勾陣が落ちた日17(無双OROCHI無印甘凌)完








※無双OROCHI無印ベースの話です。








甘寧は、しばらく魏の中で遠呂智軍の残党討伐に駆り出されていた。
結局曹操は生きていて、遠呂智を倒した後も、魏の将たちとともに客将たちも働かされているのである。
だが、それ相当の対価は貰えた。飯然り、金銀然り。
甘寧は特に対価など必要なく、喧嘩に飢えていたのでそれなりに従っていたが、一緒にいた黄蓋は曹操に無言の抵抗をしているのを見て、孫呉に一刻も早く帰りたがっているのは知っていた。

そしてやっと、魏の曹丕に援軍や離反の礼を言いにきた孫策とともに甘寧は帰ることになった。
が、帰路の途中、甘寧は前を歩く孫策の背中を見て考える。
孫策とは始めて話をしたに等しい。
それもそのはずだ、甘寧が呉に降った時の君主は既に孫権で、孫策はこの世にいなかったのだから。
前をゆく孫策が肩越しに話しかけてきた。

「甘寧!一回お前とは本気でやりあってみてぇ。孫呉に帰ったら勝負しようぜ!」
「いいぜ、遠呂智の戦い以来でかい喧嘩は何もねぇ。魏にいても魏の連中は残党の鎮圧で出払ってたし、体が鈍ってしょうがねぇんだ!」
「へへっ。そうこなくっちゃあなあ!」
「なあ、孫策。凌統はもう孫呉に帰ってんのか?」
「おう、陸遜たちと一緒に帰ってきてな!時々一緒に汗流してるぜ!あいつの速さ、さらに磨きかかってやがったなあ・・・・・・・・・なあ、甘寧。」
「あん?」
「この世界、不思議だよなあ。親父も死んだ奴も、みーんな生きてやがる。」
「・・・ま、俺にゃあどっちでもいい話でさぁ。」
「そっか・・・。でも、お前。お前に斬られた奴も生きてる可能性があるんだぜ?」
「・・・。」

孫策のその言葉で甘寧は、凌統の父の凌操もまた、孫呉に帰っていることを直感で悟った。





黄蓋と甘寧が孫呉に帰ってきてからの夜、孫呉は未だかつて無いほどの大宴会を行った。
孫家三代の君主たちはそれぞれが大きな杯を持ち、無礼講よろしく家臣ら一人一人に声をかけては飲み比べをして回っている。
あの周瑜までもが泥酔状態になり、笛の音を披露しようと剣を構えたはいいが、珍しく指や呼吸が覚束なく、てんで音色になっていない。そこに喜んで飛びついた小喬と、あわてて止めようとした大喬もろとも3人で庭の池に落ちてしまった。
陸遜は陸遜で部屋の炎を無言で眺めながらちびちびと酒を飲んでいるし、呂蒙は呂蒙でもう大の字になって眠りこけている。
そんな惨状を一通り見渡しながら、甘寧は自分の酒を煽った。

(しっかし・・・アイツはどこに行ったんだあ?)


凌統がいない。
見たところこの部屋にはいない。気配すらしない。
帰ってきても君主から末端の兵士までが笑顔で出迎えてくれたというのに、そこにも奴の姿はなかった。
小さく舌打ちをすると、隣に陸遜が座ってきた。
目が座っている。

「甘寧殿。」
「ンだあ?おっさんが寝ちまって随分不機嫌じゃねーかよ。」
「それよりも甘寧殿、私と飲み比べをしませんか?私が勝ったらあの松明に頭を突っ込んでください。」
「するか。」
「仕方がないですね、甘寧殿、どこかに火矢はありませんか?少し見てきます。」

と、陸遜は突然立ち上がったはいいが、そこでぴたりと止まった。どうしたと声をかけようとしたら、物凄い音を立ててその場に倒れてしまった。拍子に甘寧の巾を取り上げて、周りの者が大丈夫かと顔を覗き込むと、陸遜は甘寧の巾を思い切り握りしめながら安らかな顔で眠っていたという。





甘寧は、巾を陸遜に奪われたまま、誰にも見つからないようにそっと宴会場を出た。
宴には凌操がいて少し居づらかったのと、宴会場にいない凌統を探すためであった。
この地には建業の城しか存在しておらず、将たちには城の一房が借りの住まいとして宛がわれた。
甘寧が自房とあてがわれた室の隣は、誰の計らいなのかそれとも苛めか、凌統の房であった。
部屋に向かい、石畳の回廊を歩く。
少し冷たい風が腰につけている鈴の音を鳴らす。

(部屋なんてなあ・・・俺ァ船でいいんだが。まあ大殿が言うんじゃあ有り難く頂戴しておくとすっか。)

日中は少し暑いが夜になると肌寒くなる。
それは以前の孫呉と同じだ。こうして建業の中を歩いているだけだと、違う世界にやってきたとは思えないほど、すっかり元の世界の空気と同調している。

房の並ぶ回廊のずうっと奥。
一つ廊下を挟んで、すぐに自分の房があり、中には入らず戸を開けてみた。特に何もない、ただ、寝台と簡素な円卓と椅子が一つあるだけの場所であった。
そのまま隣の房へと向かう。
少しばかり距離を隔てたところにあった入口の戸は、まるで来る者を拒絶するように静かに閉まっていたが、そっと手を掛けて押してみると、あっけなく開いた。

