血肉をわけた(ppw コトリ)






夜に差し掛かった夕暮、トットリは黙って眼下を見下ろした。
自らがここにいる事を知らずにいる人々の往来がある。帰宅に急ぐサラリーマン、明るく会話を楽しみながら歩く高校生。何かを睨むように前を見据えながらハイヒールで闊歩する厚化粧の女性。ありふれた“日常”の風景。 自分はいつもにこにこ、ガンマ団に顔を出せば自ら口を開いて挨拶を交わす。きっとあの時の自分なら、あの往来の中に紛れることができるだろう。
だが、今は違う。今は自分の裏の顔の出番であり、眼下の“日常”は“非日常”に映っている。いや、むしろこっちの顔が表かもしれないっちゃね、と、トットリは自らを揶揄し、僅かに片方の唇を釣り上げてすぐに無表情になった。

「・・・。」

音を立てず、そのままの姿勢でマンションの屋上から赤いスカーフを靡かせながら、まるで自殺のように落ちる。
だが、すぐにトットリはくるりと身体を反転させて、真下のベランダへそっと降り立った。
ターゲットの男の部屋は煌々と明かりが点いていて、夜だというのに(そしてこれから殺されるというのに)カーテンも閉じていないのは好都合だった。
気配を殺しながらそっと中を覗き込んだ場所は丁度リビングで、ターゲットはベージュのソファに座りながら携帯で誰かと話をしていた。
僅かにターゲットの声が漏れ聞こえるが、どうやら付き合っている女との別れ話らしい。語尾がどんどん荒々しくなってゆくのを、トットリは呆れながら聞いていた。

(よう喋りょう人っちゃね・・・。薬の取引しとる社長だけぇ、こんなの日常茶飯事なんぞなぁ。早うしんされ。)

やっと男の会話が途切れた。中をそっと再び覗き見ると、煩わしそうに携帯をリビングテーブルに置いて、キッチンへ向かう所であった。
今が好機だ。
トットリはそっと室内に能天気雲を忍ばせた。
普段は雲の形をしている能天気雲は、トットリの体の一部のようなもので、生死を共にする相棒で、優秀な“所有物”。霧のような形に変化することもできれば、それ以上に密度を薄くして空気と混ざることもできる。だからこそ、密室ではより効果を発揮しやすい場合もある。
今、室内にいる能天気雲はまさにターゲットの部屋の空気と同化している。ターゲットはそんなことに気づかず、トットリはそっと、自らの下駄の“日照り”の面を上にした。

(さぁて・・・今日はどのくらいで干乾びるがいや。)

そっと室内を盗み見ながら、トットリは様子を伺う。
まずすぐに異常が出始めたのは、近くの観葉植物だった。天に伸びていた大きな葉がくたりと垂れ、やがて茎ごと倒れた。そして、葉の先端からみるみるうちに全体が茶色にくすんでゆき、ぼろぼろと朽ちていった。
再びリビングに戻って来た男も異常を感じ取ったのか、またキッチンへ行き冷蔵庫を開ける。しかし、そんな物に負ける能天気雲ではない。
冷蔵庫の中のミネラルウォーターは全てカラ。他の酒の類も全て蒸発させた。冷凍庫の氷だって、きっともう残っているのは雫(しずく)ぐらいだろう。
男が喉に手をやり、苦悶の表情を浮かべながらリビングによろよろを戻って来た。
携帯に手をやった瞬間。
能天気雲を一気に男の真上に集め、もう片方の下駄の“雷”の面を上にした。
刹那、ターゲットの男は強烈な落雷に打たれて真っ黒な塊となり、その場にどさりと倒れた。倒れた衝撃で、もともと水分が薄くなっていた身体は筋骨まで焼けたせいで四散し、人の形には到底見えない姿となったのを確認して、トットリはその場から退散した。

「・・・。」





(・・・違う。)

既に暗くなった外をガンマ団に向かって走りながら、トットリは思う。
何か、違和感を感じる。
元々の家業は暗殺。ガンマ団の暗殺集団を取り纏めているのもトットリである。とはいっても、同じように暗殺が得意なアラシヤマと二人で纏めているのだが。
いつもやっていることとそう変わらないじゃないか。
大量の血を浴びても、そのままどこかで血を洗い流せば、いつものようににこにことガンマ団に戻れる。そして、シンタローに報告して、またいつものようにミヤギくんと一緒に笑える、笑うことができる。

(でも、今日は笑顔で帰ることできないっちゃ・・・。どうしよう。)
(こんな顔で帰ったら、ドン引きされる・・・)
(何が違う?いつもと・・・)

ああ、そうかと思い当った理由に、トットリはつい足を止めてしまった。

(今日、血を浴びとらんから・・・)

