勾陣が落ちた日9(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








その後、甘寧は凌統とともに闘艦一艘と兵をあてがわれ、休息を取ることにした。
凌統が仮眠をとったのを見計らい、甘寧は闘艦をそっと抜け出して陸遜が居る闘艦の船室へと向かった。
向かう途中で、一人の将が甘寧に近寄ってきて、挨拶をしてきたのでそれに応える。
それから、再び陸遜の元へ足を運んだ。

「よう、陸遜。」

陸遜は、布を広げて地図を作っていた。甘寧はそちらにも興味がそそられたが、その話をしに来たのではない。
陸遜は、甘寧の顔を見て小さく頭を下げた。

「どうしましたか、甘寧殿。」
「おい、あれはどういうことだ。」
「あれ、とは?」
「どうして、この軍に凌統の親父がいやが・・」

甘寧が言葉を言い終わる前に、陸遜は素早く甘寧の懐に入り込み、その口元に人差し指をあてがう。

「甘寧殿、もう少し声を小さくしてください。・・・お話しますので。」

陸遜が妖しい笑みを浮かべながら見上げてくるので、甘寧はつい閉口してしまい、近くの椅子に座った。
そうしてやっとにっこりと笑った陸遜は、朱然に人払いをかけて話しだした。


  「私が、各地を船で巡りながら、合流した武将は、3名です。違う民族の武将2名、そして・・・凌統殿のお父上、凌操殿です。」
陸遜は、甘寧と凌統と合流する直前に、ごく小規模の反乱軍が遠呂智軍と戦って敗走している所に出くわした。
反乱軍は三人の将がまとめていたが、兵の数は両手で数えられる程であり、陸遜は直ちに助けにまわった。
その中に、凌統の父である凌操がいたのだ。
凌操も陸遜も互いを知らなかったが、陸遜は名を聞いて驚愕し、真っ先に凌統の顔を思い出した。
陸遜も名乗ると、凌操は陸家のことを大変よく知っていて、助けてくれた礼にと、陸遜の軍に合流したのだ。
凌統の感情のことは頭にあったが、今はそういう時ではない。だが、こんなにも早くに凌統と合流できるとは思っていなかった。しかも、凌操を殺した甘寧まで一緒とは。

(運命とは、どこまでも皮肉なものですね・・・)
「故人が存在している時点で、おかしいことは皆気づいています。遠呂智を倒し、孫呉を復興させるには、今は一人でも多くの味方が必要です。それが、孫呉の将ならば尚更のこと。凌統殿は凌操殿の存在に気づいていますか?」
「いや。でも、あいつに今親父さんの存在を知られたら、まずいぜ。」
「・・・でしょうね。」

甘寧は黙った。

(仇が討てない、仇と体をつないだ、あいつの性格じゃあ思い悩んで脱走するかもしれねぇしなぁ?)

陸遜がどこまで知って同意したのかは知らないが、甘寧自身は、最初は本当に人肌恋しさで凌統を「使った」。
傍にいたのが凌統であったからだった。人間なら凌統じゃなくてもよかった。しかし、走舸を奪ったあたりから、自分の中身も狂い始めた。
凌統との背中合わせの戦は、本当に楽しかったのだ。甘寧が上段を横薙ぎに払えば、凌統は下段を払う。かと思えば、同時に回し蹴りをしていたり。面白いぐらいに息があう。
今まで甘寧は、自分の背中を預けられる人物はいなかったといって等しい。別に居なくてもよかった。1人で守れる自身はある。
だが。
知ってしまったのだ。凌統との二人の戦を。
もう、きっと他では味わえないだろう。凌統は認めようとはしないけれど、それでも相性はぴったりなのだ。

(あいつがどう思ってるかなんて知ったこっちゃねぇが・・・でも、凌統の奴、他の奴らにばれるのは嫌そうだしな。ここは黙っておくか。)

陸遜は黙った甘寧の様子をじっと見ていたが、やがて安堵したように息をついた。

「凌統殿には、凌操殿がいることを悟られないよう、配慮しましょう。」

丁度話がひと段落したところに、見張りの兵卒が転がり込んできた。江の下流より、馬に乗った人間がこちらに近づいてきているらしい。
すぐに甘寧は船室を出た。
一緒に船室を飛び出した陸遜が、朱然に何やら耳打ちをし始めたのを横目に(多分、凌統と凌操のことだと思った)闘艦の最上部へ向かう。
身を乗り出して、目を凝らして下流の河岸をじっと眺める。
いた。
灰色の馬に乗った、髪の長い男。手にしている獲物は、周瑜の持つ古錠刀のような形状だが、もっと大きい。
敵ではないといいが・・・。
やがて、一番河岸に近い走舸から、一人の兵卒が飛び出していったのが見えた。
しばらく兵卒と男が話しをし、やがて男が馬から降りて手綱を引いて歩きだしたのを見て、甘寧は安堵した。






男の名は、島左近といった。
どうやら味方であるらしいと分かり、陸遜も甘寧も、そして昼寝から凌統も起きてきて、喜んで左近を歓迎し船に招き入れた。
左近は中華の民ではなく、この世界に存在しているもう一つの民族であったが、戦に精通し、沢山の情報を得ていた。
左近は、差し出された水を飲み、干し肉を食らいながらゆっくりと話をしだした。

「まさか、あの陸遜と甘寧、凌統に会う日が来るとはね。」
「何のことだ?」
「独り言ですよ。まず、あなたらが今一番欲しい情報から話しましょう?孫家の人たちは、みんな生きてますよ。」

