勾陣が落ちた日(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








夷陵への行軍前の建業で、甘寧と凌統は少々言いあいになった。
 甘寧は普通に話をしていたつもりだったのだが、突然凌統が真剣な顔になり告げたのだ。

「あんたが言ってた、敵は斬る、味方は守る・・・だっけ?やっぱり俺はそんな風に考えられない。あんたは単純に考えるけど、世界はあんたが思ってる以上に複雑なんだ。」
「そうかよ。でも俺は詫びる気はねえな。」
「詫びる気がないんだったら、俺もあんたを味方だなんて認めない。」
「へっ、俺の首も取れねぇ野郎が何言ってやがる。」
「何だと?」

 一瞬だけ泣きそうな顔をした凌統は、すぐに顔を顰めて両節棍を握りしめた。一気に場の空気が殺伐となったところで、陸遜が仲裁に入り、半ば無理矢理引き剥がされる。
 そこに丁度進軍の準備が出来たとの知らせを受け、孫権の号令を合図に夷陵に進軍しはじめた。
城門をくぐり、しばらくしたところで、甘寧は馬上で空を仰いだ。
凌統は陣設営のために少し先に出陣している。
 最近の凌統は、依然突っかかってはくるものの、甘寧が孫呉にやってきた当所に比べればずっと殺気が薄れている。
 それに合肥で背中あわせの戦で、あれ程凌統と息があったのには驚いた。その後の濡須口では、己の奇襲が上手くいったのは、凌統が上手く敵を引き付けていたから。あれ程戦場で目があったのだ。気付かないとは言わせない。
だから、味方だなんて認めないというあの発言は、凌統の意地のようなもので、本心はむしろ・・・。

(なんて俺が考えてもな。あいつのことなんて知るか。めんどくせぇ。)

 無意識のうちに溜息をついた時、突然あたりの空気が大きくざわつき始めた。
 兵たちは何も感じずに進軍しているが、風が棘を伴って肌の上をぴりぴりと撫でてゆくような空気が漂いはじめ、甘寧は眉を潜める。
敵か?いや、違う。
気候の変化で長江が荒ぶる前の感覚に似ている。だが、あれとは比べ物にならない程に気味が悪い。
前を進む陸遜も空気の異変に気付いたのか馬を止め、それに倣い、甘寧もまた軍の足を止めた。
辺りを見回してみるが、敵勢の沓音も、馬の嘶(いなな)きも聞こえない。いや、聞こえないはずである。なんせまだ建業を出たばかり、まだ孫呉の色の濃い土地なのだから。
風景に変わりはないが、今までに感じた事のない大きな気配は、どこか吐き気がする程甘く、体中に刃を押し当てられているような。敵などという存在よりももっと別の偉大な力が、大気や目に見えない魂のようなものを無理矢理引き剥がし、毒をまき散らして、世界が泣き叫んでいるようだ。
 ねっとりと蛇の舌のようなものが首を掠めたような気がして、つい肩を竦めたと同時だった。
それまで晴天だった空が突然薄暗くなり、瞬く間に暗雲が空いっぱいに立ちこめたではないか。さらには、立ってはいられない程の大地震に襲われた。
 甘寧は兵達の悲鳴を聞き、落ち付けと声を荒げたかったのだけれど、乗っていた馬が暴れてそのまま振り落とされてしまった。受け身を取る暇なく大地に叩きつけられて、何とか目を開けると、目の前には天と地の狭間を覆い尽くさんばかりの竜巻が、幾つも起こっている。そのうちの一つが物凄い速さで甘寧に迫ってきた。

「ちぃっ・・・!」

 甘寧は、歯を食いしばり強く目を閉じて、蛇のようにうねる暴風に飲まれていった。




 気付くと甘寧は、合肥の城内に倒れていた。
 あの天変地異は夢であったのだろうか。すぐに身を起こすと、隣には、先に夷陵の前線に向かっていて、別行動を取っていたはずの凌統が倒れていた。
 夢ではないのかどうなのかまだ区別がつかないまま、とにかく凌統の頬を叩こうと近寄ると、その前に凌統は目を覚ましたので安堵した。

「ん・・・甘寧?」
「おい、凌統、ここは合肥だよな。」

頭に手をやりながら何度か瞬きをした凌統は、甘寧と甘寧の肩越しに見た風景を見て小さく息をついた。

「そうみたいだけど。俺、確か天変地異に巻き込まれて・・・夢だったのかな。」

成程、凌統は夷陵で竜巻に飲まれたのか。となると信じられないが、夢ではないようだ。一体何があったと首を巡らせた甘寧は、その場にいたその他の面子に仰天した。

「おいおいおい・・・何だよこいつはよ。」

 死んだはずの周瑜が、呂蒙までいるではないか。さらに隣の凌統が、息を飲んで孫策様、孫堅様と呟いた。その二つの名前は、甘寧が仕える以前の孫呉の君主である。
 その急いで合肥城の広間を出て周辺を見回してみると、それはまたおかしなことになっていた。
見知った土地に、見たこともない建物がそこかしこに建っていて、大地の所々に鉄を溶かしたような真っ赤な岩がこびりついている。長江もいつもと違って不気味にざわついているし、何より空に浮かぶ太陽は二つ。
思わず隣にやってきた凌統の頭を叩いてみる。

「痛ぇ!あんたいきなり何すんだ!」

すぐに仕返しの回し蹴りが背中に入る。痛い。夢ではない。
建業に戻ってくる直前の、暗雲も大地震も竜巻の原因もさっぱりわからないし、何がどうなっているのか飲み込めないままではあったが、すぐに君主や上官たちは動き出した。甘寧も凌統も孫堅の支持の下、残存の兵で軍の再編をし、さらに詳しく辺りを調査し始めた。その最中に魏からの使いがやってきて、互いの国の確認ができ、現状を把握しようと連絡を取り合っていたら、明らかに人外の軍勢が攻めてきたのだ。
 凌統は先鋒を任され真っ先に駆けて行った。その後ろ姿を見送った甘寧は伏兵として戦場で形(なり)をひそめている。そこへ、魏軍から援軍が来次第合流し、一気に攻め立てよと命が下った。
そうして何とか迎え撃つ形はできたけれど、攻撃を仕掛けようにも、戸惑いの連続で統率の不十分な味方勢が、得体の知れない大軍に徐々に押されることは当然である。魏からやってきた援軍は張遼で、一時は志気も上がったのだけれど、その張遼も苦戦しはじめた。
 伝令が次々と味方撤退の知らせを甘寧に報告してくる。その中に、凌統軍が撤退したという知らせが耳に入った時、ついそちらのほうへ瞳をずらしたほんの隙に、不覚にも脇腹に一撃を喰らってしまった。
焼けつくような一閃が身体を突き抜け、ぐ、と奥歯を噛みしめる。
 何とか踏ん張り、目の前の敵数人を覇江で薙ぎ払った。
 だがそれが限界だった。自分の軍の損害も激しくなる一方だし、周辺をあらかた片づけると、甘寧自身もすぐ近くの森までの撤退を余儀なくされた。

(くそ・・・。あとは上手くやってくれや。)

 肩で息をしながら森の奥の奥まで走り、一度立ち止まった所で甘寧は後ろを振り返ろうとして、意識を失い倒れてしまったのである。



2へつづく


オフ用に1年以上前に書いた話なんですが、出しそびれた感がしてw、
この際なのでオンにあげることにしました。