勾陣が落ちた日15・甘寧(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








女は、長政の妻で、お市といった。

「すみません、将たちがとんだ無礼をしていますね。」
「気にしてねぇよ。」
「ありがとうございます。」

お市は、甘寧の隣に並んで甘寧の視線の先を一緒に見つめる。

「あの将達は、皆長政様を頼ってきた者達です。」
「・・・。」
「長政様は信義溢れるお方です。将や兵、皆を守りたい一心でこの城に居ます。私はこの世界に来る前に、長政様を失いました。お兄様・・・織田信長に討たれて・・・。」

横目でお市を見ると、少しも表情を変えずにまっすぐ前を見つめていた。
ぬるい陳倉の風が二人の間をすり抜けてゆく。

「ですが長政様は、自らが討たれたことを存じていません。ですがそれも詮無きこと・・・。」

お市の話を聞いていて、甘寧は凌操と話した時のことを思い出していた。
凌操は、自分が討たれた時の記憶どころか、甘寧の存在すら失っていて、普通に取り留めのない会話すら交わした。
消えゆく記憶が残っていたら、どうなっていたか。考えるまでもない、この心の臓を狙ってきていただろう。甘寧は、小さく息をついて、城壁の石に座ってお市の顔をのぞきこんだ。

「お市さんよお、どうしてそんな事、俺に言うんだ?」
「長政様から、甘寧殿が見たこの世界を伺いました。・・・この世界が存在するのは遠呂智という者の仕業であっても、私の持つ記憶や以前の繋がりと、この世界で得る絆・・・詮無きことだとしても、両方とも私の真実だということを、確認したかったのだと思います。」

お市の言うことは、嫌に納得した。むしろ、甘寧自身の内でぼんやりと考えていたことが、浮き彫りとなったぐらいだ。
凌統と父親が生きている時に合っていれば、普通の同僚であったろう。
そうなった時、他の同僚と一緒のくくりにされて、そして今以上に言葉を交わすことはなくなって、自分以外の奴等には優しく接しているあいつのことだから、自分にも本気を見せず、優しく接していたかもしれない。
(・・・ちょっと考えたら気味悪ぃぜ、俺に優しくする凌統ってよ・・・)

考えていたら、何処にいるかも分からない凌統にどうしようもなく会いたくなった。
脇腹の、凌統が唇をつけた傷を無意識になぞる。
自分を語るのはしねぇほうだがと前置きをして、甘寧は口を開いた。

「俺も、あんたみたいな野郎を知ってるぜ。」
「まあ・・・。」
「あいつの場合、死んじまったのは親父さんで、その親父さんを殺したのは俺なんだけどよ。俺が仲間に入ったら、そりゃあ本気で首を狙われたぜ。」
「・・・。」
「しかもあいつと一緒にこの世界に来た。あいつの親父さんも、この世界で生きてる。あいつに親父さんの存在を教えてやったら、一人でどっかにいっちまって、はぐれたってわけだ。」
「・・・。」

お市はほほ笑みを絶やさず、数歩歩いた。何かを願うように、胸元で細い両手を組み、そしてそっと空を仰いだ。

「縁、絆・・・。数多の星の如く存在していますね。運命の一言は深いものです。けれど、それがなければ人は生きていけないのかもしれません。」
「・・・。」
「甘寧殿と、その方が、どうか少しでも近づけるよう・・・。」

近づいているも何もと考えた所で、お市の顔色がさっと変わった。お市の瞳は確実に何かを捉えて離さない。
甘寧は何かと体をひねって己の背後をみると、遠くに見える砦に、大きな軍勢が陣形を作り始めているのが見えた。
牙旗の文字は「曹」の文字を掲げている。

(魏、かよ・・・!)

