捨てられない(ppw アラトリ)






任務が完了したトットリは、ガンマ団本部内にある団員の宿舎へと戻って来た。
宿舎といっても簡素でも豪華でもなく、日本によくあるビジネスホテルのような作りで、一応幹部であるトットリ、ミヤギ、コージそしてアラシヤマの4人にはスウィートルームほどの大きさの部屋を宛がわれているが、男の一人暮らしには少々持て余す広さだ。
そしてまた、自分と同じ階には、ミヤギとコージ、そしてアラシヤマの部屋もあり、それぞれが同じ間取りで束の間の休息をとる場であった。

この階を出歩く事が出来るのは僅かな人間のみ。また、階が同じだからといっていつも皆がそこにいるわけではなく、皆それぞれ別なところにも家を持っている。だから、トットリは落ち着いて何食わぬ顔で自分の部屋へと廊下を歩いていた。
しかし、嫌なタイミングで一番奥の最も嫌な奴の部屋の扉がゆっくりと開いた。
一瞬、奴が出てきませんようにと思ったのも虚しく、ぬらりとアラシヤマが部屋から出て来て、トットリと目が合った。アラシヤマはどこへゆくのか、トットリの後ろにあるエレベーターにむかって歩いてくる。
アラシヤマの表情はいつも通り暗い。トットリも何事もなかったように澄まし顔で近づいてゆく。

「・・・。」
「・・・。」

丁度二人がすれ違った場所がトットリの部屋で、部屋に辿りつく直前に上着の合わせから鍵を取りだして部屋のドアノブを捻って開けた瞬間、後ろからいきなり大きく手首を掴まれた。
抵抗の言葉を発する間も無く、トットリは体当たりを受けて自分の部屋のなかに押しやられ、そのままどさりとベッドの上に押し倒された。
爪先がベッド近くに置いてあった飲みかけのペットボトルに当たり、静かな空間にからからとペットボトルが転がる音が木霊して、止んだ。

「・・・。」
「・・・。」

無音の中、じっと瞳と瞳が交錯する。
こんな風にアラシヤマの顔をじっと眺めるのは初めてかもしれない。
が、特に何か思うことなくトットリは、いつもの無邪気顔を僅かに歪ませてアラシヤマを見つめ返す。

「あんさん、意外と部屋のお片づけしないんどすな。」
「・・・ミヤギくんに貰ったものだわいや、どこに置いたらいいのかわからんだけっちゃ。」

トットリの部屋は意外と散らかっている。
足の踏み場がないわけではない。自分の服はちゃんとクローゼットにしまってあるし、日常品は棚にきちんと置いてある。
ミヤギはよく要らなくなった服や物をトットリにくれるが、服でもサイズが合わなかったりあまり好みではなかったりするものも中にはある。トットリは、それらを処分できなかった。それ以外にも、サラシや忍装束数枚などが、部屋の至る所に散らばっているけれど。

それよりもと、本題を言葉にする前に、アラシヤマはやや眉間に皺を寄せる。

「トットリはん、あんさん血のにおいがしますえ。」
「そりゃあそうだっちゃ、お仕事終わった後だし。それよりいきなり何するだらぁ。お前でなかったら殺ってたが。」
「ここまで血のにおいぷんぷんさせて来たいうことは、誰にも会わずに来たってこっとすな。」
「そういうの、僕得意だしな。」
「変なとこで忍ぶ忍者はんどすなぁ。」

トットリが一体何の“仕事”をしてきたのか容易に想像がついて、アラシヤマは呆れて溜息すら出なかった。
この咽返る程の臭い、1人だけじゃない。数で言えば、4,5人はいっているか。きっとえげつなく殺してきたのだろう。そうでなければ、トットリはもっと綺麗に帰ってきていたはずだ。それでなくても、全てを笑顔で隠すのが得意な忍者なのに。
アラシヤマは自らの懐からナイフを取りだし、素早くトットリの上着を切り裂いた。そこに現れたのは真っ赤に染まったサラシ。いつもは真っ白であるそれがこんなにも赤く染まっているのだ。
トットリは表情ひとつ変えずに言う。

「返り血だっちゃ。」
「・・・。」
「シンタローは人の回し方上手いなぁ。生け捕りにはミヤギくん、騙しにはコージ、どっか破壊したりするのはお前とか僕。ああでも僕ぁ、一人とか二人とか、少人数を殺すのが合ってるって、よぉ判ってるっちゃ。」
「言い訳みたいに聞こえますなぁ。」

眼下の忍者はやはりきょとんとした顔で抵抗することなく居た。
それをいいことに、アラシヤマはじっとその身体に目線を下げた。
未だ幼い笑顔の下にある体つきは、意外とがっしりしている。そして、サラシで覆われていない腕や腰には細かい向かい傷痕はあっても、大して大きな傷痕はなく、サラシにべったりと貼りついている血の痕も、傷から滲み出てきたものではないようだから嘘ではない。本当に要領よく暗殺を遂行している証拠。
ただ、左の腰に・・・自らの師匠の頬と同じような火傷の痣を見つけた。
師匠は、あの島で自らの自爆技から皆を守ったと同時に顔に火傷の痕を作った。

(この忍者にも、あの時の火傷が残ったんか。)

トットリも、アラシヤマが自分の体のどこを見ているのか気づき、膝を大きく蹴りあげてアラシヤマをどかそうとするけれども、アラシヤマはすんなりそれをかわした。
拍子に、トットリが履いていた下駄が脱げ、壁に当たり、カラコロと下駄らしい音を立てて落ちた。

