勾陣が落ちた日16・凌統(無双OROCHI無印甘凌)








※無双OROCHI無印ベースの話です。








信長が広め、諸勢力が紡いだ遠呂智包囲網は功を奏した。
魏、そして呉共々が連携を図った結果、遠呂智に捕らわれていた劉備を探し求めていた蜀勢力も離反し、ついにこの世界を作った張本人である遠呂智を倒したのだ。
先に戦を仕掛けていた曹丕と、死んだとされていた曹操の魏のもとへ、援軍として駆け付けて武を奮っていた凌統の耳に、聴き慣れた音が入った。
鈴。
思わずその方向に首をめぐらす。

(ああ、あいつ・・・生きてたか)

ほっと肩を降ろした己に、凌統は気付いた。それは”安心”だ。
仇なのに、生きていてよかったと心から思う。
それは、もう・・・。
凌統はふうと小さく息をつき、今は深く考えるべき時ではないと自分に言い聞かせ、禍々しい気が立ち込める城に向かって棍を振るい、走った。





凌統は、遠呂智を倒した後も少しの間だけ、小喬と一緒に信長の所に世話になっていた。
信長軍も孫呉も、そして魏や蜀も、遠呂智討伐に全力を注いでいたため、一刻も早く国をまとめる必要があり、並行して各地に散らばっている各国の武将たちの受け入れの準備をしていた。
陸遜は、孫策の援軍として赤壁に向かい、既に一足早く孫呉と合流していて、信長軍と孫呉は陸遜を通じて密に連絡を取り合っている。

信長の元にいる間凌統は、日の本という国を取り巻くさまざまなものを、見て回っていた。
どれもこれも、その技術に瞠目せざるを得ず、感嘆の声が出るばかりであった。
信長が根城にしていた大坂城は、小谷の城よりもずっと豪華絢爛で、秀吉が作り上げたのだと聞いたときは何となく納得いった。だが、案内してくれた光秀が言うには、信長の本来の城の安土城という城はもっと凄いものだったらしい。
それから、武器の数々には特に目移りした。錬成された刀や軽量化された弓。ただ、刀だけは周泰が使っているものによく似ていて、ゆるりと煙立つような刃に魅せられて手にし、光秀相手に一度手合わせをした。
それから鉄砲、大筒など、火薬を使う武器は周瑜や陸遜が興味を示すだろうなと思っていたら、光秀曰く、“火薬を炎ではなく発砲に使うとは邪道です”と、既に陸遜に言われたらしい。さらに陸遜は、いつの間にか火計の利点について弁を振るっていたというので、凌統は笑うしかなかった。




孫呉から使者が来て、ようやく帰るべき所へ帰ることができた凌統は、まず孫家の主たちに謁見し、先に集まっていた仲間たちと、互いの無事と戦勝を大いに労った。
”凌統殿が帰還する以前から、そして帰ってきた後も、孫呉の夜は連日宴が続いているのですよ”とは陸遜の弁。
遠呂智を倒した記念の宴、毎日帰ってくる将たちの無事を祝っての宴。いい意味での酒池肉林が繰り広げられ、二日酔い、三日酔いは許されなかった。

凌統はそっと城を抜け出して、城壁にやってきた。
連日の宴のおかげ、流石に胃が重く、こめかみのあたりが熱を持って鼓動に合わせて痛む。
重い足取りで城壁の上に登ると、縁の石に腰を下ろして、広がる荒野を眺めた。

「・・・」

明日は魏から黄蓋と甘寧が帰ってくる予定だと聞いた。
そうすると主だった孫呉の武将が一通り揃うことになる。
きっと明日は、今までに無いくらいの大宴会になるだろう。

「あの馬鹿が帰ってきたら、挨拶がてらもう一回信長さんに会いに行ってみようかねぇ。」

甘寧は魏で世話になっているらしいことは、古志城で目にしたが、何故早く帰ってこないのかが疑問だ。
一応帰ってくるらしいから、このまま魏の将となるようなことはないようだが。

戦が終わって気が和らいだせいか、今まで当たり前だったことがそう思えない現実をゆっくりと考える。
遠呂智が死んで辺りの空気は変わった。
天に二つあった太陽は一つになり、陽が昇り、夜が来るようになった。
元の世界で死んだはずの人間は、遠呂智が死んだ後も消えずに生きている。
孫堅も、孫策も、周瑜も呂蒙も。そしてきっと、どこかに父上も。
こんなわけの分からない世界を作った遠呂智の力は、驚異過ぎて恐怖すら感じなかったけれども、奴を本当に倒したのか、今考えれば夢のように思える。

