おまけの人生(トリ誕&伊達衆)






南国から現実の世界へと帰って来たトットリが目覚め、最初に見た風景は、白い天井だった。
ここはどこだろう。頭がまどろむ中、少し身体を動かそうとしたら全身中に耐えがたい痛みが走り、同時に南国での最後の戦闘を思い出し、ぐ、と強く奥歯を噛みしめた。
痛みが落ち着き、考える。
ここは病院か。少し顔を動かせば、窓ガラス越しにガンマ団本部の建物の一部が見えた。
ガンマ団内の、入院室か・・・。他のみんなは無事だろうか・・・。
トットリは薄い溜息をついた。

折角死を覚悟したというのに、生きながらえてしまった。
トットリ自身は生に深く執着はしてはいないが、忍の術は如何に敵の目を欺き、隠れ、味方の元へ帰還するための術だ。そんな術を会得した自分を誇りに思っている。
だから、逃げも隠れもせずに一度死を覚悟したということは、例えアラシヤマの我儘に応えた形だったとしても、死んだも同然に思えた。

「けど・・・生きてる・・・。」

これからの僕の人生は、おまけのようなものだ・・・。



入院している最中、シンタローが見舞いにやってきた。その時、南国で戦った他の連中もみんな生きていると告げられ、心から安堵した。(心から安堵できる自分がいて、本当によかった。)
それから、シンタローは自身がガンマ団総帥を継ぐことを言い、南国に赴いた刺客は皆、シンタロー直属の部下にすると告げられたが、トットリは無言で返した。
シンタローもあえて返答を求めずに言うだけ言って背を向けて退室していくのを、トットリはじっと見ていた。

(僕のおまけの人生は・・・まあ、“ここ”に入った時から決まってるっちゃね。シンタローについてくしか、道はねぇっちゃ。)


怪我も治り、トットリがまず最初にしたのは散髪であった。
店に行き、髪をシャンプーで洗ってもらい、綺麗なハサミで切ってもらい、ブローされる。全て終わればお金を支払い、そこで終わり。
店を出て、行き交う沢山の人たちに混じり汚れた街の空気を吸いながら歩く。確かに地を踏みしめているのにコンクリートの上はふわふわとしていて、地面を踏んでいる気がしない。
これが、本当の現実だ。
現実の世界はとても寒く、空は遠く、薄い。
南国の温かい気候ですっかり忘れていたが、この地には四季がある。今は冬か・・・。
トットリは南国から帰って来てから、今日が何月何日何曜日であるのか全く見聞きしていない。
あえて、だ。
そんなもの知らずとも、太陽は出、落ちる。
時は皆に平等で、その日その時のままに過ごすことで、自分らしさを取り戻せたと南国から帰って来てから思った。
春なら春、冬なら冬。それくらいでいいじゃないか。
しかし、散髪後だから首や頬の辺りに冷たい風が当たる度、トットリは思わず肩をすくめた。さらに、雪までちらついてきてしまった。

「うう・・・そんな季節か・・・。早く帰ろ。」


ガンマ団の自分の部屋に帰って来たトットリは唖然とした。
自分の部屋に、ミヤギとコージがいたのだ。

「おぉ!やっと帰って来たなぁ、トットリィ!あ、おめぇも髪切ったんだな!」
「わしらずっと待ってたけんのぉ、まぁ座っちゃりぃ!」
「二人とも、何して・・・?」
「これから皆で銭湯さ行ぐべって話してたんだ、んだがらトットリのこと待ってたんだぞ」
「銭湯?」
「んだ、折角みぃんな帰って来れだんだ。久しぶりにでっかくて熱い風呂さ入んべ」
「言いだしっぺはわしじゃ。でっかい風呂に入りたいのぉ言うたら、ミヤギがノってきたけん」
「ははは・・・」
「つーわげで、持つもん持って早ぐ行ぐべ!」
「ははは・・・」

二人の勢いに乗るしかなくなったトットリは、そのまま二人についていった。
その前にと、コージが一つの部屋のドアを殴りこみさながら蹴り破り、中から悲鳴と同時にアラシヤマを引きずり出してきて、そのまま4人で近くの銭湯へと向かった。




トットリは先に服を脱ぎ、浴場に入って頭を洗っていた。
結局無理矢理な形で銭湯に連れて来られたものの、確かにこれぐらい広い湯船に入るのは久しぶりだ。少しわくわくしている。

「なんでわてまでこないなこと・・・」

からりと脱衣所のドアが開いたので髪を洗う手を止め見てみれば、胸から太ももまでをバスタオルで隠したアラシヤマがやってきて、思わずトットリは頬を引きつらせる。

「うっわ、お前どこまでキモいっちゃ、タオルで胸から足まで隠すって女か!」
「露出する肌は手足だけで十分どす。・・・にしても、コージはんはすっかり生まれたままの姿どすなぁ」

アラシヤマの直後にコージが漢らしく前を隠しもせずにのしのしと浴場に入って来、最後に普通に腰にタオルを巻き付けながらミヤギが入ってきた。ただし、ミヤギはマイ風呂セット持参である。
4人並んで、各々がシャワーなり湯を桶に張るなりしているなか、ミヤギの声が辺りに響いた。

「こうしてっと士官学校時代思いだすなぁ」
「そうだっちゃねー。ミヤギくん、一回のぼせて倒れんさった「そだごどもう言うんでねぇトットリィ」
「わてにはそんな思いであらしまへんけど」
「そうじゃ、みんなで背中の流しあいっこせんか!?」