確か、曹操は死んだはずじゃあなかったか。だとすれば、曹丕が率いているのか。どちらにせよ、属国となっている曹魏だ。武将は何人かいるだろう。今まで通り劣勢になることは否めない。
だが。
久しぶりに大暴れができそうだ。甘寧は、覇海を握りしめて意気揚々と立ち上がった。





すぐに長政は将兵を集め、戦評定を開いた。甘寧はその様子をじっと後ろで見ているつもりで、一番後ろに気だるく座っていたのたが、今回の敵である曹魏を知っているのは甘寧のみであったから、何度も意見を求められ、それに応じて答えを述べた。
無駄なことは一切言わない。戦になれば相当の働きをすればいいのだ。
甘寧は、陳倉の城壁内の本陣手前で陣を張ることになった。本当はもっと前線に出たかったのだが、長政曰く、城門を守ってほしいと言われてしまった。
仕方なく応じているはいいものの、戦況は思った通り全くの不利で、援軍の着陣地も制圧されてしまい、お市も拘束されてしまったと知らせが届いた。
やはり敵の指揮を執っているのは曹丕であり、他にも魏の将何人かが曹丕の元にいるようだ。その中には、合肥で共闘した張遼もいるという。
東の間道には曹魏の大軍が攻め寄せ、城の西側からは妲己が攻めてきたというし、城壁の砦もとうとう制圧され、甘寧は城壁に足をかけて敵の本陣のほうを見た。
丁度城壁の下で、隻眼の将が囮となって敵を引きつけている。あれは夏侯惇だろうか。あの男を潰せば、敵本陣は丸腰同然となるだろう。
そう思った途端、城壁から飛び降りていた。久しぶりの戦は劣勢だが、それを覆すくらいの志気は大いにあり、ああ、ここに凌統がいたならと思ったらさらにぞくぞくした。

「へっ俺が敵本陣に突っ込んでやるぜ!」

空中で覇海を振りかぶり、思いきり夏候惇の脳天目掛けて叩きつけた。
夏侯惇はすぐに上空の並々ならぬ殺気に気付き、咄嗟に後方へ跳んだ直後、自分の居た足元に刃が突き刺さった。柄を握っていた男は顔をゆっくりとあげると両眼は獰猛に見開き、にやりと笑った。

「・・・お前が相手か。・・・いいだろう。」

夏侯惇は男の形(なり)を見て、すぐに孫呉の鈴の甘寧だと分かり、すぐさま麒麟牙を構え直し、真っすぐこちらに向かってくる甘寧を迎え撃つ。

「てめぇ、夏侯惇だな。売られた喧嘩は買うぜ!」
「ほう。威勢がいいな。だが戦と喧嘩は違う。」

呉に加勢した張遼から、この鈴の甘寧と共闘したと聞いた。刃を交えるに等しい武を持っているとも聞いたが・・・成程、受け止めた刀は肩まで痺れる程に重い。次に来るのは刃の横薙ぎかと思えば回し蹴りで、荒々しくも中々次の手が読みにくい相手だ。これは張遼が心湧くのもわかる。・・・だが。

「俺は孟徳を探さねばならん。それに、曹丕は貴様の腕を欲しがっている。」

甘寧の猛攻を受け止めながら、その動きをじっと見ていた夏侯惇は、少し間合いを取ると静かに息をついた。
独つ眼(ひとつめ)のいい所は、両眼より真を捉えやすいという点だ。甘寧の体がふと消えた。上から鈴の音。狙いを定める時間はない。麒麟牙に力を込めて、上空目掛けて3度斬り払った。
数拍置いて、夏侯惇のやや左方に甘寧の獲物が地面に突き刺さった。
ほぼ同時に甘寧の体が目の前にどうと倒れた。

「ってぇ〜・・・。畜生、突っ走りすぎたか。」

普通ならば致命傷を負うほどの斬撃のはずだが、そこは名のある将といったところか、額や腕から血を流す程度の負傷で、夏侯惇は大げさに舌打ちをしてみせた。

「連れて行け。」

近くの兵に甘寧を捕縛するように伝え、甘寧の獲物を大地から抜き取ったとき、丁度陳倉城内から勝鬨があがったのを聞いて、夏候惇もまた本陣に踵を返した。





魏の本陣となっていたのは、夷陵だった。そこに甘寧と一緒に捉えられた長政とお市、そして諸将たちと共に連行され、曹丕の前に出された。

「敗軍の将は死あるのみ・・・。我が信念、貫かせていただきたい。」
「長政様と命運をともにしとうございます・・・。」
「ちっ、遠呂智をぶちのめす前に捕まるとは・・・煮るなり焼くなり、好きにしろ!」

しかし曹丕はすぐに刀を持たず、三人を品定めするように周りをゆったりと歩き、そして再び目の前にやってくると口を開いた。

「ふっ、皆死を望むか。丁度いい。これから我らは遠呂智と決戦を行う。我らに付き従い、この戦に参加せよ。そこをお前の死に場所とするがいい。」
「曹丕殿は、遠呂智軍ではないのか?」
「違う。我らは曹魏。遠呂智に抗う一国だ。」

