※無双OROCHI無印ベースの話です。
甘寧は、水を飲んで床板の上に倒れるように横になった。
身体が熱い。
傷は治りかけているのだが、膿を取り除いた脇腹の傷が熱く疼くのだ。
体内で暴れようとしている何かを必死に押さえつけている。
傷が奥から突き上げるたびに、凌統が脇腹に唇を寄せた時の感触を思い出す。唇とはいえ、久しぶりの人肌は水を含んでとても柔らかかった。それに、傷を吸われた時に少し躊躇う素振りを見せた姿も、瞼の裏から離れないし・・・。
それに、久しぶりの凌統との手合わせは少しの間だけでも楽しかった。本当に楽しかった。色々と思いだすと、腹の傷とは別の妙な熱がこみ上げてくる。
そんな熱を冷ますように、甘寧は何度も水を口にしているのに、水を含む度に凌統の濡れた唇を思い出してしまう。
(タチが悪いぜ、畜生。)
そこへ、丁度外に出て当たりを見て回っていた凌統が帰ってきた。
「寝る。」
凌統は簡潔に呟いて、甘寧より少し離れた所に寝転がった。
こちらに向けている高い背は、どこか無防備に見える。
今はこいつと二人きり。
なら、いいよな・・・。
いや、この甘興覇が悩む事なんかありゃしねえ。
甘寧はおもむろに立ちあがり、凌統の背中の傍らに立ちどまった。
凌統がこちらに気配を寄せる。そんなもの構わず、甘寧は凌統の横に寝転がると、太い腕を凌統の体に絡めた。
咄嗟に凌統が払いのけようとしたのを、腕に力を込めて無理矢理黙らせる。
「てめぇの体温、分けろ。」
なんと弱気な言葉だ。熱いものが燻っているのは自分自身だというのに、これが鈴の甘寧の吐く台詞かと甘寧は自重した。
けれど、今は。
何となく、人の体温が欲しい。
「・・・。」
凌統は、しばらく緊張を解かずに黙って様子を伺っている。何を考えているのかはわからない。
やがて、勘念したように凌統の体から力が抜けた。そして、うわごとのように小さく掠れた言葉が聞こえた。
「・・・身体は貸さないからな。」
甘寧は黙って凌統の体を抱きしめ直し、外に生い茂る草木が風に靡く音を聞きながら目を閉じた。
数日後、甘寧の傷がほぼ完治したのを見計らって、二人は小屋を後にした。
仮の宿とはいえ、世界から身を隠してくれたこの場所には少なからず恩を感じる。
だから、経つに当たっては少し名残惜しかったけれど、そんなことも言ってはいられない。後ろ髪引かれる思いを振り切るように甘寧と凌統は、振り返ることなく黙って歩き続けた。
緩い上り坂を歩き、見慣れない景色に差し掛かってきたところからは、時々鍛練といって、拳を交えている。凌統が素手でも、甘寧は持っている甲刀で応戦する。鍛練というより、じゃれあいのほうが近いかもしれない。
二人の間にある、仇という境界は薄れているように、甘寧は感じた。
そのせいか、甘寧はこの状況を楽しんでいる。
凌統とは共に戦った時こそあれ、これだけ長い時を並んで歩くのは初めてだ。
凌統は今、本気で孫呉を探そうとしている。
それは確かに甘寧も同じだ。一応、同じ国に仕えているのだから。だが、その目的とは別な何かが、甘寧の中にはある。
多分、それは、凌統と一緒にいてこその何かなのだと思う。その何かを思い出そうとすると、何故か凌統の体温を思い出して、身体の内から何かが沸き立とうとするのだ。
ふと視線を感じて横を見ると、凌統が訝しげな表情で顔を覗き込んできたので、甘寧は肩を竦めて前を見据えた。
二度ほど仮眠を取って進んだが、その間に空の色は三度変わった。最初は湿気を含んだ曇り空で、二度目は合肥のような夕暮れ(朝焼けだったのかもしれない)。
三度目の今は夜空だ。
自ら時を移動している感覚に陥るが、それでも満天の夜空には星が煌めいていた。月はないが、目が慣れるのには然程時間はかからなかった。昼間の世界に浮かぶ二つの太陽がなく、久しぶりの闇の中は、心が落ち着くようにも思えるが、ずうっと暗闇の中に居ては気が滅入ってしまいそうだ。
甘寧は少し立ち止まって空を見上げた。
沢山の星々。昔、どこかの村の占い師が、大きな声で叫んでいた時の事を思い出した。
皺だらけの顔と首を上に向け、枯れ木のような腕も天に伸ばして指を指しながら、“勾陣が堕ちる、世は乱れる”といい、群衆に血を吐くように叫んでいたのだ。
あの時に見上げた空は昼間で、天の中心の星は見えなかったけれど、今眼前に広がる星の真ん中に居座るあの星が、勾陣というのだろうか。
