勾陣が落ちた日12・凌統(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








がむしゃらに走った。
息が切れても、考えることをしたくなくて、大きく息をしながら足を運ぶことを止めず、ひたすら歩いて再び走りだす。
いくつもの空の下を横切り、やっと膝に手をついて立ち止まった場所の空は、夜であった。
凌統は、顎を伝い落ちる汗を手の甲で拭い、何度か大きく背中で息をして、近くにあった大きな木にもたれ、そのまますべり落ちるようにしてとうとう寝転がった。
額に貼りついた前髪を掻きあげながら空を仰いでみれば、満天の星が広がっていた。最初にこの世界で見た夜空よりも星の多い空で、いくつもの流れ星が空を駆けていく。

(そういえば、甘寧と初めてヤっちまった時も、こんな空だったけな。)

放り出した手の下にあった土を、ぐしゃりと握って拳を叩きつけた。
涙は出ていない。
むしろ、父上はどこにいたのだろうかとか、甘寧は父上とどこでどんな話をしたのだろうかとか、そんなことばかりを思い描く。
けれど口には出せない。そんな話に素直に耳を傾ける余裕などなかった。
一体今更、どこから飲み込んでいいのかわからなかった。
甘寧が孫呉にやってきて間もない頃、奴に向けた矛先は、あんなに憎しみに染まっていたのに、いつの間にか鞘に収まりかけている。
さらに、父が生きているとなれば、刃を向ける先を失くしたも同然だ。けれど、偽りのこの世界で、全てが鞘に収まりきっているわけではない矛を、半ば無理矢理収めていいのか。それで納得できるのだろうか。己に問いただしてしまう。甘寧から身を遠ざけた理由は、そんな悩みから逃げたかったからのようで、凌統は自嘲的に笑った。

(一人になっちまったな・・・。)

少し冷たい風は、走って火照った頬を心地よく撫でていき、束髪を揺らして、息をついた。
走ってきた道などわからないし、戻ろうとも思わない。
さて、これからどうしようか。
自分が核となって反乱軍を吸収していくか。核となるには行動するには少し遅すぎるような気もするから、反乱軍を見つけてそこに属するのが妥当だろう。

「腹減ったな・・・。」

凌統は木の幹から腰をあげると、再び歩きだした。
一体何を求めればいいのか。
いや、今は己に降りかかる全てを払いのけ、とにかく敵を倒すしかないと自分に言い聞かせながら。



歩き始めて暫く経ち、夜空の下で大地の明るい一角を見つけた。
耳を澄ましてみると、戦火のような声が聞こえる。どこかの軍が戦をしている、急いでそちらのほうへ走っていく。

「どうやら遠呂智軍とどこかの軍がやりあってるらしいな。」

遠呂智軍の数は相変わらず多数であるが、反乱軍の兵は今まで見てきたどれよりも多い。勢いは、遠呂智軍より勝っているように見えた。

「ん?」

目をこらしてみると、戦っているのは黄の衣を着た不思議な雰囲気を持つ男であった。杖から火を噴いたり、風を起こしていたり、奇抜な術で奮闘しているが、男が相手にしている遠呂智の一軍はどこかおかしい。斬っても数が一向に減っていないのだ。そして、とうとう男が息切れを起こしてきた。
まずい。
背中の帯にかけておいた二節棍を後ろ手に握りしめ、草むらから跳んだ。
黄色い男の背後を狙って剣を構えた妖魔めがけて、渾身の踵落とし。
地面にめり込んだ踵は、衝撃を伴って男の後ろにいた遠呂智軍の兵たちを吹き飛ばした。

「おお、そなたは・・・!」
「巡り巡ってここまで来たが、これも何かの縁ってな。どこのどいつか知らないが、助けてやるよ!」

(丁度、鬱憤晴らしたかったところだしね。)

「おお、汝の善行、天も読み従おうぞ!」

男の空に漂うような声に力強く頷き、凌統は久しぶりに武を振るった。
戦いながら戦場を少し把握しようとする。黄色の衣の男が進軍してきた後ろには、味方兵が陣を敷いているようだ、後方には気を配らなくてもいい。
前方には、扉の開いた砦があるが、造りからしてどうやら中華の砦のようだ。その砦から敵兵が湧いて出てくる。あの砦を制圧したい。しかし、この切っても切れない兵というのは少々厄介だ。奴らは斬れないのに、持っている刀は本物のように袖を切り裂いた。

「厄介だな。こいつらは幻影ってかい?きりがねえっつの!」

そこに、突然黒馬で駆けてきた将が、凌統の目の前の幻の兵を切り捨てて、大きく馬を迂回させて凌統の目の前に止まった。
黒い。
甲冑も、背負った羽も、瞳も、放っている気も。
戦の最中であるのに、この戦場を超越しているような絶対的な存在感。
遠呂智ではない、人だ。
しかしこの人中にはあるはずもない黒い気は、何と比喩すればいいのか。ただ、この男が反乱軍をまとめる将だと凌統は瞬時に悟った。
騎乗の男が、異界の扉を開くように薄い唇をゆるりと開いた。

「奇術など、無価値。」

男は馬首を砦のほうへ向ける。

「くだらぬ幻影よ。操る将を・・・討て。」
「なあ、大将!」

走りだそうとした将に思わず凌統は話しかけた。黒い将は騎乗で止まったまま振り向かない。

「俺もあんたの軍勢に入れてくれよ。仲間とはぐれて、一人ぼっちの身の上でさ!」
「クク・・・よかろう。」
「それから、あんた、名前を聞いていいかい?」
「・・・・・・・・織田、信長・・・ぞ。」

ぽつりと、そこに黒い気を固めて置いたかのように男は己の名を呟いて、紫の気を放つ剣を一振り、駆けていった。

(ああ、あの人が左近さんの言ってた・・・。)

だとすれば、この軍は反乱軍でも一番の勢力、遠呂智に一番近い勢力といっていい。これは大当たりだ。暴れ甲斐があるではないか。
やっと、この世界で思う存分武を振るうことができる。なんだか、甘寧が言いそうな言葉が心に浮かんで、凌統は今は何も考えるなと顔を大きく横に振った。

「さってと。俺も本腰入れて、協力させてもらうぜ。」

凌統は、黄の衣の男が前方の砦に凄い勢いで突撃していったのに続いて走りだした。




12へつづく


官渡でした。
張角初めて書いた。これから書く時あるのだろうか・・・。