勾陣が落ちた日3(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








次に目を覚ました甘寧は、目を覚ますなり身体をばねのように起こした。
まずい。何日、何刻眠っていた。凌統はくたばってはいないだろうか。
横を見れば、凌統は倒れた体勢のまま目を閉じていた。鼻に手を当ててみると、弱々しいけれど息はしている。凌統の傷口を覆う布も、自身の脇腹の傷も未だ生渇きだったから、眠っていた時間も然程経っていないようだ。甘寧はそっと息をついた。
小屋は木を渡した屋根と土壁でできており、とても小さかった。また、ずっと空き家であったのだろうか、あらゆるところが埃をかぶっている。また、小屋の中には、甘寧と凌統が倒れ込んだ土の床の他に、木でできた床が一段高く作られてあっていた。木の床の中心は四角に繰り抜かれており、その中には沢山の灰があって炉のようになっている。木をくべた形跡もあるから、これで暖を取るのか。中華の民家にしては珍しい作りの小屋だ。
そんな木の床の隅には、ボロボロの着物と布が畳んであるのが見えて、甘寧は凌統の体を引きずり上げて寝かせる。甘寧自身はそのあたりに転がっていた大きな器を手にして、近くの小川に行った。
さらさらと流れる小川には虫がいて、川底が見える程に澄んでいる。毒はない証拠だとわかり、甘寧はまず自分が川に頭を突っ込むようにして水を飲み、そして器に水を汲んで小屋に帰る。
器を床の炉の中央に置いて近くにあった木をくべ、火を熾(おこ)す。
水が沸くまで、甘寧は横たわる凌統の隣へ座り、その寝顔をじっと見つめていた。
この小屋の中には光は殆ど射さない。粗悪な土壁の隙間から漏れる光だけが、内部を照らす明かりだ。その僅かな光が凌統の顔を照らしていた。
そういえば、暫く見ていなかった凌統の顔は、血と埃に汚れている。いや、この世界に来てから意識してみたことがあるか?・・・むしろ、孫呉にやってきて以来、凌統の顔をこんなに間近に見たことはあっただろうか。

「・・・。」

甘寧は額の赤い巾を取り、煮立つ前の水をかけて濡らした。
何となく凌統の顔を少し拭いてやると、幾らか綺麗になり、僅かに血色もよくなったように思えた。
そこから甘寧の手は一心不乱に動いた。
おもむろに凌統の衣服を剥き、傷口を結んでいる布を洗い、近くにあった布で再び傷を結ぶ。そして、顔にやったように、肩や胸元にこびり付いている汚れを丹念に拭いていく。
味方は助けるものだ。ましてやその味方が瀕死で、そいつしか味方がいないとなれば、介抱するのは当然ではないのか。その味方がたとえ、己を仇と狙う奴であろうとも。
凌統の上半身を拭くと、甘寧はためらいなく下履きも脱がせた。
現れた凌統自身は敢えて見ず、締まった腿や痛々しく残る矢傷の周辺を、やはり丹念に拭いてゆく。血がべったりとこびり付いて固まった髪も、解いて湯をかけて洗う。
全て綺麗にし、近くにあった藍色の着物を着せて布団を何枚も掛け、眠り続ける凌統をじっと眺めた。

(ま、凌統でよかったかもしれねぇな。)
(このまんまだと気軽に喧嘩を吹っ掛ける相手もいねぇ。あの魔物相手つっても、いつ来るかわからねぇし、暴れられねぇなら死んだほうがまだましだ。)
(こいつなら、俺の命を本気で狙ってくるしよ。)
「だからよ、お前。まだくたばるんじゃねぇぞ。」

薄暗い小屋の中に、湯気が立ち上る。甘寧は湯を手で掬い、口に含んだ。そして、凌統へ口移しで流し込む。
凌統は喉は無反応で、口の中に溜まった湯は口の端から流れ落ちるだけであったが、それでも甘寧は、凌統の冷たい唇に体温が戻るように、何度も唇を重ねた。





それから甘寧は、7度程寝起きをした。その間周辺の散策をしたり、何度も凌統に口移しで水をやり、それなりに介抱をしている。それはそれで、何となく楽しい気もしている。
眠りから覚めて、隣で寝ていた凌統に、早く起きやがれとこめかみを小突いた時だった。凌統が、まつ毛を震わせたのだ。甘寧は息を飲み、その様子をじっと伺う。
そのうち、下向きの睫毛を震わせながら、とうとう瞼を開かせた。
薄く開いた瞼の中の小さな瞳は、小さく左右に揺れて、やがて甘寧の姿を捉えてぼんやりと見つめる。

