勾陣が落ちた日10(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








陸遜はすぐに船団を動かした。
敵が来た時を想定して、どこに陣を張るかは既に考えていた。こちらの兵力はごく僅か。できるだけ兵力は失いたくはない。
選んだ先は長坂。

近くの村の民が確かにそう言った。
どうやらこの世界には、土地がばらばらに点在しているようだ。存在すらしていない場所もあれば、勝手知ったる地もあり、また全く知らない未知の土地もあった。
そんな中で長坂を見つけたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
入り組んだ江に船を点在させて隠し、兵を配置した。陸遜のいる場所は坂の上なので、敵が攻めてきたとしても通る場所がほぼわかる。
そして、真っ先に行(おこな)ったのは凌統を呼び出すことだった。

「凌統殿、朱然殿から話が行ったと思いますが・・・」
「ああ、聞いた。孫策殿が攻めてくるってな。敵同士なのは悲しいけど、孫策殿と戦えるんだ。腕が鳴るよ。」

そう言って、妖しく笑ってぱきりと指の関節を鳴らす凌統は頼もしく、陸遜は頷いた。
実は、陸遜は凌統を心配していた。
合肥の前線が撤退したということは、即ち凌統も敗れたということだ。
凌統が死んだ、とは思わないことにした。
撤退は撤退、消息がつかめないだけのことで、生きていると願うのが陸遜自らの役目でもあると再び身に染みて思った。
遠呂智軍の情報が何もない状態で魔物を相手にするのは、相当の武と胆が備わっている者でなければならない。周瑜が凌統に先鋒を任せたのは、凌統にそれに足ると思ったからであり、他の皆もそう感じていたからだ。
凌統は凌統自身がどう振舞っていようと、責任感がひと際強いことは周知の上である。責任感が強ければ強いほど、己を追い詰めることも少なくない。
戦で死ぬより遠呂智に敗れてから、自らの役目を果たせなかったと、自分から命を絶ってはいまいかと懸念していたが、それは陸遜の徒労に終わったようだ。
孫策が攻めてきたという知らせにも、凌統はむしろやっと手合わせができるといって、甘寧とともに嬉しそうにしていたが・・・。甘寧と一緒にいた事が大きいのだろうか。

(あれ程いがみ合っていたお二人が・・・。)

だが、どうしても陸遜はこの段階で凌統に凌操の存在を明かすことはできないと思った。
どうしてかは分からない。
何となくとしか言いようがないのだが、今そうすることは、凌統の治りかけた傷をさらに傷つけるような気がしたのだ。

「凌統殿、孫策殿は猛攻を仕掛けてくるでしょう。」
「だね、遠慮はいらないな。」
「はい。兵を率い、先行して伏していてくださいませんか?」
「了解。あれ?陸遜、あそこの橋はどうすんの?ガラ空きじゃないか。」

流石凌統殿、と陸遜は思った。坂を上ってくる敵を迎え撃つための布陣であるから、総大将を務める陸遜自身は坂を登り切った場所に構えるが、目の前には橋がかかっていて、その橋を攻められれば直ぐに討たれる。
だから陸遜は、自身の近くに凌操を置き、凌統を前線に置いて、親子を離すように別の役目を与えることにしたのだ。さて、何と説明しようか。
すると丁度そこへ島左近がやってきた。

「そこは、俺が守りますよ。ちょっとこの戦場をお借りしたいんでね。それにあの橋は、工作に使えるんじゃないですか?陸遜さん。」
「ええ、火計の工作兵を待機させます。左近殿、お願いできますか?」
「勿論。」
「では、凌統殿、兵と船は既に準備していますので、よろしくお願いします。」
「はいよ。お互いご武運を、ってね。」

凌統はいつものように、少し癖のある笑いを浮かべて、陸遜に背を向けて船のほうに歩いて行った。
陸遜はそんな凌統の後ろ姿を左近とともに見送る。

「・・・で、陸遜さんの後ろは凌操さんが守るわけですか?」
「ええ。」
「甘寧さんは、凌操さんとお話したようですよ。」

そのことも分かっていたが、陸遜は答えなかった。
陸遜が考えることは、凌統のことばかりだけではない。むしろその他のことのほうが重要だった。
まずは、この戦でも生き残ること。孫策はじめ、孫呉の武将達の安否とその動向を確認すること。
そして、左近を孫策と引き会わせること。
左近の意図もわかっている。左近はこの戦で孫策の器量を図る気なのだ。きっと孫策は左近が描く器と、意図を了承するに足る人物。左近が孫策と会う前に撤退しては、遠呂智の包囲網がより遠くなる。