3人が身を乗り出して左近を見た。左近は焦ることなく、ぐいと水を飲んで顎を伝った水を手の甲でぐいと乱暴に拭った。

「孫呉は孫堅さんが人質になってるお陰で、遠呂智軍の手足になっている。それで各地の反乱軍を潰すのに転々としているようですな。」
「やはり、孫呉も属国となって・・・」
「指揮をとっているのは孫策さんだ。孫権さんや姫さんもそれに従っている。だが、孫策さんは、遠呂智から離反したがっている。そして離反したがっているのは孫策さんだけじゃない。魏をまとめている曹丕さんもだ。そこで、渡り軍師をやっている俺はいい情報を持っていて、織田信長っていう・・・多分この世界に存在する、一番大きい反乱軍をまとめてるおっさんなんですがね。その信長さんの目に止まったわけですよ。」
「貴方がお持ちの情報とは・・・?」
「孫堅さんの幽閉場所ですよ。」
「・・・成程、孫策殿と会って遠呂智軍からの離反を促し、さらに曹丕殿の離反も誘発、遠呂智の包囲網を作るのですか。」
「ご明答。流石陸遜殿だ。」
「でもそれなら!俺等をまず孫堅様の所へ連れていけ!殿を助ければ、孫呉もすぐに離反できんだろ!」
「反乱軍の大体の人数や居場所は、遠呂智軍はすでに知ってるでしょうな。反乱軍が孫堅さんを助けに行ったら、あっという間に囲まれて終わりですよ。折角の味方を失うわけにはいかない。だから、内側から崩す。・・・というのも、遠呂智軍にいる女の軍師がまた策士でね。反乱軍を潰すのに、味方同士を戦わせるような卑劣な女なんですよ。」

左近の言葉を聞いた三人は、顔を見合わせて困惑よりも安堵の表情をした。
孫呉はまだ死んではいないのだ。むしろ、鋭い牙をさらに研ぎ澄まして、秋(とき)を待っている。
その秋まで、自分たちも力をつけねば。揺れる船が浮かぶ場所は、世界は違えど長江であることは変わりない。






左近は、中国は遥か前時代・呉の陸遜・甘寧・凌統相手に話をするとは思ってもおらず、ややこの世界を楽しみながら、船から船へと見てまわった。
兵卒たちは忙しなく右から左へ往来し、陸遜は地図を作るために船室に籠っていて、それがひと段落したら左近の情報を伝えると約束している。
凌統が江岸で兵たちの鍛錬に精を出しているのが見えた。
古の武人による鍛錬をこの目で見るいい機会だと、そちらのほうへ足を運びかけたところで、声が聞こえた。
声は自分の立っている船の、壁の中から聞こえる。船室だ。低い声はおそらく鈴の甘寧。そしてもう一人は・・・誰だろうか。気配を殺して、耳を傾けた。

「甘寧とは、貴様か。」
「・・・おう。」
「陸遜殿から色々聞いた。公績が世話になっているそうだな。」
「世話って程でもねぇよ。」
「そうか。我が息子と仲良くしてやってくれ。」

中の気配が動き、船室から武将らしき男が一人出てきた。男は濃い口髭蓄え、瞳は鋭いながら、左近を横目で見ると小さく頭を垂れて通り過ぎていった。

「おい、立ち聞きとはいい度胸じゃねぇか。出てこい。」

船室から声がした。男との話し声とはうって変わった、苛立ちを抑えぬままの、荒々しい声だ。
左近は一度肩をすくめて、何事もなかったかのように船室へ入った。

「誰ですか、ありゃあ。」
「・・・凌統の親父さんだ。」

左近は眉を顰めた。
確か、甘寧は凌統の父を夏口で殺したと、書物で見た。その後、甘寧は孫呉に入り、凌統が甘寧の命を狙ったことはあったが、その後は同じ国の武将として働いていたとも。
ただ、書物には二人のその後の仲までは書いていなかった。先ほどの話の席での二人の空気はとても自然であり、別段悪い空気でもなかった。
この世界は不思議なもので、死んだ者が生きているのだ。信玄も、謙信も。そして信長も。
普通に考えて、父が生きているのだから喜ばしいことだと左近は思うけれど、目の前の甘寧の反応を見る限り、どうやらそうでもないということが分かった。
仇というしがらみを持つ甘寧と凌統の二人にとって、凌統の父の生存を喜べない状況。たとえば、凌統が甘寧を親の仇を討てなくなったとして、それは、つまり。

「お父上が生きてることは、凌統さんは知らないと見ましたが?」
「ああ。」
「でも、あんたも陸遜さんも、凌統さん以外はみぃんな凌操さんを知ってる。凌操さんだって、凌統さんのことを知っているんでしょ?」
「何が言いてぇ。」
「この世界はまず人が少ない。ましてや同じ軍にいるんだ。・・・時間の問題じゃないですか?」

甘寧は何も言わず、江の対岸のほうをじっと見た。
左近の言葉は全くその通りである。いつ、凌統と凌操が船の上で鉢合わせするか、今それが起こってもおかしくはない。
そうなったら、凌統はどんな表情をするだろうか。喜びたいのに喜べない姿が目に浮かんだ。
親の仇を討てていない。むしろその仇と体を重ねたのだ。苛立ちついでに首を狙ってくればいい。
それならばまだいい。
自分自身を追い詰めて、一人どこかへ消えてしまったら。それが一番怖かった。

(鈴の甘寧様が、野郎一人に憶病になるなんてなぁ。)

そこへ、兵卒の声が聞こえてきた。

「申し上げます!前方より、遠呂智軍の大軍が攻めてきました!大将は・・・孫策殿です!」

叫んだ兵卒の声が泣いていた。




10へつづく


次は長坂の戦いになります。
無印世界の甘凌っていうことで。