと笑い、そのまま凌統を押し倒して、悪戯の仕返しをはじめたのである。
凌統はその仕返しに抵抗しなかった。
自ら撒いた種でもあるし、それすらも勝負の延長事のように思って、自ら服を脱いで受けて立った。
結局、口づけや甘い睦言を口にすることなく、互いの欲望を互いの体に叩き込むようにして、どちらともなく力尽きるように寝台に倒れ込んで眠りについた。
まるで戦での相討ちのようだと、凌統は思った。

「あ〜・・・」

もう一度寝返りを打ちながら声を出してみると、酷く喉ががさついている。
そんなに声を張り上げた覚えはないのだが。
僅かに喉の奥に甘寧の雄の味を感じる。・・・口の中に出されたんだっけな。
早く喉を洗いたい。
そういえば、今日は外に出る用事があったことを思い出した。日が暮れる前に行かなくては・・・。
甘寧も起こすか。

「いて。」

身を起こそうとしたら、髪が何かにひっかかり、体が不自然な体勢で止まってしまった。甘寧の体の下敷きになっているのかと思って張りつめたままの髪の筋を目で辿っていくと、甘寧の手に辿り着いた。
甘寧が己の髪を握ったまま眠りこけているのである。
凌統は眉を上げた。

「おい、甘寧、起きろ。」

甘寧のこめかみをこづきながら、甘寧の手の中にある髪の房をそっと抜き取って、ようやく身を起こし背伸びをした。
見事背骨の2,3ヶ所がボキボキと鳴り、下半身の・・・主に腰と尻と、内腿の付け根あたりがうずくように痛んで、やや前のめりになってしまう。
その間、甘寧が目を覚まして、遠慮のない欠伸がすぐ後ろから聞こえてきた。

「何だ・・・もう起きるのかよ。」
「ああ。ちょっと街に出なくちゃならない用事を思い出したんでね。だから、あんたももう起きなっての。」
「お忙しいこったな。」
「俺はあんたとは違うんだよ。ほら、さっさと支度しな。」

そう言った凌統は、なんとか寝台から立ちあがって、床に転がったままの甘寧の服を甘寧の頭めがけて放り投げた。



凌統の街に出る用事とは、仕立屋に頼んでいたものを受け取りに行くためであった。
凌統の戦用のつなぎ服は、体術を駆使する己の武と体の線にあわせて作ったものなので、それ以外の状況には全く不向きである。
今のように、体のあらゆる所が痛んでも、直接手を当てたりできないし、寒暖の調節がしにくい。だから、今度の北伐の前に、厚手の生地で同じ服を作ってもらうように仕立屋に頼んだのである。

2人が服を着て、凌統の邸を出た時は、既に辺りは夕暮れに差し掛かっていた。
甘寧は上半身裸に鈴を袈裟がけに身に付けたいつもの様相であったが、凌統はといえば、薄紫の簡素でゆったりとした上下だ。
ちょっと外に出るならこのくらいでちょうどいい。
後ろをついてきている甘寧が、凌統に声をかける。

「なあ、凌統。お前、どこまで行くんだぁ?」
「あぁ、仕立屋だよ。俺の戦用の服の、少し厚手なのを頼んだんだ。確か今日出来る予定だったはずだからさ。取りに行こうってわけ。」
「お前のあの服よ、脱がしづれぇったらありゃしねぇぜ。もうちょっとこう、下もすぐに脱げるようにしたらどうなんだよ。」
「すぐに脱げるようにしてどうするんだい?俺の服はそんなことのためにあるんじゃないっての。」
「今みてぇな服なら、手ェ出しやすいな。」
「あっそ。」

そう言うと、凌統は肩をすくめて、小さく息を吐いた。
目当ての仕立屋は、この道のはずれにあって、疲れて気怠い体を引きずって向かうには少々根気が必要だ。
それに、昨日の夜からほぼ丸一日何も食べていない。
結局水も飲めていないし、最後に飲んだものといえば、甘寧のアレであるから、なんだか嫌だ。

「腹減ったな・・・。」

甘寧が呟いた。
空腹なのは奴も同じのようである。さらに、2人の行く手には待ってましたと言わんばかりに料理屋があるではないか。ここは仕立屋に行く前に、腹を満たすことのほうが、先決のようだ。
凌統は振り返って、料理屋を親指で指しながら、甘寧に話しかけた。

「おい甘寧、何か食ってかないかい?」
「お!いいな、てめぇの驕りか?」
「ンなわけないでしょうよ、ちゃんと自分の分は払えっつの。」

と言いながら、料理屋の露店先で凌統は、肉まんと蒸した芋を買った。甘寧もまた肉まんと焼いた魚を手にしている。
それから、料理屋に頼んで、それぞれ水を一杯ずつもらい、あっという間に飲み干すと、2人とも料理屋の席に座ることなく、仕立屋を目指して歩き出した。
一日ぶりのほかほかの肉まんである。一口かじって咀嚼して飲み下すと、五臓六臂に染みわたるとはこのことだと、凌統は思わず頬を綻ばせながら思った。
横に並ぶ甘寧は、既に肉まんを平らげ、魚を貪っていた。

「おい。」
「何よ。」
「俺、孫呉に来て何に一番驚ぇたってよ、この魚な。今まで鰻とか泥鰌(どじょう)ばっかで、海の魚なんか初めて食った。美味ぇな。」
「ふぅん・・・。俺はずっと食ってるから分からないけど、そんなもんなのかい。」
「他じゃ食えねぇぞ。」
「へぇ。」

甘寧が「お前も」と言ったが、丁度強い風が吹いて、続いた言葉を攫(さら)っていってしまった。凌統は風に流れる己の髪を掻き上げて、聞こえなかったふりをして肉まんを平らげる。
その間に甘寧は魚の頭から尾までを綺麗に平らげ、凌統を追い越して前に出た。
追い越す時に、凌統の手を握りながら。

「早く行こうぜ。」

手は、離れることはない。
甘寧の表情はよく見えない。
どういうつもりだという言葉は唇の裏まで出かかったが、口にしたところで返ってくる答えを聞くのも面倒なので、凌統は何も言わず、手を振り払うこともしなかった。

もう片方の手に持った蒸し芋を口にしてみる。
美味かった。

(何だよ、こういう“普通”もできるんじゃないか。)
(たまには、いいかもね。)

凌統は、甘寧の熱い掌を僅かに握り返しながら、ゆっくりと流れる紫の雲を見上げた。








さや様より9999リクエストでした。「平凡な日常」ということで…なっていますかね?
この後、丁奉あたりから「甘寧殿、凌統殿と手をつないでいたそうですね。お二人の仲睦まじい事、何よりです」なんて言われていたらいいと思います。
そして、二人して全否定w
リクエストありがとうございました。