勾陣が落ちた日4(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








空が色を変えないせいで、どのくらい日にちが変わったのか分からないが、更に十回ほど長い睡眠をとった。2人は未だ小屋にいる。
凌統は背中に負った傷もようやく治りかけてきて、鍛練など激しい動きはできないが、外に出歩く程度には治り、時々気を紛らわすために小屋周辺を見て歩いている。
現在も少し歩いてから、近くの小川にやってきて川辺に腰を下ろした。
ぼんやりと浅い川面を眺める。長江の流れとは違う、細く浅く頼りない川だけれど、水の流れる音や鳥のさえずり、木々のざわめきは、夷陵で竜巻に飲み込まれる以前から変わりないから、少しは落ち着く。
この小屋に来た経緯は、甘寧から聞いた。
ついでに自分が合肥の前線で見たものも告げた。真っ先に敵勢とぶつかったお蔭で、凌統は進軍する前の敵を見る事ができたのだ。
敵の中には、なんと魔物だけではなく人間も混ざっていた。敵勢が掲げていた牙旗には、蜀の文字。
そして、少しでも敵陣の深くに入り込もうと突撃をした先に、蜀の軍師の姿が見えた。そこで矢で足を射抜かれ、背に焼けるような痛みが走って・・・。あとはよく覚えていない。
この世界には魏の他に、蜀も存在しているのだろうか。それともあの軍師がとうとう妖魔を召喚して、世界を変えようとしているのか・・・。わからない。
いづれにせよ、孫呉は負けた。
目を覚ました時に見た甘寧の表情は、きっと一生忘れない。
釣り上がった瞳を見開いて、切羽詰まった表情をして。

(あいつの伏兵も、きっと失敗したな。)

即座に前線に向かった凌統の下に、”江の対岸に甘寧が兵を潜ませている。同時に挟撃せよ”と命令が来たが、凌統は少し気にくわなかった。甘寧と共闘するのは、これに始まったことではないが、まだ覚悟がいる。だから、甘寧の下に敵を送ってたまるかと奮戦したけれど、力押しされた。
目が覚めてからも、己に少しでも武を奮う力があるならばと、立ち上がったが、あの甘寧に殴られて制止された。あの甘寧に、だ。
そんな甘寧は今、近くの山々まで食糧を獲りに行っている。凌統はまだそこまで出来るまで傷が癒えていないので、待つしかできない。
目が覚めるまでと目が覚めてから暫くの間は、凌統は甘寧に介抱されていた。黙って傷口を丹念に洗い、飯を用意して。衣も、合肥でぼろぼろになった胴着ではなく、この小屋にあったという藍色の上下をいつの間にか着ていた。

「らしくねぇっていうか・・・借りを作っちまってるな。」
(でも、あいつと俺しかいないしな。)

呟いた言葉は、さらさらと流れる小川に流れて消えた。
どうして唯一傍に残った人間が仇なのだろう。まるで、あいつは自分の大切なもの全てを剥ぎ取るために現れたようだ。
でも、以前のように憎しみの全てを甘寧に向けるような気力は、今の凌統にはなかった。むしろ、あの天変地異も、妖魔の大軍も、どうしようもなかった。甘寧のせいなんかにできるわけがない。
まずは受け入れなくては。この世界を。
そして敵がいるのであれば、孫呉の誰かと合流し・・・或いは、もし敵が人ではないというのなら、まずは人間を探さねばならない。そのためにはまず、傷を癒すことが先決だ。
凌統は小さくため息をついた。

「そういえば、あいつも脇腹を怪我してたっけな。」

今更奴と仲良くしたくもないが、受け入れる事ぐらいは考えてもいいのだろうか。でも、もし、孫堅様や孫策様みたいに、どこかに父上もいたのなら?
丁度そこに甘寧が帰ってきて、凌統は我に返った。
今はその先を考えたくはないと、無理矢理頭の中に浮かんだ考えを打ち払って、凌統は小屋に戻るため腰をあげた。

足の矢傷は完治、背中の傷も時折疼くが、気にならなくなってきて、凌統は外に出る時間が多くなってきた。
自分でも食糧を調達しつつ、小屋より少し遠くに出向いて周辺を探索する。
小屋の周りを取り巻く環境は変わらない。空は何時間経っても日中の曇り空のままで、人の気配はなかった。

(少し汗でも流してみますかね。)

体力は負傷したお蔭ですっかり衰えてしまった。それに、武器は合肥で落としてきてしまったから、今は素手で戦わなくてはならず、体力や体術の勘を取り戻すのは傷の治癒と並行して行わなければならない。それから、何となく、甘寧に負けたくないのだ。遅れは取りたくないし、これ以上借りもつくりたくはない。
凌統は早速小屋の前で軽く体を伸ばし始めた。
肩や腕をまわし、足を開いて伸ばす。そして、首を回しながら何度か小さくその場で跳んで、ふうと一息。
それから、狙いを定めるようにゆっくりと一度、上段に足をぴったり伸ばし、それを静かに戻した。
鳥の声がした。
刹那、目にも止まらぬ速さの上段の蹴り。その力を体を回転させていなし、側転の流れから逆立ちをして、身を捻りながらの回転脚。
両手をついて、着地したら息があがっていた。これくらいで息があがるとは、かなり体力が落ちている。少しずつ、鍛練時間を増やしていかねば・・・。額に滲んだ汗を拭った時、後ろに気配を感じて振り向くと、突然拳が飛んできた。
そこには、実に楽しそうに目をぎらつかせた甘寧がいた。凌統は寸暇の差で拳を避けるのがやっとであったが、それでも何とか軌道を読み、何事かと声を荒げる。