「・・・生きてっか?」

甘寧がそう言うや否やみるみるうちに凌統は目を見開き、とうとう物凄い速さで飛び起きた。しかし、すぐに顔を歪ませて布団の上に沈む。無理もない、あの背中の傷は、やっと固まってきた程度なのに、突然動けばそうなるだろう。だが、甘寧は無表情のまま、何も言わずに凌統を見ていた。

(ま、こいつならこんな反応するよな・・・。)

やがて、痛みに耐えるように小刻みに震えながら顔を上げた凌統の瞳は、見事に憎悪に染まっていて、紡ぐ言葉も地を這うように低い。

「どうしてあんたがいるんだ・・・!」
「倒れたお前を俺が見つけた。俺が気づいた時にはもう殿たちはいなかったぜ。お前しか見つけられなかった。」
「孫呉はどうなった!」
「分からねぇな。」
「くそっ・・・!」

床板に叩きつけた拳の音は弱弱しい。
そして、歯軋りが聞こえてきそうなくらいに奥歯を噛みしめながら、凌統は床に手をついて立ち上がろうとする。それでも、甘寧は凌統をじっと見ていた。
凌統の傷は気力でどうにかなるものではない。ただ、凌統の気持ちは何となく分かる。
凌統にとっては、孫呉という国は、自分自身のような存在だ。皮膚のように寄り添っていたものが、得体の知れない勢力に無理矢理剥がされたのだ。
そんな凌統とは違い、甘寧は違う。一度は敵だった。国に刃を向けた後に同化し、徐々に一体となっていく瘡蓋(かさぶた)のようだものだ。だから、凌統の痛みは到底分からないし、黙って見ているしかない。
ただ、今の立場は一緒だ。国を荒らされ、一緒に暴れている仲間を斬られ、一方的に喧嘩をされては黙っていられるわけがない。だから、凌統が、手足が一本でも動く限り抗ってみせようという魂胆は分かる。
けれど、今回は少し訳が違う。蜀や魏など、あらかた出方を理解している国が相手なら、甘寧も一人で殴り込みを仕掛けるところであるが、敵が誰で、どの程度で、どこに居るのか分からない。自分たちが居る、この場所も一体どこなのかも分からないのだ。
怒りを向ける矛先が未だ分からない。柄ではないが、ここは傷を癒すことが懸命だろう。
しかし、凌統はとうとう片足を立ててしまった。
仕方なく、甘寧は凌統に声をかけた。

「おい凌統。お前、自分の傷がどのくらいか、大体わかってるよなぁ?」
「っこれくらい、耐えられるっつの、孫呉がどうなったか・・・自分で確かめるんだ!」
「今下手に動いたら、喧嘩どころか一瞬で返り討ちだぜ。」
「だから何だい、今は一刻も早く動かないと・・・。」
「一人でか。」
「さっきから何が言いたいんだい、甘寧さんよ。あの魔物達に骨抜きにされたってか?所詮余所者のあんたにはわからねぇよ!」

とうとう甘寧は凌統を殴った。
吹っ飛んだ凌統の体は、物凄い音をたてて壁にぶつかり、小屋全体が震えた。
甘寧は酷く冷静ではあったが、痛みに悶える凌統の胸倉を乱暴に掴みあげ、凌統の刃のような視線を受け止めながら冷やかに見下ろした。

「お前らしいっちゃあらしいがよ。ちっと落ち着け。手負いで素手で、飛び出しても何もできねぇで死ぬだろうな。くだらねぇことするんじゃねえ。それに、お前は殿が死んだ瞬間を見たのかよ。」

凌統は目を泳がせる。

「見てねぇんだろ。それに孫呉の連中で合肥にいなかった奴だっているんだ。じっとしてるのもつまんねぇけどよ、今は俺等の傷を治すのが一番だ。」
「・・・孫呉は?」
「無事だろ。殿もおっさんも陸遜もいるんだ、どっかでドンパチちてるだろうぜ。」
「・・・・・・そう考えられるあんたが羨ましいよ。」

ふいと凌統から力が抜けた。甘寧もまた、凌統の胸倉を掴む手を離すと、凌統は甘寧に背を向けるようにその場に横になった。
しばらくして、寝息が聞こえはじめて、甘寧は心の底からやっと、安堵したのである。



4へつづく


オフ用に1年以上前に書いた話なんですが、出しそびれた感がしてw、
この際なのでオンにあげることにしました。
なんだか長くなりそうです・・・