慟哭・後編(無双OROCHI2甘凌)








※無双OROCHI2のネタバレ・ねつ造を大いに含みます。









「おい、凌統。起きろ。」

三蔵の導きにより奥の砦へ突き進み(進めば進むほど妖魔が多くなっている気がするのはなぜだ。凌統より三蔵法師のほうがよほど値打ちがあると思うのに。)、一番奥の砦を守っていた妖魔を打ち倒すと難なく凌統を見つけることができた。
甘寧は横たわる凌統の頬を軽く叩きながら、目覚めを促す。
やがて、密度の濃い睫毛を震わせながらゆっくりと瞼が開きはじめ、甘寧はほっと胸をなでおろした。
けれど、つい口をついて出てくるのはいつもの悪態だ。

「凌統、お前猿に捕まってたのかよ、ザマねぇな・・・っと・・・。」
「・・・。」

凌統の瞳が甘寧の姿を捉えた瞬間だった。
突然凌統は甘寧に足払いをかけて、低い体勢から顎を狙うように蹴り上げてきた。咄嗟に後ろに飛んだら、近くにあった柵が攻撃の圧力で大きく壊れる。あれを喰らったら、ひとたまりもない。

「随分手荒な挨拶じゃねえか。」
「・・・。」
「おい、凌統。」
「・・・。」

(・・・なんだ?)

凌統の様子がおかしい。
地面に着地してから、凌統はこちらに背を向けて黙ったまま俯いて立ち尽くしている。
やがてゆっくりと振り返った凌統の瞳は、闇に広がる血の池のように、どす黒い縁を持った禍々しい赤に光っていて、甘寧をどろりと睨んでいた。

「・・・・・・清盛様の・・・ために・・・」

抑制のない声。声色は確かに凌統のものだけれど、凌統がそんなことを言うわけがない。甘寧はつりあがった目を見開いた。

「清盛様だぁ?・・・てめぇ何操られてやがる、似あわねぇこと言ってんじゃねぇ!」

捕まって操られて。隙ばかり見せて一体何を考えているのか。
込み上げてきた怒りに任せて吠えた甘寧は、躊躇うことなく凌統の相手をしようと躍り出たが、その威力はいつもの凌統の物ではなかった。
明らかに人外の力。ちょっとした技でも当たりが悪ければ一発で致命傷になりそうだ。

しかし甘寧にとってそれは好都合である。いくら妖魔を倒せど張り合いがなくてはつまらない。
その点凌統は強い。甘寧はその事実を誰よりも知っている。
さらに力の強まった凌統となれば、相手にするのは心が躍る。甘寧は奥歯を噛みしめ、凌統が投げつけてきた両節棍を弾き飛ばして笑った。
けれど、妙だ。
周りには、甘寧以外にも三蔵や秀吉、五右衛門たちもいるというのに、凌統は甘寧だけを執拗に狙って、攻撃してくるのだ。
三蔵もそれを察知したのか、甘寧の助力にと横に並んだが、甘寧は大鎌でそれを制した。

「三蔵さん、引っ込んでてくれや。どうやらこいつ、俺に用事があるみてぇだ。」

それでも尚、凌統は無表情のまま次々と技を繰り出してくる。心を操られてもなお、仇怨は消えないのか。

(・・・いや、違ぇ。)

少し打ちあって違和感を探る。
確かに凌統の武はいつも以上に力が増しているけれど、ここで決められると思った瞬間に身を引く。それに、先ほどからこちらに向けられている殺意の端々が、僅かに揺らぐのだ。
けれど深く考える暇はない。
その間に凌統はやや間を取って走り出し、少しも息を切らさぬまま両節棍を振り下ろしてきたのを、甘寧は顔をしかめて鎖鎌の柄で受け止めた。久しぶりに目の前に見た凌統は無表情で反吐が出そうだ。
しかし、頭に迫る棍を全力で押しやっている時、凌統が唇を震わせて口を開いた。

「・・・・・・甘・・・・・・寧・・・・・・・・・俺を・・・殺せっ・・・・・・」

つい甘寧は渾身の力で凌統ごと両節棍の力をふっ飛ばしたが、凌統は軽々と空中で体勢を立て直し、再び間合いを開けるように高く飛んで着地した。
凌統がこちらを向いた。
目尻から伝い流れはじめた赤い涙。
凌統の右目の目元にある黒子が細い血の筋に隠れ、顎から落ちた赤い滴は、まるで傷を負った時と同じように地に落ちた。

「・・・。」

もう、凌統は何も言わない。
孫呉に刃を向けるくらいならば、いっそ息の根を止めてほしいという魂胆か。
しかも名指しで殺せと告げた。仇である甘寧を認識しているということだ。
あれ程自分を憎んでいたというのに。心の深淵でこいつは何と戦っているんだろう。
術と、己の執念と、そして葛藤と。凌統は自分の心を支配されぬよう戦い、そして、血を流しているのか。
今、こいつの望みを叶えてやれるのは俺しかいない?、凌統からはいつもの熱さも冷たさも感じないし、どこかつまらない。
そろそろ終わりにしてもいいか。

