勾陣が落ちた日11(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








「私は星彩。燕人張飛が娘。」

城の名前は小谷といった。
拠点にしていたのは反乱軍であった。
よかった、味方だ。
門番にはものの見事に警戒された二人だが、事情を説明し、手勢も互いに居なかったことから場内に招きいれられ、星彩という蜀の女性武将と会った。
この城は、左近の民族たちが築き上げた城らしい。中華の城は主に石でできているが、この城は木を中心にして作られているため、風が通りやすくなっている。
だが、目の前に座る星彩といったら。
風が通り抜ける爽やかな場所であるのに、綺麗な顔は厳しく固まったまま、むしろ重々しい空気を放ち二人を睨みつけるばかりである。
星彩から蜀のことを聞いた。
蜀は、かなり早い段階で遠呂智軍に攻め入られたらしい。星彩は父である張飛とともに、各地の偵察をしていたが、成都が攻略されたと聞き、怒り心頭の張飛は先に成都に帰還したまま音沙汰がなくなってしまった。ただ、成都を守っていた武将のうちの一人と合流できたので、劉備・趙雲・諸葛亮が捕縛されたということを知ったらしい。
甘寧と凌統の二人は、合肥で諸葛亮が遠呂智軍を率いてきて、孫呉は敗北、呉は遠呂智軍の属国となったことを話した。

「そう、貴方達と私、立場は同じなのね。」

低い声で呟いた星彩は、ふいに俯いて表情を曇らせた。だが、それも一瞬のこと。すぐに顔を上げてみせる。

「ありがとう、話を聞いて安心した。きっと劉備殿も無事。父上が劉備殿を守ってるはずよ。」

そこで、凌統の口元が少し引き攣ったのを甘寧は見逃さなかった。
そして、凌統が星彩の言葉の何に反応したのかも、同時に分かってしまった。
丁度その時、星彩の元へ、将の一人がやってきた。

「星彩殿!敵が攻めて参りました。敵は・・・孫呉です。」

甘寧は驚いて目を見開いた。凌統も僅かに首を横にして、将の言葉に耳を傾ける。
長坂の時はよかった。まだこちらにも陸遜や朱然といった、自分達以外の武将や兵力、そして長坂というある程度見知った物が備わっていて、不足が多い中でも軍の統率と士気を一定に保ちながら、ある程度策を用いて戦うことができた。
しかし今回は違う。知らない土地、陸遜は再びはぐれてしまったし、本当に寄せ集めの軍で、相手は・・・

「また孫呉相手かよ。」

凌統の舌打ちが甘寧の耳に届いた。
本当に孫呉は属国となってしまったのだろうか。例え孫呉の将がいたとしても、反乱軍ならば潰すというのだろうか。
でも、ここで死んだらいよいよ終わりだ。
甘寧は覇海を握りしめた。

「甘寧、貴方は金吾丸を守って。凌統、小丸をお願い。北の砦に援軍が来るはず。着陣したら、援軍と合流して山田山砦に入って。」
「へいへい。いきなり呼び捨てって、肝座った姉ちゃんだな。」
「仕方ねぇ。相手してやるとすっか。ちゃんと守れよ、凌統!」
「あんたに言われたかないね。」




それから、甘寧と凌統の二人は、互いに別々に城の中に陣を敷き、孫呉を迎え打った。
矢張り孫策は強かった。
星彩に言われて素直に甘寧は金吾丸にいたが、孫策の猛進は衰えるどころかさらに勢いを増している。援軍が到着する予定だった砦もすぐに制圧されてしまった。
その勢いで山田山砦も取られ、砦の壁を破壊、小丸を守っていた凌統が中丸を守らざるを得なくなってしまった。
凌統も星彩も危ない。甘寧は黙って見ている訳がなく、それまで独断で進軍しようとしたのを星彩に止められていたが、とうとう敵の本陣に進軍を開始した。
しかし、金吾丸に向かっていた別動隊と真っ向からぶつかったことにより、元より少なかった兵は次々と倒れ、撤退せざるを得なくなってしまった。
ただ、敵の別動隊のなかに長坂にはいなかった太史慈の姿を見た時、甘寧は何かを察した。
孫呉の武将等はもしや人質に取られているのではないか。そこへ凌統が撤退したと伝令の知らせがはいる。

(こうなっちゃあ、小谷が落ちるのは時間の問題だな・・・。さて、凌統はどこだぁ?)