部屋の作りは、甘寧の部屋と全く同じであったが、円卓の上には見慣れた両節棍がひとつ置いてあって、椅子には赤い上衣がかけてあって、一番奥の寝台には、青い衣を纏った大きな身体がこちらに背を向けて横たわっていた。
甘寧は鈴を鳴らしながら室内に足を踏み入れ、寝台に近づいていく。
寝台に横たわった身体は微塵も動かない。起きていると思ったのは勘だ。そして、己の存在にも気付いている。甘寧は背中に話しかけた。

「凌統。」

それでも、目の前の身体は身動きを取らなかったが、甘寧はじっと待っていた。
開いた窓の外から、虫が鳴き始めたのが聞こえてきた。そういえば、こんな虫の声を聞いたのはこの世界で凌統と二人きりで過ごした小屋以前か。
この世界に来たのは、一か月と満たないはずだが、とうに十年は経っているような気すらした。

やっと、勘念したように凌統はゆっくりと身を起こした。本当に眠っていたのか、ごしごしと一度目のあたりをこすり、こちらを見上げてくる。

「ちょっと毎日の酒が祟ってさ。寝てた。そしたら、父上にぶん殴られちまったよ。」
「・・・。」

ああ、親父さんに会ったのかと、甘寧はどこか冷静になってその言葉を聞いていた。
こいつの瞼が少し腫れぼったく見えるから、大いに泣いたのだろう。あんなに自分を憎む程尊敬していた父と、もう一度会えたのだから。
そして、先ほど抜け出してきた宴が始まった直後のことを思い出した。凌操に酒を注がれ、黙って笑いかけられた時の表情。
凌操はどこまで知ったかは分からないが、元の世界では、甘寧と凌操は敵であったことぐらいは分かったのではないだろうか。
凌統を殴る父親だ、多分、馬が合うだろうなと甘寧は思いながら、凌統の座る寝台の縁に腰かける。

「・・・なんか・・・。父上がいても、あんたがいても、変わらねえな。」

ぽつりと凌統が呟いた。

「そうか?俺は変わると思うぜ。」
「なんで。」
「てめぇのあの恨みに満ち満ちた面、拝められねえからよ。」
「・・・物騒なこと言うなっつの。」
(なあ。てめぇは、俺と再会できて良かったと思うか?)

問おうとした言葉が声になるのが馬鹿らしく思えて、凌統の喉に直接流しこむように、薄い唇を奪った。
凌統は少し肩を強張らせて、けれど大きな抵抗はせずに甘寧の唇を受け止めた。舌が絡まる。久しぶりのそれは僅かに酒の味がして、こんなに熱を持っていたかと思う程に熱かった。
甘寧が着物の合わせに手を差し入れ、早急に事に雪崩れ込もうとする。
だが、この部屋の隣は父・凌操の部屋。
いつ隣の部屋に帰ってくるかわからないし、父上のことだ、酔っぱらった勢いでこちらに突撃してくるかもしれない。
久しぶりに会った同胞を堪能したい気は凌統にだってあったが、肉親に同性と戯れている姿は死んでも見られたくはない。
凌統は一度強く甘寧の肩を掴み、大きく引き離すと、甘寧は見事に不服そうな顔をした。

「あのさ、言っておくけど。」
「何だよ。」
「俺の隣の部屋、父上の部屋だから。頼むから今日は盛るんじゃないよ。」

すると、甘寧は忙しく瞬きをして、肩を掴む手を軽く払いのけながら、凌統の上衣を一気に剥がした。
その瞬間に凌統が悲鳴のような声をあげる。

「ちょっと!俺の話聞いてたのか?」
「おう、そしたら、親父さんが来る前に終わらせればいい話だよなあ?」

長い前髪から覗いた瞳は雄の色をしていて、こうなったら止まらないなと凌統は鎖骨に唇を受け止めて諦めの吐息を漏らした。

(あ・・・。)

ふと、この世界に来て目を開く瞬間のことを思い出した。
凍えるような寒い場所をひとり歩いていた。
辺りは暗く何も見えなくて、誰かいるのかと叫ぼうとしても声は出ず、何度となく立ち止りそうになった時、暖かそうな光が見えて、そちらへ走った。
光を掴んだと思ったら、目を覚ましたあの時。
掴んだ感触と、こいつの唇の感触が一緒なのだ。

(ああ、もう・・・。)

胸を吸われながら、甘寧の腰の傷跡に指を這わせると、甘寧の身体がぶるりと震えた。すぐに下穿きを奪われ、とうとう一糸まとわぬ姿になってしまい、前を握りこまれて背を仰け反らせた。
元の世界にいたら、こんな風に喰われていたのだろうか。

(敵は斬る・・・味方は守る、だっけ・・・。)

そこに、父上がいる。自分にとって、今が最良の状況であることには間違いないのだけれど、そんなこと、この男には絶対言ってやるものか。

(好きだ、なんてな。)

窓から見える空には、あんなに落ちていた星もすっかり元に戻っている。父が早く帰ってくることを願って、凌統は甘寧を受け入れた。







やっぱこれボツだよ・・・。
膨らませ過ぎた感があるんですもん・・・。
しかし戒めとして、また新しい感情が浮かんだら修正します。
ご覧くださってありがとうございました。