勾陣が落ちた日14・甘寧(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








甘寧はふらふらとあてもなく、一人歩いていた。
怪しい紫の雲に覆われた空だった。
その下に広がる大地も、灰色の砂利が広がるなかに焼けただれたような大地が点在している、寂しい場所だ。

こうして彷徨うのは、孫呉に向かって江を下っていた頃を思い出す。ただ、あの時は周りに沢山の手下というより仲間がいて、毎日が馬鹿騒ぎで、とても楽しかった。
それから、この世界に来たら隣に凌統がいた。凌統と行動を共にしている時は、大勢との楽しみとは違う楽しさがあった。あっちが全力で向かってくるから、こちらも全力で対抗する。心地いい背中あわせ。そうして生まれる絶妙な波長は、今までに感じたことがない。閨も然り。涼しい顔の内に秘めた肉欲は、何度肌を重ねても心地いいが、それは体躯そのものだけではないような気がする。
けれど、凌統の父が存在することによって、変わってしまうのかもしれない。
それはそれで、いい。何も無かったことになるのだ。凌統にとっては、それが一番いいのかもしれない。
幾つもの出会いと別れを見てきたじゃないか。
何と何がいつ、どこで繋がって、途切れるか。そんなもの知る訳がない。

あいつ、どこに走ってったんだかなぁ。」

空に向かって呟いた口調に、寂しさが寄り添っていたことに、甘寧は気づかなかった。

「貴様、何をしている!」

突然前方の岩陰から数人の兵が出てきた。
兵たちは各々獲物を構えていて、上の空で歩いていた甘寧は一瞬驚いたが、みるみるうちに鋭い笑みを浮かべ、いっそ舌舐めずりをして覇海を一振り、兵達を睨みつける。

「へっ、丁度暴れたかったところだぜ。いいぜ、かかって来いよ!」

その咆哮に恐れをなした兵たちは皆腰が引けてしまい、誰ひとりとして刃を交えようとしないものだから、拍子抜けした甘寧は、舌打ちをして慄いた兵たちの脇を通りすぎて再びあてどもない道を行こうとする。

「待たれよ!」

後ろから、すっきりとした目の覚めるような声が聞こえて、ゆっくりと振り返った。
そこには、巨大な錐と、特徴のある兜を手に持った優男が立っていた。口元に湛えている笑みは引いてしまいたくなるほど爽やかで、この世界には不自然な程似合っていない。
男は和やかに甘寧に近づいて、丁寧に一礼してみせた。

「其は浅井長政。この近辺にある城に、他の武将達とともに籠っているのだが・・・そなたは遠呂智軍の人間ではなさそうだな。」
「てめぇも、か?」
「ああ。反乱軍、というには守勢でいるし、他の勢力との連携も乏しいが、そういうことになるだろう。最近この辺りにも遠呂智軍が攻め入るようになってきたのだ。そなたは、ここで何をされていた?」
「仲間とはぐれちまってな。ぶらぶら歩いてたってわけよ。」
「ならばどうだろう、其達の陣営に加わらぬか?ああ、加わらずとも、少しの間だけでも、我が軍で疲れを癒していくといい。」
「・・・そうだな・・・今のところ行くあては無ぇからよ。ここで暴れさせてくれや。」
「それは心強いな。失礼するが、そなたの名は何と申す?」
「甘寧ってんだ。」

名乗ると、長政は金色の瞳をやや見開いてみせたが、すぐに再び満面の笑顔を作って、握手を求めてきた。

「そうか。よろしく頼む。甘寧殿。」

長政の手は一向に引っ込まず、むしろそのまま固まっているので、甘寧は少しばかり照れくさく後頭部を掻きながら、その手を握りかえしたのだった。





長政の陣営には、見事に中華の人間はいなかった。
だからだろうか、甘寧に言葉をかける者は長政以外に誰ひとりとしていない。甘寧の姿をみると皆怯えるようにして、遠くにいる者はどこかへ引っ込み、近くにいる者はそっと横に逸れて、小さく礼して去っていくのだ。
そういう扱いには慣れている。自分は見た目が派手で、受け入れづらい気を放っていることは知っていた。とはいえ自ら直そうとは思わないし、ぞんざいに扱われて当たり前とすら思う。

(しっかし、暇だぜ・・・。)

中心になっていたのは堅牢と謳われた中華は陳倉の城であった。甘寧は貰った兵糧を食べながら、城壁の石と石の間を手でなぞって歩いていた。
他の将たちは、それぞれごく少数の兵を率いて、城周辺を警護して回っている。だが彼らが行っているのはそれだけで、長政の言うとおり誰ひとりとして他勢力と連絡を繋ごうという者も、遠呂智軍に率先して攻め入ろうという者はいなかった。
たまらずに甘寧は、すぐに自分の見てきた世界を長政に伝えた。
この世界と遠呂智軍の実態、他の反乱軍が包囲網を作ろうとしていること。
だが、長政はにこやかに笑うだけで、むしろ伝えてくれた甘寧に礼を言い、その場は終わってしまった。

(飯を貰っちまった分は働きてぇ所だが・・・長政にゃあ悪いが、とっとと抜けて、喧嘩売りに行ったほうが早ぇかもなあ。)

石の階段を上り、城壁の上に辿り着くと、甘寧はそこに腰を下ろして遠くの景色を眺めた。
小さく鼻から息をつく。
随分遠くへ来た気がする。
凌統はどこへ行ったのだろうか。孫呉の誰かと合流していればいいが。
自分は誰と合流してもよかったが、凌統は孫呉の誰かといてほしかった。父親であってもいい。自分がいない所で父親と再会するのが、凌統にとって最良であるような気がした。
それは、凌統の中の、己へ対する憎悪が全て消え失せることでもある。

(くだらねぇな・・・。過去なんて消えるわけねえだろ。)

途切れるというのは、ただ、声が聞こえなくなるとか、顔が見えなくなるとか・・・。
ふと、人の気配がして振り向いた。
そこには、この紫の空など似合わない女が、甘寧を見つめながらにこやかに笑って頭を垂れた。




15へつづく


今度は甘寧独り旅。
甘寧は遠呂智世界で長い事独りでぶらぶらしていそうです。