「夢みたいな話だけどな。」

そう。そんな話、あるわけがない。
けれど、生きている。凌統は自らの掌を見た。

(父上・・・)

凌統自身が父の姿を見て言葉を交わしていないだけで、この世界で父の姿を見ている者は何人もいる。
父のことは、あえて考えないようにしていた。
父はどこにいるのか。再びはぐれた父は、どこかで落命していないか。甘寧もさっさと帰ってこないし・・・。

「・・・もう勘弁してくれっつの」

結局、父にも甘寧にも再会を願う自分がいる。
父がこれから築くであろう繋がりと、元の世界の甘寧の繋がり。二つが結び目を作ることを、自分が認めたくないだけなのだけれど、認める以前に既に二人は出会ってしまっている。
凌統は赤茶けた空を映したかのような赤い空を見上げた。

「こちらにいらっしゃいましたか、凌統殿!」

城壁の階段を駆け上がってくる音とともに、やや焦りを感じる声が聞こえて振り替えれば、陸遜がこちらへやってきた所だった。
ずっと探し回っていたのだろうか、肩で大きく息をしている。

「何だい?遠呂智の残党でもおいでなすったかい?」

すると、陸遜は険しい顔つきで頭を横にふった。

「いいえ、違います。凌統殿、落ち着いて聞いてください。」
「うん?何だい?」
「お父君の凌操殿が、帰って参りました。」

え?

「・・・」
「魏に挨拶に向かっていた孫策殿より伝令が来ました。道中で寄せ集めの少数勢力に出会ったそうです。その中に孫呉の兵らも混じっており、その中に・・・」
「・・・」
「孫策殿が道を示されたあと、凌操殿は出迎えに出ていた太史慈殿と合流し、先ほど帰還されました」

陸遜は聡い。本当に。
何も知らない者ならば、父が生きていることを両手放しで喜んで自分に報告していたことだろう。
なのに今目の前にいる若い軍師は、眉根を寄せていささか憂いている。
でもそんな気遣いは無用であった。複雑ではあるが純粋に嬉しいのだ。父が、父上が生きているのだから。

「凌統殿。」

陸遜が一歩前に出てきて、そっと頬に触れた。その仕草が、濡れた頬を拭ったものだと分かり、初めて己が泣いているのだと凌統は気付いた。

「大丈夫だよ・・・多分。さて、父上の凱旋を久しぶりに迎えにいくとしますか」

長いこと待った、父の帰宅。
まさかまたこうして迎えにいけるなど、思ってもいなかった。 城門の上から歩き出した凌統は、まずは甘寧のことを考えないようにして、袖で自分の頬を拭った。

項垂れながら一歩一歩踏み出すごとに、父を亡くす前から今までの時が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。 それは、凌統がこの世に生を受けた時から今までの記憶といっても過言ではなく、頬を拭っても拭っても、流れ落ちる涙は石畳みの上に落ちるばかりで、記憶に甘寧の姿がちらついてきてはそれはさらに増した。
・・・父上に、甘寧のことは何と伝えればいいのだろう。
仇を討てなくてごめんなさい?でも、父上はいるじゃないか。父上は甘寧と話をしているじゃないか。
ああ、わからない。
顔を拭いすぎて頬が赤く擦りきれるのではと思ったところで、視界に石畳の上に立つ二本の足が映って歩みを止めた。
その足は、自分のものではない。
まさか。
恐る恐る、顔をあげた。
そこには、紛れもない父の姿があった。
兜を脱いで、穏やかに笑っている父の顔は、記憶の中の父のままであったのだが、その位置は自分よりもやや低い所にあったのに少し違和感を抱いた。

「大きくなったな、統。」

声が出ない。ああ、俺の背が、大きくなったのか。凌統は戸惑いながら何度も深い呼吸を繰り返す。
鼓動が体中に響く。
父の顔がくしゃりと笑顔になった。その右腕がゆっくりと上がり、凌統の頭に優しく乗った。

「・・・頑張ったな。」

その言葉で、凌統の中のすべてが吹っ飛んだ。
父が何を持って頑張ったなといったのか分からないし、自分が何を頑張っていたのかすらよく思い出せない。
ただ、父の言葉が全てのような気もして、久しぶりに会って目の前でしゃくりあげて泣いているというのに、父は黙ってそれを見守っていてくれて、さらに凌統は泣いた。
そうだ。父上が死んで、その帰りを待ち望んでいたのは、他でもない自分自身なのだ。その父が、帰ってきたのだ。・・・帰ってきたのだ。


「おかえり、なさい・・・父上。」


涙声のまま言った言葉に、凌統は再び自ら涙を流した。




17へつづく


やっぱ父上&凌統って書きやすい・・・。
次でラストになります。