「トットリはん、あの島で何か落としてきたんとちゃいますの。」
「・・・別に、僕ぁ人を殺すの好きじゃないわいや。ただ、そういうお仕事だけぇ、殺ってるだけっちゃ。」
「まあ、別にわてには関係あらへんけど、血に塗れるのは好きなんどすか?」
「僕の殺り方はそれしかない。能天気雲は時々人に気付かれるし、一発で殺れん時もあるっちゃ。それにお前も解ってるはずだっちゃ。前線に出た時に、もっと酷い光景を見てるがな。」
「仕事じゃなかったら、人殺しせぇへん?」
「しないに決まってるわいや。僕に興味持ったんか?うざいっちゃヒキコモリ。」

即答できた自分に、トットリは内心安堵した。
トットリだって、あの島で得たものは沢山ある。可愛いものを素直に可愛いと思える気持ち。
友人を素直に友人と認められる気持ち。
命を賭けることのできる守りたいものだって見つけた。それはあの島から戻ってきて、シャワーを浴びる時や着替える時に、左の腰に残った火傷の痕を見れば嫌でも思い出して、必ず出る舌打ちに変わるけれど。
でも。
楽園から現実に戻れば己はただの忍者でしかない。
そして本当は、体温と同じ温度の返り血を浴びた瞬間や、標的にぐさりと苦無を打ちつけて傷をぐりぐりと抉る瞬間に、己の生を感じるのだ。
多分それは、僕の性(さが)なんだろうなぁ・・・。
この部屋に散らかってるものと同じ、捨てられないものなんだろうなあ・・・。

アラシヤマはほぼ表情を変えないトットリに苛立っていた。けれど、アラシヤマもアラシヤマで表情を変えない。
そして、おもむろにトットリの血まみれのサラシにナイフを入れて、下から上へと切り裂いた。
何人かの血を吸ったサラシは既に固くなっていたけれど、その隙間からトットリの綺麗に引き締まった腹筋が見えて何故かほっとしたが、アラシヤマはそんな自分に気付かない。

「・・・早ぅ、そのサラシ取り替えたほうがええどす。」
「お前に言われなくてもそうするわいや。」

突然、部屋のドアががちゃりと開いた。

「おートットリーッ!仕事が終わった聞いたべ、飲み、さ・・・」

ミヤギの声だ。
ミヤギは満面の笑顔でのしのし入ってきたはいいが、ミヤギの目に飛び込んできた状況は。
ベッドの上に押し倒されているトットリ。押し倒しているアラシヤマ。トットリは上着もサラシも切り裂かれている状態。
咄嗟にトットリは声をあげた。

「きゃああぁ!助けてミヤギくーん!一人に耐えられなくなったアラシヤマに犯されるー!」
「へ!?な、何言ってはるんこの忍者!!ミヤギはん違いますえ、これは違「〜〜〜っ、おめぇはおらのベストフレンドさ何してんだああああぁ!!」

ミヤギの強烈なパンチがアラシヤマをふっ飛ばし、そのまま静かな説教タイムとなったのを尻目に、トットリはそそくさとバスルームへ走っていった。
アラシヤマは誤解どす、ほんに誤解どすと慌てる振りをしながら、ミヤギの大声を一身に受け止めながら、バスルームへ消えたトットリを目の端に捉えて一安心した。

(いいタイミングでミヤギはん来はったわ。でも、あの血に塗れたサラシ、この人が見てないとええどすけど・・・。)
(・・・しかしシンタローはんも、いけずなお方どすなぁ。)
(ああいうお人こそ、人殺しから遠ざけんとあかんのに・・・。)

しかし自分にはどうすることもできない。
多分あの人のことや、元々腹黒いしもう歪むもんも持っとらんでっしゃろ・・・。
バスルームからシャワーの音が聞こえ始めてはじめて、アラシヤマはやっと一息ついた。

「聞いでっかアラシヤマ!おめぇ、ウマ子っつー嫁さんがいんのに何してんだ!」
「へぇへぇ、聞いてますよって!ああ、あんな筋肉女子を嫁さんにした覚えはあらしまへんえ。それにあんな腹黒忍者に手ぇ出すわけもっとあらへんでっしゃろ!わてはシンタローはん一筋や!」








この話の癒しはミヤギくんだと思います。
最初はミヤギくんじゃなくて、コージだったんですが、コージだったら笑顔で何も見なかったって感じで扉を締めそうでw
それもいいけど。
こう、アラトリはヌメヌメした感じが好きです。
トリちゃんは自分一人だけで任務遂行する時は、死体に向かって「このだらずがぁ、もっと抵抗してろっちゃあ!」つって死体を蹴ったりグサグサ刺したり南国な一面が出ればいい。
で、冷たくなって無反応になった死体にはもう興味なくなって、かーえろって気持ちになる。
それでにこにこしながら帰ってくるんですけど、トリちゃんの本性を知ってるのはシンちゃん。何となく気づいてるのはアラシヤマ。
ミヤギくんにだけは気付かれたくないトリちゃん。本当は無邪気ってミヤギくんのほうがあってるんじゃないかとか、自分の本性知ったら本気で殴って涙流しながら怒ってくれそうとか思うあたりがトリちゃんの良心で、守りたいもの。
けど、ちゃんと殺さなくても生きていける事を実感する話を・・・本にしたいです。