長政はじっと曹丕の冷たい瞳を見つめ、思案するようにそっと瞼を閉じた。

「・・・分かり申した。曹丕殿。我が信義の槍、曹魏のために振るおう。」
「ま、遠呂智と決戦ってなら大暴れできるってこたぁな。世話になるぜ。」

そうして、甘寧はまた、一時の止まり木を得たのである。





それからすぐに、長政が他の将たちに挨拶がしたいというので、何となくそれについていくと、石兵八陣の手前で警護に当たっていた黄蓋と目があった。
孫呉の宿将は、甘寧の姿を見るなり、酷く驚いた表情でしばらく固まっていた。しかし、すぐに破顔して柱のような腕を広げて駆け寄ってきた。

「甘寧、甘寧ではないか!」

黄蓋の体にきつく抱きつかれて、少し息が苦しくなって何とか黄蓋の体を離そうともがいた時、肩にぽたりと何かが落ちた。
何だと睨みあげた甘寧はぎょっとした。それは黄蓋が流していた涙であったのだ。日に焼けた固い皮膚の上を流れる涙の真意を少しだけ感じとり、仕方なくなすがままにすることにした。

しばらくして、黄蓋と話をした。
黄蓋は孫呉の誰とも落ち合うことなく、反乱軍として戦っていた。遠呂智の下にいた曹丕に、何度となく戦を仕掛けて悉(ことごと)く敗れ、その度に命を助けられた恩義に報いるため、甘寧が加わる直前に曹丕に降った。
魏にいた孫呉の将はこの黄蓋だけであり、黄蓋は曹丕づたいに孫堅や孫策、孫権・尚香が生きていることを知っていたが、この世界に来て、こうして初めて会話をする孫呉の将は甘寧が初めてだったので、つい涙が出る程嬉しかったのだという。
甘寧も、その他の孫呉の将達に会ったことを伝えた。
周瑜や太史慈、呂蒙に陸遜。それから、凌統。
甘寧の話を聞きながら、黄蓋は突然どこかへ消え去り、しばらくして戻ってくると、腿くらいの大きさの皮袋を二つ持って戻ってきた。

「酒だ。」

袋のひとつを甘寧に投げてよこし、隣に座ってにこりと笑う。

「まずは孫呉の将と出会えたこと、祝杯をあげねばのう。」

そういって、袋の口を銜えて呷った。甘寧も、それに倣って口をつける。久しぶりの酒はとても旨かった。喉を鳴らして何口も飲みとうとう飲みほしてしまった。

「こんなにも孫呉から離れたのは、この黄公覆、生涯はじめてよ。誰にも相見えず、殿の元にも行けず。恥ずかしい事この上無きや。だが、そうか・・・。皆無事ならば、孫呉は再び蘇るのだな。甘寧よ、儂は嬉しい。亡くなった孫堅様、孫策様、そして孫権様が皆、孫呉にいるのだぞ。この世界で天下を目指す気になれば、掴むことができる。」
「おう。とっとと遠呂智に喧嘩売って、孫呉に帰ろうや。」

そうだな、と言って、黄蓋は皮袋の口を大きく呷り、唇の端から酒を溢れさせて飲みほした。
ぐいと、顎を拭いながら前を見やる。
それから、ずっと黄蓋は黙っていた。
老将の沈黙は頼もしい。
こちらから語らなくても伝わってくる何か、返ってくる空気があるのだ。
甘寧は凌統と共にこの世界に降りたことや、凌統の父の凌操が存在していることを黄蓋に報じてはいないが、言葉に乗せる前に存在の是非を考えることすら馬鹿らしくなってくる。
結局、過去を顧みて居やすかった孫呉。
黄蓋も己も、孫堅や孫策、孫権、そして凌統も、凌操も、孫呉が帰るべき場所でしかないのだ。
甘寧は、空を仰ぎ見た。
凌統と体を繋いだ夜空とは全く別の、曇り夜空が広がっていた。

「早く、孫呉に帰りてぇぜ。」
「そうだな。」

黄蓋の同意は柔らかい重さを持って降りてきた。




16へつづく


甘寧、魏軍合流。
しかし戦国2の長政様はかっこよかったですね・・・。