「そうだな、今のてめぇは確かに強ぇがつまんねぇ。相手にすんのも飽きてきたぜ。そろそろ仕舞い
とすっか!」

甘寧は大きく頭上で鎌を振り回し、凌統に突進した。
凌統は守りの構えを取っていない。
この時を待っていたかのような。
舌打ち。
殺せと身体が叫んでいる。
仕方なく甘寧は凌統のみぞおちに鎌の柄をしたたかに打ち込み、そして首根に手刀を叩き込んで気絶させた。






次に目を覚ました凌統は、今度こそ術が解けていた。
そして甘寧とともに、自らが捕らえられていた砦で、別の砦で孫悟空を見つけたという三蔵や秀吉たちの帰還を待っている。

目を覚ました直後から、凌統は甘寧に背を向けて膝を抱えて座り込んでいた。

「・・・。」
「・・・。」

無言。
甘寧も甘寧で、じっと辺りの気配を探り凌統を見ようともしなかった。
しかし、その場から少しも離れようとはしない。
それが妙に悔しい凌統は、膝を抱える腕に力を込める。

(くそ、甘寧の野郎、とっとと猿を退治に行けっての!)

操られている時の感覚と記憶は朧気ながら、覚えている。
惨めだった。
孫呉に刃を向けるくらいなら、味方の命を摘み取るくらいなら、いっそ死んだほうがましだと思ったのに、棍で己の心の臓を狙おうにも手足が言う事を利かない。
それが甘寧の姿を捉えた瞬間、鈴の音を聞いた時。術に支配されかけていた自己が強く震えた。

(俺を、殺せ、か・・・。)

それは歓喜だった。
ああ、やっとあんたに逢えた。いっつもあんたの尻拭いをしてるのは俺なんだ、たまには俺を止めてみなよ。それくらいできるだろ?
さあ、俺を殺せ。
・・・あんたにしか頼めないしさ。
そう思ったら、割れそうな頭に浮かんだ言葉を、血を吐くように呟いていた。

自分の判断は間違ってはいないはずだが、今思えばよく言えたものだ。仇を目の前にして本懐が遂げられず、父上には申し訳ないが。
ずっと首を狙っていた相手に刃を向けて、倒れるならばそれもいいかな、と。
でも、父上なら分かってくれるような気がするのは、都合のいい考えだろうか。
凌統は小さくため息をついた。

背後にいる甘寧は、ずっと何も言わない。
どうして甘寧は俺を殺さなかったんだろう。
何となく、わかるけれど。
ふいに聞きたくなって、独り言のように呟いた。

「おい、甘寧。どうして俺を殺さなかったんだい。」

しばらくあって、甘寧の面倒そうな溜息が聞こえた。
「・・・・・・別に。てめぇの言う事聞きたくなかっただけだ。それよかお前・・・」

そこで甘寧は汚ない座り方をして、凌統の顔を覗きこんできた。
しかし、凌統はそっぽを向いてしまう。

「お前、猿にとっ捕まるまで何してたんだよ。」
「・・・そういうあんたこそ、何してたんだい。」
「三方ヶ原で暴れてた。」
「はっ、やっぱり。」
「やっぱりって何だ。」
「別に、何でもない。」
「何だよ、言えや。」
「・・・。」
「おい。だからお前は何してたんだって聞いてんだろうが。」
「・・・人探しをしてた。」
「親父さんかよ。」
「違う!」
「え、そいつは意外だな。」

すると、凌統は膝を抱え直して顔を埋めた。

「〜〜〜〜〜っ、どっかの野郎が一人で三方ヶ原で暴れてるって聞いたからさ!いっつも尻拭いさせられてる猪だったら回りが迷惑だろ?だったらちょっと連れ戻しにって思ったわけよ!わかったか!」
「・・・。」

・・・つーことは、何か?つまり・・・。
甘寧は凌統をぽかんと見つめた。
その視線がどうにも恥ずかしい凌統は、甘寧から距離を置こうと少し横にずれたのだが、突然横から甘寧が突撃してきて、甘寧ごと盛大に地面に転がってしまった。

「いっ・・・ったいねぇ!何すんだあんた!」
「へっ、やっぱザマねえな!」

甘寧はしっかりと凌統の体に腕を巻きつけて離れない。それどころか頬ずりまでしてきた。
しかしとびっきりの笑顔だ。その向こうには、突き抜けるような青空。
ああ、また逢えたんだ。
凌統は泣きそうになったが、口調だけは器用に“離れろ馬鹿”と怒鳴っていた。











・・・ということを妄想しましたw
もし、トウ水の戦いの時、凌統を助けるのが遅れて操られていたら・・・という話でした。