そうだ、そうだ。
大抵殺す時は自らの苦無や体術を使っていた。でも今日は全て能天気雲にやらせてしまった。
いつも汚れた自分を洗い流してくれる能天気雲に、全てやらせてしまったのだ。
友人へ汚れた仕事を任せてしまった後悔と、自らの手で殺して自らの体を返り血で染め上げたかった嫉妬が混ざりあう。トットリの体中でぐちゃぐちゃに混ざりあい、気分が一気に悪くなった。
自分自身への嫌悪。だが、一度気づいてしまったが最後、血が見たい欲は止まらない。
しかし、無駄な血は流すなとシンタローから念を押されている。

(やっぱり今日は帰るのしんどい・・・。)

トットリは胃からこみ上げてきた物を片手で何とか抑え込み、そのまま口を押さえた手に苦無を突き立てて、自らの血がぼたぼた落ちるのを見届けて(安心して)、ガンマ団本部とは別な方向につま先を向けた。






トットリは再びベランダに降り立った。
今度の部屋はちゃんと青いカーテンが引いてあって、何故か安心した。
ベランダの鍵は閉まってある。入ってもいいだろうかと数分躊躇ったが、意を決してベランダの窓を2度、静かに間を置いてノックした。

「・・・おぉ?トットリ、どうしたぁ?」

ぬっと出てきたのは、ベランダの縁よりさらに身長のあるコージで、まるで暖簾をくぐるように彼は身を屈めてこちらを覗きこんできた。
目があった瞬間コージは驚いたものの、その次にはにっこりと笑っていた。
その笑顔にどう答えたらいいのか解らなくて、トットリは弱々しくも笑い返し、口を開いた。

「ちょっと、僕今日しんどくて・・・泊めてごせぇ。」
「お、おお。そりゃえーが・・・」

トットリはコージの返答を待たずに、下駄を脱いで部屋に入った。
時々、トットリは笑顔が作れそうにない時やガンマ団に帰りたくない時(特にアラシヤマと会いたくない時)はこうしてコージのところに逃げ込んでいる。
するとコージはいつも何も聞かずに中に入れてくれて(しかし多分何か感づいているはずだ)、そのまま何事もなかったように自分の時を過ごしている。トットリはぼうっと床を見ている時もあれば、コージの背中を見て過ごす時もあって、気が済むとその場からガンマ団へと帰った。
コージの部屋に来るとトットリの居場所は決まっている。来たら大体居場所は部屋の隅。これではまるで、アラシヤマと同じだと思った自分のメンタルがおぞましい。
それでもトットリは行動を抑えきれず、今日も自分の定位置となった部屋の隅に腰を下ろし膝を抱えた。

「・・・コージ、何しとったんだいや?」
「ん?ウマ子と携帯で話しちょったんじゃが・・・ウマ子の奴、アラシヤマが無視する言いながら電話の向こうで泣き叫んじょっての。どがーずしてアラシヤマの口を割るか、振り向かせるか考えとったんじゃ。」
「なんか物理的に頭蓋と脊椎を破壊するような言い回しっちゃね。多分ウマ子ちゃんならあいつをどうにかできるがな。」

はは、と弱々しい笑い声が漏れた。
声に出して笑える分だけまだましか。コージもそれに応えて小さく笑う。
コージはいつも、トットリに背を向けて、胡坐をかいて新聞を読んでいたり刀剣の手入れをしている。殆ど口は利かなかった。
同期とはいえ、身長も自分よりずうっと高く年齢も重ねているコージは、優しく大らかだ。ただし、一度戦場に出れば敵の顔をバットで潰し、頭をかち割り、驚く程の荒々しい攻撃をして見せる。
今も、コージはトットリに背を向けてその沈黙が今のトットリには心地よかった。
しかし。
コージが呟いた。

「会話はできるな。」
「は?」
「主、気づかんのか?」
「何を?」
「トットリ、主はいつも儂の所に来る時はベランダからじゃ。そして笑ぉとらん。」
「・・・。」
「手、怪我しとるのぉ。」
「・・・。」

すると、いつも黙っているはずのコージはどんとその場から立ちあがり、ずんずんと部屋の隅でぼんやりしていたトットリへ近づいてきた。膝を抱えたトットリから見れば、2メートル越えの目の前の巨体は、いつにも増してとんでもなく大きく見えて目を丸くした。
眉間に皺を寄せたコージの顔は厳しく、説教でもされるのかと思った。
ぐいと腕を引っ張られ、そのまま肩に担がれ、リビングの真ん中あたりにある座布団の上に放り投げられるように座らされた。目の前には今の世には珍しい茶色の丸型ちゃぶ台。

