勾陣が落ちた日2(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








次に目を覚ました時には、既に戦が終わっていた。敵の軍勢も撤退した後で、張遼の姿もない。
また、敵兵の死体も一つもなかった。魔物達は皆、息絶えると身体が霧散して、跡形もなく消えてしまうのだ。だから、辺りには味方の兵士だけが横たわっていた。それがなくても孫呉の敗北を痛感しているというのに、これでは生きている己が何もできなかったと心が折れる錯覚を起こしてしてしまいそうだ。

「・・・。」

甘寧は歩き出した。
手にしている覇江の刃こぼれが酷い。躊躇いなく覇江を捨てて、近くにいた兵の甲刀を奪い、また歩き出す。
脇腹の傷が痛む。それでも足を負傷していないことがせめてもの救いだ、覚束ない足取りで歩き続けながら、戦場の真ん中を目指した。
孫呉の牙旗が、破れて風にはためいている。孫堅や周瑜がいたあたりには、武将は倒れていない、彼らは捕縛されたのかもしれない。孫策が着陣すると言っていた場所にも、主だった武将はいなかった。
そして、甘寧は凌統が陣を敷いていたあたりにやってきた。先鋒の凌統軍は、勢いづいていた敵軍と真っ先にぶつかったお陰で、一番の損害があったようだ。その苛烈な様子は、辺りに累々と折り重なる兵の数と凄惨さで分かる。

(畜生・・・あの野郎、どこにいやがる。)

甘寧は、いつの間にか凌統を探していた。根拠は無くただの勘だけれど、ここに凌統はいると思った。生きているかどうかも分からない。
でも、きっとここにいる。
凌統という男は、孫呉のためならば、むざむざ撤退するよりこの地で果てる事を選ぶ奴だと思う。だからきっと、どのような形であれ、いる。甘寧は目をこらし、じくじくと痛む脇腹を抱えて凌統を探し、首を伸ばした。
防御拠点の入口の隅に、こちらに背を向けて座っている赤い人影が見えた。その赤は、兵卒達が纏う赤ではない、もっと上等な絹の赤だ。甘寧は、安堵と不安が入り混じって心に波をたたせながら、そちらに足早で近づいていった。
後頭部の束髪が、微かに風に靡いている。道着の赤と、そして革でできた最低限の防具。
凌統だ。

「凌統。」

返事も、応える仕草もない。甘寧は後ろから近づいて、凌統の前に立ってみた。
投げだされた足には弓矢が一本刺さって貫通していた。それから、肩の肉が防具もろとも大きく裂かれている。
その大きさからして、きっと背中までばっさりと斬られているだろう。
自慢の足技を止められ、撤退しはじめた時に背中をやられたというところか。でも、首と胴は繋がっている。そっと鼻の辺りに手を翳せば、弱々しくはあるが呼吸もしている。鼓動もある。

「へっ、らしくねぇな。」

大いに安堵した甘寧は、大きく呟いた。
しかし、いづれにしても凌統の息遣いはいつ止まってもおかしくない状態。何より背中の傷が酷い。甘寧は、凌統の足から弓を抜き、近くの綺麗な死体の鎧を解いて、中の衣服を剥ぎ取ると、それを凌統の背中の傷をあわせるように、ぎっちりと覆って結んだ。
そして、凌統を背中に背負い、歩き出した。
僅かに感じる凌統の体温。
背負い直すのに少し身体に力を入れたら、己の脇腹から血が噴き出して軽く眩暈がした。しかしそれより、背中からだらりとこぼれた凌統の腕を拾い上げて、その手に手を重ねるようにして、己の心の臓の辺りに当てた。
さながらそれは、微弱な者同士の命の分けあいのようだと甘寧は思った。





合肥の江を下流に辿れば、建業に着くかもしれない。憶測は嫌いだし、どれくらい先にあるかは分からないけれど、立ち止まるよりはましだ。凌統を背負ったまま甘寧は、無心のままに合肥の江沿いを辿って、山を越えた。
甘寧は凌統を背負い直し、再び前を向く。抱える凌統の体は己よりは少し軽いように感じるけれども、それでも負傷している身体にはずしりと重くのしかかり、足取りも重くなった。だが、甘寧は凌統を置いていこうとは全く考えすらしなかった。息のある味方は、今、背中にいるたった一人。死なせるわけにはいかない。

「・・・。」

ここはどこだとか、途方もないことは考えないことにした。考えたら足が止まりそうだ。今は一刻も早く、どこか休息できる場所を・・・。
すると突然、夕暮の合肥の赤い空が、一瞬のうちに澄み渡った青空に代わり、辺りの風景も合肥の赤茶けた大地ではなく、建業周辺のような青々とした緑広がる風景に変わったではないか。
流石に甘寧は驚き足を止めてしまった。足を止めたために、凌統の体重がずしりとのしかかり少しよろめいてしまったけれど、なんとか堪え、もう一度来た道を引き返してみた。すると今度は、青空から合肥の夕暮に変化する。そういえば、合肥の空は茜色からずっと色を変えない。遠くの空を見上げると、太陽はやはり二つもある。いいやそれ以外にも、おかしな所は山程あるじゃないか。合ったこともない孫堅・孫策がいる。そして魔物の軍勢。
あの暴風に飲まれてからだ。おかしくなったのは。

「・・・違う世界に飛ばされちまったのかぁ?」

考えなしに呟いた言葉は、あながち間違ってもいないように思えたが、それよりも今は、歩くしかない。

(孫策がいる、大殿がいる・・・。だとしたら、こいつの親父さんもいるのかな。)

甘寧はため息をついて、握りしめていた凌統の手に目線を落とした。
途方もない現実は未だよくわからない。
甘寧は、再び凌統を背負い直して前を見据えて歩み始めた。
その手はずっと凌統の手を握って離さないでいたが、甘寧は全く気づかないままである。


合肥の長江を、上流から下流へと歩いてきたはずなのに、現在甘寧が歩いている近くを流れる川は、長江とは比ぶべくもないほど、かろうじて流れがある程度の、か細く頼りない小川になっている。
合肥とは別の場所に来た事は体感したが、これでは何時になったら建業にたどり着けるのか、わからない。

(いよいよこいつと心中か?・・・そいつはごめんだけどよ。)

最悪の場合、孫呉の将軍二人揃って行き倒れ、か・・・。甘寧は背中の凌統を肩越しに見、まだ足を動くと、一歩また一歩と進んだ。
山々の中の緩やかな下り坂を下り、突然林が開けた。あたりは山に囲まれた小さな盆地で、背の高い藪が広がっている。少し土も湿っているから、沼か湖があった場所なのか。しかし甘寧は、行く手にあった簡素な小屋を捉えて、急いで向かった。
戸を蹴り破るように転がり込み、どうと凌統共々床に倒れた甘寧は、そのまま気を失ってしまった。



2へつづく


オフ用に1年以上前に書いた話なんですが、出しそびれた感がしてw、
この際なのでオンにあげることにしました。
なんだか長くなりそうです・・・