「左近殿。」
「何ですか?」
「例え孫策殿相手であろうと、私はこの戦で全力を出します。孫策殿にお会いしたら、どうかそのまま力になってください。」
「これから、その孫策さんと戦う人の言葉とは思えませんな。」
「そうですね。」

にっこりと笑った陸遜の顔はこれから戦に出る武人の顔というよりは、古い友人に会いに行くそれで、左近も釣られて目を細めてしまった。





「畜生っ!周瑜の野郎、こてんぱんにやりやがって!」

甘寧は覇海片手に長坂から撤退していた。孫策は相変わらずの猛進っぷりで、奇襲に臨んだ甘寧は己の行動を看破した周瑜と対峙、見事に破られてしまったのである。
それだというのにどこか嬉しくて、林の中を走っている今もずっと、口元から笑みが絶えない。

「甘寧!」

茂みから凌統が出てきた。先に撤退して、ここに潜んでいたようだ。

「よう、凌統!派手にやられちまったなぁ!」
「へっ、だな!新しい仲間も見つけたみたいだねえ!」
「イエヤス、だっけ?あいつ等も強かった!」
「どうして遠呂智の下にいるのか、わかんねーな!」
「違いねぇ!」

味方はいない。
船も失ってしまった。
また二人ぼっち。
陸遜は無事だろうか、左近は孫策と話はできただろうか。・・・そして、凌操はどうなっただろうか。
甘寧はふいに色々なことが思い浮かんだけれど、怒濤片手に隣を走る凌統の嬉しそうな表情が視界の端に映り、全てがどうでもよくなって夕暮れの長坂の空を仰いだ。



敵の気配もなくなり長坂の林を走り抜けると、次は青空の世界が広がっていた。
その大地には目にも鮮やかな白壁の巨大な城があった。今まで見たことがない洗練された白に覆われた城は、空の青も伴ってまるで浮かんでいるようであり、2人は暫くそれを眺めるしかできなかった。
しかしその場にずっと佇んでいるわけにもいかないし、こんな城を敵も味方も見逃すわけがない。
二人でぐるりと城の周りを探っていると、その城は軍事要塞であることが段々わかってきた。巨大な櫓(砦であろうか)を囲むように、うず高く積んだ石のせりの下には、水が巡らせてあるため梯子がかけられない。
だから小さな入口から入るしかないようだが、内部も入り組んでいるに違いない。
入口は二つ。片方は小さな町を通り抜け、もう片方は門から櫓までゆったりとした坂が続いている。
見たところ人気はなく、何が潜んでいるか分からない。二人は頷きあうと、こちらからも様子が伺いやすい坂が続く入口のほうへ、素早く回り込んだ。
草むらに身を隠しながら近づいていく。大きな門の所には、見張りの兵が2人いたのだが、その鎧を見て2人はさらに息を殺した。
緑がかった着物は蜀の兵。
凌統は、合肥で襲ってきた遠呂智軍とともにいた人間もまた、蜀の人間だったことを思い出す。
ただ、遠呂智軍の城にしては、禍々しい空気は感じない。反乱軍の拠点になっているとやや賭けながら、そのまま突っ込んでいくことにした。

「おい、凌統。」

一歩足を踏み込んだ凌統は、甘寧に腕を引かれた。何だと振り返ると、待ちかまえていたような口付け。不意打ちを食らって、凌統は僅かに頬を赤くした。

「何だよ。」
「いやぁ?そういやお前を堪能してなかったと思ってよ。」
「・・・あっそ。」
「んじゃ、行こうぜ。」

忘れかけていた体の内の炎が再び燃え盛ろうとしたのを無理矢理かき消し、自分を追い越して先を歩きだした甘寧の肩のあたりを小突いて、凌統も門のほうへ駆けだした。




11へつづく


次は小谷になります。
無印世界の甘凌っていうことで。