「ぉわ・・・!」
「あんな隅っこ、主らしくないけんのぉ!いつも笑ってる主じゃ。血の匂いはその手からか。一仕事やってきたんか。」
「あ・・・ああ・・・。」

ああ、どうしよう。コージがミヤギくんみたいなことを言いだした。
ミヤギならば、きっと笑わなくなり懐かなくなった自分をどうしたのか問いただすだろう。腹でも痛いのかどうした言ってみろと言って。それはそれで嬉しいけれど、時にくっつき過ぎた友情は邪魔になってしまう。
純朴なミヤギの前で自分の感情を吐き出してしまったら、彼はきっと病院かどこかへ行けと言うだろう。しかしこればかりは病院などでは治せない。ミヤギには淀んだ自分を吐露できないのだ。
アラシヤマの前では、感情を爆発させることができる。しかし、落ち込んだ自分を見られたならばそれは奴の目に隙となって映るだろう。これ見よがしにいつもは動かない口でもってぺらぺらと皮肉の言葉をまくし立てるに違いない。それは気に食わないし、もっと気に食わないのは今の自分にはその言葉のどれひとつにも反論できない事だ。

だから、コージのところへ来たのに。
コージは、僅かに鼻から息を漏らした。トットリにはそれが溜息に聞こえて肩をすぼませる。
しかし、コージは意外な言葉を口にした。

「それより主、腹は減っちょらんか?」
「・・・へ?」
「その様子じゃあ何も腹に入れとらんじゃろ。儂の酒のつまみだったらあったかのう・・・」
「い、いやいや、僕腹は減って・・・」

しかし、コージは近くのどでかい冷蔵庫(ただし彼自体がでかいので、でかい冷蔵庫もコージと並ぶと普通の冷蔵庫に見える)を開け、中を物色し出した。
そして、図体の割には小さな声がトットリの耳に届く。

「・・・儂は主らよりちっとだけ年上じゃけぇ、主やミヤギやアラシヤマが、何考えてるのかぐらいは薄々解るわ。でもトットリ、主が何を考えてるのかここで聞くのは主の心に土足で入り込むのと同じじゃ。だから、そりゃあせん。」
「・・・。」
「で、腹が減っちょらんなら・・・」

再び巨体がずんずんとトットリに近づいて来て、再び腕を引っ張られ肩に担がれた。

「ちょっ・・・コージ下ろせっちゃ!どこに連れてくだいや!」

次に下ろされたのは、布団の上だった。今度はさっきよりどさりと荒っぽい力で、思わずぎゅっと目を閉じたトットリであったが、横にコージも寝転がったものだから堪ったものではない。
トットリは悲鳴を上げそうになったが、全ての言葉が戸惑いに消えた。

「え・・・え・・・?」
「もう夜も遅いけんのぉ。ん、手の傷も唾つけときゃ治るけぇ、一緒に眠るか!」
「い、いや僕に構わんでもええっちゃよ、コージ。またウマ子ちゃんと「ええ。ええんじゃ!主は時々アラシヤマより酷いのぉ!」
「コージ、今の直ぐに撤回しろっちゃ。」
「お、戻ってきたの。よし、寝るか!」

といって、コージはトットリの背中をばしんと大きくひっぱたき、そのままトットリを抱き枕のように抱き寄せて・・・すぐに寝てしまった。

(あ、あれ・・・僕何しに来たんだわいや・・・)
(あ、そうだ・・・血に飢えて、無理矢理抑えてたのが爆発しそうになって・・・)
(戻ってきたって、何がっちゃ。)

少し首を上にやると、酷く間抜けなコージの寝顔があって・・・その瞼の刀傷を見てトットリはやっと安堵し、自らを包む体温があることに気付いた。

(僕、やっぱりアラシヤマと違うわいや。)
(体温が解るし・・・)
(でも、もうコージのとこにも来れんようになっちまったわいや。)
(・・・あれじゃあ”いつでもお前の心に土足で踏み込む準備ができとる”言うのと同じだ・・・)

体温が分かるのは血が通っていることが解る証拠。
それが分かっただけでも、来た意味はあったか。叩かれた背中がじわじわ痛んできた。この馬鹿力と心の中で呟き、トットリも瞼を閉じた。








何気にコトリも好きなんです。
コージは同期でもあれだけ年齢に差があって体格も一番いいから、根っからのお兄ちゃん気質だといいなと思って。
それでべたべた犬っころみたいにミヤギくんになつくトリちゃんを見ながら、「トットリはミヤギにしかなつかんのぉ」なんて確信突いたとこ思ってるといいなぁ。
そして、コーちゃんはトリちゃんの本質が解ってるといいなぁ。アラシヤマも解ってるけど。ミヤギくんは解ってるけど解らない降り・・・解りたくないのほうが正しいでしょうか
本気で嫌いあってるアラシヤマとは違うな。
まず身長差が違うな。
コージの体使って跳んで、苦無飛ばすトリちゃんとか戦ってる二人もいいですね。
ていうかトットリはん、その能天気雲の使い方、グレイトフルデッドや・・・!