(確かに、世界はばらけちまった・・・のか?でも、星はちゃあんとあるじゃねぇか。)
「甘寧。」
横に並んでいた凌統が、声を潜めた。
黙って凌統のほうをみれば、彼は緊張した顔で、黙って右前方向を指差した。
しんと静まり返った闇の中、民家らしき建物が見えた。1軒だけではない、ざっと数えて7.8軒はある。
甘寧と凌統は目配せをし、そっと近づいた。
そこには人の気配はなかったが、小さな畑は耕されていて、柔らかな土が盛られている。民家の壁には、土のついた鋤(くわ)や鍬(すき)、水が入った甕もある。何らかの形で人がいる証拠だ。
凌統は、嬉しそうだ。自分たち以外に人がいると期待を膨らませて、しきりに辺りを見回し、調べる。甘寧は、それを黙って見ていた。
その時、僅かに砂利を踏んだ音がしたのを、二人は聞き逃さなかった。警戒とともに振り向くと、少年が腰を抜かして、こちらを見ながら倒れていた。その瞳は恐怖に震え、ぼろぼろと涙をこぼしている。
甘寧が一歩前に出て、口を開く。
「安心しろ。俺等は味方だ。お前を取って食ったりしねぇ。」
「あんたはどこの奴だい?俺等は孫呉の奴だけど、他の人間を探して歩いてる。」
続けて、凌統も。凌統は、腰を落として少年と目線を合わせて柔らかく笑った。
すると、少年は恐怖に崩れた顔をぽかんとさせて、固まってしまった。しばらくして、生ぬるいかぜが吹き抜けた時、周辺に隠れていた他の村人たちが、岩陰や家屋の戸を開けて出てきた。
ここで初めて、自分達以外の人間いたことに、凌統は心から喜んで顔を綻ばせたが、甘寧はどうしてか少し不満が残って、無意識に唇を尖らせていた。
「お二人が来る前に、ここの村も妖怪に襲われました。」
民達は甘寧達が味方だと知ると、少ししかないであろう食糧や酒を振舞い、喜んでもてなしてくれた。
やはりこの村も、突然の天変地異に巻き込まれ、その直後に得体の知れない魔物の軍勢に襲われたのだそうだ。
そして二人の姿を見て再び魔物が攻めてきたと思い、隠れていた、とも言う。
この村の民たちは、中華の民ではなかった。
見知らぬ土地と文化の人間で、食糧や酒に違いがあったが今は何でも口に運べるのはありがたい。それから、農具も調理道具も、とんでもなく質のいいものを使っているから、この民達の住む所は、さぞや繁栄しているのだろう。
久しぶりに他人の手の入った食事を貰いながら、民から情報を得ようと、二人は自分達と孫呉のことを話した。そして、味方や敵の正体を探していることも。
民達は、二人の話に困惑しながら顔を見合わせるばかりであったが、甘寧の横に座っていた初老の男がふいに口を開いた。
「呉っていう国は近くになくてよくわからないですが・・・お侍さんに助けられて、何とかやり直しはじめてます。」
「お侍さん?」
「ええと・・・戦屋さん、と言えばいいでしょうか。とても弓の達者な、老齢の肩でした。あとそれから、妖怪たちは”おろちさまの為”と叫んでいました。」
民の言うお侍とは、武将のことを指しているのだろうか。すると、弓の達者な老齢の武将といえば、甘寧の知りうる限り、蜀の老黄忠ぐらいのものだが。それから、おろち様という名も気になる。今は何のことを指しているのか分からないが、覚えていて損はなさそうだ。
甘寧は酒をすすりながら、男の話に耳を傾ける。
「それから以前、この村は山に囲まれて・・・近くの大きな川に行くのに歩いて1日かかる程だったのですが、大きな地震と竜巻のあと、村の東に湖のように大きな川ができたのです。最初はとても大きかったので、川とは分からなかったのですが、3日程前に大きな船が通っていったので、川だと思いました。」
「どっちに行った!」
甘寧と凌統は珍しく言葉を被らせた。
船という単語。もしかしたら、孫呉の船かもしれない。それがもし敵の船であっても、奪えば足が出来るし目印にもなる。
民は二人の気迫にやや気圧され気味になりながら、酒を啜って答えた。
「ええと・・・丁度お二人が来た方向から来て、反対方向に進んで行きました。よくわからないのですが、川の流れも、そのように動いているようです。」
民の答えを聞き終わり、二人は顔を見合わせて小さく頷いた。
6へつづく
オフ用に1年以上前に書いた話なんですが、出しそびれた感がしてw、
この際なのでオンにあげることにしました。
なんだか長くなりそうです・・・