小谷の獣道を走りながら、目を凝らす。
いた。
少しばかり手や頬に傷を作り、まるで待ちかまえていたかのように木に背を預けて立っていて、甘寧の存在に気付くと、木から背を離して肩を竦めて困った顔をする。
軽く片手を上げて答えると、2人並んで歩きだした。

「やれやれ、また派手にやられちまったね。あ、山田山砦の壁をぶっ壊した張本人が分かったぜ、左近さんだ。」
「あのおっさん、無事孫策と会えたってわけか。俺もよ、孫策と一緒に太史慈さんがいるのを見たぜ。」
「・・・仲間内との戦いも飽きちまったなぁ。」
「だな。孫呉の面子が揃わねぇと調子が出ねぇ。」
「そうだね。あ〜あ。早く孫策様、離反しないかねぇ。」

孫呉とともに戦いたい心はあれど、遠呂智の下で飼いならされるのは御免だ。2人とも同じようなことを考えながら、歩いていた。
だが、甘寧は気づいていた。
凌統の様子がおかしい。
目をあわせようとしない。気持ちが悟られないように配慮しているのが手に取るようにわかるが、隣でやや伏し目にして前に進む姿をしてもらっていては、まるで察せと言っているいるようなものだ。甘寧は横目で様子を窺うように片眉を上げ、小さくため息をついて空を仰いだ。
詮索はしない性分だ。
だから、凌統が何を考えて気を落としているかなど、甘寧は分からなくてもいいと思う。
でも、凌統は弱音を吐かない奴だ。一人で悩みぬいて悩みぬいて、勝手に爆発して、とばっちりを受けるのは慣れているけれども。
甘寧は、凌統のほうを振り向いて口を開いた。

「んで?お前はまた何考えてやがる。」

凌統は、意外そうに目を見開いて、目をそらして笑った。

「考えてっつーか・・・改めて思い知ったっつーか・・・」
「・・・何だよ。」
「星彩さんは親父さんが生きてるって信じていて・・・こんな変な世界だ。・・・俺の父上も、どこかで生きてるのかなって、思ってさ。でも、父上が立ってる、息をしてるってことが信じられないんだ。目の前で死んじまったから。どんどん体が冷たくなっていったから・・・てめぇに殺されてな。」
「・・・。」
「父上が生きていたら、嬉しいかもしれない。でも、父上とあんたが肩を並べてる所なんて俺は見たくないよ。それはあんたに対しての憎悪じゃない。ただ俺が、見たくないだけなんだ。」

そういえばこいつだけ、自分の親父さんが生きてるって知らねえんだったけな・・・。
凌統は、星彩が口にした“父”の単語に引っかかっていたのである。
甘寧自身は自分が殺した凌操はこの世界に存在していて、会話までしている。なのに凌統だけが、父の存在を知らない。
いっそ、一度関係を壊してしまったほうがいいのかもしれない。そうした後の凌統の反応だって、読めないのだし。
元々仇から始まった関係だが、それは凌統が己に対しての気持ちであり、甘寧は凌統に対しては最初から同遼のつもりでいる。・・・流石に孫呉にやってきた当所は、僅かに意識したものだが。
世界が変わり、途切れた関係が再び蘇ろうとしている。この世界で、凌統と繋がった関係はどうなるだろうと甘寧は僅かに考えたが、凌統が手放そうとしても捕まえておけばいいだけの話だ。

(俺が・・・こいつを捕まえておくって逆じゃねぇのか、なぁ?)
(ま、こいつの体が悪くねぇのは確かだがよ)

甘寧は何事もなかったように俯いた凌統に向かって乱暴に口を開いた。

「その、てめぇの親父さんが生きてたらどうなんだ。」

凌統は、知るかと言いかけてはっとした。ゆっくりと顔を上げ、甘寧を見つめる。
膝の前あたりに垂れた指先が、小刻みに震え始めた。

「どういう意味だよ。まさか、あんた・・・」
「てめぇの親父さん、生きてるぜ。」
「・・・何?」
「長坂で会った。話もした。“公績と仲良くしてやってくれ”だってよ。」

甘寧が言い終わったその瞬間、凌統は跳びかかるようにして肩をを掴みこんできた。歯を食いしばり、茶色の瞳に怒りを乗せて。凌統の指も手もきつく肩に食い込むが、甘寧はむしろ情事の時に肩に腕を回された感触を思い出して、目を細めた。
同時にまた、忘れかけていた凌統のむき出しの憎悪は、心地よさすら覚えて、甘寧は唇の片方を釣り上げた。

「どうして・・・あんたがっ・・・!」
「どうしてって、俺が知るかよ。そういう成り行きだったんだ。」
「どうして・・・!」

どうしてと呟く凌統の瞳が潤み始めた。
どうしてと言われても理由など甘寧だって分からない。
凌統と出会ってから続いている運命の糸のようなものが、この世界に来てやや細くなり、見えなくなりかけたのがここに来て再びはっきりと見えてきただけだ。
だからといって凌統を気遣ったり、在る者を無いという嘘は、他の人間にとっては優しい嘘になり得るのかもしれないけれど、甘寧にとってはそんなもの、ややこしくなる材料でしかない。

「ちっ・・・!」

凌統が、甘寧を拒絶するように、首にかけた手を乱暴に離して背を向けてみせた。
そして、もの凄い速さで、どこかに駆けていってしまったのである。




12へつづく


次から二人別行動です。
無印世界の甘凌っていうことで。