「ちょ、ちょっとちょっと!甘寧!」
「やぁっと暴れられるようになったか!凌統!回復するのを待ってたぜぇ!」

凌統は目を丸くした。そして、とても納得して、いっそ呆れた。
そうだ。この男がじっとしているだけの男ではなかった。退屈な時間も、戦で暴れる起爆剤に変え、隙あらばいつでも突進する男だった。自分と甘寧しかいないこの場所で、手負いの己の傷が癒えたとなれば、これ程喧嘩を売るのに格好な相手はいないだろう。

「ちっ・・・暴れたいからってがっつくなっての!」

凌統は不敵に笑うと、腹に力を入れて、甘寧の拳を腕で受け止めた。流石に重い。肩までびりびりと痺れが走る。甘寧もまた攻めの手を緩めず、物凄い速さで拳に蹴りにを繰り出してくる。…が、全ては体術の攻めで、甲刀ではない。
甘寧の突きが僅かにぶれた。隙。凌統は見逃さない。そのまま拳をいなし、ぐんと体を下げて足払いをかける。鈴の音が宙に舞った。凌統はそのまま甘寧の首に足をかけ、甘寧もろとも地に倒れながら首を絞めた。甘寧が低く呻く。勝負あった。

「ハッ、体術で俺に勝とうってかい?百年早いね。」
「ちっ、お前本当に病み上がりかよ。」
「はいはい、じゃあ次は本気で来いよな・・・って・・・」

言いかけて凌統ははっとした。甘寧の腰の傷を思い出したのだ。もしかして、いや、こいつは本気をださなかったのではなく、本気を出せなかったのではないか?
凌統はすぐに甘寧の首から足を解いて、甘寧の額に掌を押し当てた。熱い。赤い巾越しなのにとても熱い。そして甘寧の体をどかすようにして、その脇腹に巻いていた布を引きちぎった。そこにあったのは、熟れた果実のように赤く腫れた肉だった。傷口は塞がってはいるが、中は相当膿んでいるようで、その範囲も意外と広い。
しかし、当の本人は面倒そうに凌統の頭上の空を見ているばかり。

「おい、甘寧。」
「ンだよ。」
「あんたの刀はどこだ。」
「ああ?」
「刀!あんたのこの膿を出すんだよ!どこだっつってんだ!」
「・・・。小屋の壁に立て掛けてあるぜ。」

他人事のように甘寧が呟くと、凌統はかぶりを振って小屋のほうを見た。
小屋の入り口の戸の横に、甲刀が太陽の陽を照り返して光ってそこにあった。凌統は急いで甲刀を手にし、甘寧のところに戻ってきた。
甲刀の切っ先を、ぴたりと赤い脇腹に当てた。甘寧はじっと凌統を見つめている。
その時凌統は頭の隅で父の顔を浮かべたが、すぐにかき消し、切っ先でほんの少しだけ傷口を裂いた。途端にどろどろに淀んだ血膿が飛び出して、甘寧の脇腹を赤く染める。

「あんた、どうしてここまで放っておいたんだよ。熱まで出してさ。今は傷を治すのが一番だって言ったのは、どこの誰だっけ?」
「どうしてっつったってよぉ・・・。」
「まあ、いいや。ちょっと待ってな。あ、その手で触るんじゃねえぞ!」

凌統は甲刀を持って小屋に入ると、甲刀を炉の中に一度突っ込んで引き抜き、そして適当な布を持って再び甘寧の所へ戻る。
そして、患部に焼いた甲刀の腹を当てて布で傷を拭くも、少し患部を押すと、赤黒くぬめる血が溢れてくる。これがずっと体内にあったままでは、化膿が癒えるのが遅くなるだろう。

(・・・仕方ねぇか。)

凌統は、甘寧の脇腹の傷口に唇を寄せた。
甘寧が息を飲んだような。

「何すんだ。」
「見て分かれよ。傷から膿を出しやるんだよ。」

凌統は甘寧の顔を見ずにぶっきらぼうに答えた。何ともいえない複雑な気持ちのまま、熱のこもった傷口に唇をあてる。甘寧の体が震えたような気がしたが、無視して傷を少し吸うと、生温かい血膿がどろりと口の中に広がった。舌に馴染む前に膿を吐き捨て、再び傷口を吸う。
何度か繰り返すうちに、泥のような血は出なくなり、代わりにさらさらとした血の味が口の中に広がるようになった。そうなってやっと唇を離した凌統は、もう一度布で傷を拭いた。
その間、甘寧は何も言わずにじっと凌統の手際を見ていた。その目は何か言いたげであったが、なにか尋ねられたなら、その時は甘寧が自分にした介抱と同じことをしたと言うつもりだ。あんたがしたことと、同じことをしてるだけだ、と。

(だって・・・孫呉の味方はあんたしかいないしね。)

凌統は自分に言い聞かせながら、甘寧の傷を小さく叩いた。

「ひとまずはこれで我慢だ。あとはあんまり動きなさんな。」

時間はあるから、と唇の裏まで出かかった言葉は、そのまま飲み込んだ。時間はない。傷が癒えたら長居は無用だ。あの、孫呉を襲った勢力は生きているだろうし、他の勢力も襲われているとすれば。一刻も早く味方を見つけて、合流しなくてはならない。
凌統は立ち上がり、甘寧に背を向けて小屋へ戻ろうとした。

「お前よ・・・」

甘寧が呼び止める。

「何だよ。」
「・・・何でもねぇ。」

凌統は甘寧が立つ気配を感じて、小さくため息をつきながら、小屋の中へ入った。



5へつづく


オフ用に1年以上前に書いた話なんですが、出しそびれた感がしてw、
この際なのでオンにあげることにしました。
なんだか長くなりそうです・・・