そこでトットリは、え、と、隣のアラシヤマが少し引いたのを感じたが、もう片方の隣にいるミヤギが目を輝かせ身を乗り出して“やっぺ!”といい、結局そうなってしまった。

「ちょっ、コージはん!!力強ぉてっ・・・わてのお肌が削がれっ痛っ!」
「はっはっは、これぐらい我慢しちゃりぃ!」
「そういう問題じゃありまへん!」
「ほれ、トットリ、これな。」
「?あ、ミヤギくん、弱酸性の石鹸使うの久しぶりっちゃね。」
「だがら。南国の前以来だがんなぁ。よぐオラの肌、南国の潮風に耐えたもんだぁ」
「ミヤギはんはお肌が弱いっていうほうが驚きどすわ」
「お前、少し黙れっちゃ」
「あんさんもなぁ」
「僕はあんま喋ってねぇだらぁ」
「火に油注ぐ真似はやめとくれやす」
「仲良しさんじゃのう」
「アラシヤマ、トットリはやらねえぞ」
「最初からいりまへんわ」

ミヤギの背中をごしごしと洗っていたトットリは、ミヤギがこちらを振り向く気配を感じて自らも振り向く。
今度はアラシヤマの背中を力任せに磨きあげていくが、アラシヤマ越しにあるコージの大きな背中を見て、ふと気付いた。

皆、同じ生々しい傷痕が身体中にある。
癒えたての、未だ赤く熱を持っているような切り傷や、火傷のケロイド状になったそれや、形容のし難い抉られたような傷・・・。
確かに、確かに皆南国で戦い、死を覚悟した同志。仲間、というと少し恥ずかしいけれどきっとそうなのだ。

「痛ぇっちゃ、アラシヤマ」

何故か少し泣けてきたトットリは再びくるりと振り向いて、背中を強い力で拭いて来たアラシヤマのせいにして、頭を少し垂れた。





大きな湯船につかり、ぼーっとすること数分、のぼせると言って最初にミヤギがあがり、アラシヤマも黙って脱衣所に向かっていった。
トットリはコージと共に上がって、先にあがって着替えていたミヤギからやや強制的にコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を持たせられ、やはりやや強制的に一気飲みをさせられた。

銭湯を出ると周りはすっかり暗くなっていて、時折雪がちらついている。
ちらついていた雪は、さらに舞い落ちてくる密度が多くなってきた。

「寒いっちゃねー。一体今何月なんだらぁね。」

身を縮こまらせながらトットリが呟いた言葉に、前を行く三人がとても驚いた顔で振り向いた。
何か変な事でも言っただろうかと思ったトットリの首に、雪ではないものがふわりと落ちてきた。
それは、薄手の赤いマフラー。

「・・・えっ・・・」

戸惑うトットリにミヤギが悪戯っぽく笑い、トットリのこめかみあたりを小突いた。

「おらたちからの誕生日プレゼントだ。」

・・・え?

「暦を見ろとまではいいまへんが・・・雪まで降ってはるんや、今日がなんの日かぐらい察しなはれ。」

コージとミヤギはそれ以上何も言わず、トットリの肩にポンと手を置くとそのまま二人で神田川をでかい声で歌いながら先に歩いていく。
アラシヤマだけが、トットリをじっと見据え立っていた。
アラシヤマの言葉に、トットリはやっと今日が自分の誕生日であると気付き、はっと言葉を飲んで数拍、何やら銭湯で湯上がった身体とは違う何かで顔が熱くなってきた。

「あんさん、あの南国の世界に憑かれてますわ。トットリはん、あの場所で自分は一度死んだ思うてますやろ。」

どきりとトットリは心臓を鷲掴まれた。
紛らわすように首に巻き付いたばかりの赤いそれをぎゅっと握ったけれど、アラシヤマの唇は止まらない。
それどころか、今まさにトットリが握りしめているマフラーを指差してさらに言う。

「それ、わての提案や。わての我儘の清算や。あんさんに貸し作ったままじゃあわてが気持ち悪いんどす。それに・・・赤は赤でも、暫くしたら冷たくなる血やのぉて、それはずっとあったかいままや。南国と一緒でな。・・・ああ、あの二人、わてに全部押しつけはったわ。」

今日はより気持ちの悪いことを言う京都人だと思ったトットリは、アラシヤマの言葉を深く噛みしめることなく、首元のマフラーに目を落とした。
そうか、今日は僕の誕生日だったのか・・・。
それくらいの日なら覚えていてもいいか。誰かに祝われているのに、自分が知らないのは寂しいから。

(古い僕と、新しい僕の誕生日っちゃね。)

前のスカーフは、南国でボロボロになって逝ってしまった。
そして、おまけというものは本来のものより楽しくて、わくわくして、嬉しいものが多い。
僕のこれからもそうでありますように。
今までの僕より、ずうっと楽しい事が待ち受けていますように・・・。
トットリはアラシヤマに向かって”だらず”と小さく呟いた。
その顔にはやっと、笑顔が戻っていた。








南国とPPWの間の話。なんだかんだで伊達衆は仲良しだといいと思います。
しかし仲良し以前に生死を共にした仲間なんだよなぁ。
いいなぁ・・・
彼等に沢山沢山幸せが訪れますように。
そしてトリちゃん、2月生まれのB型でありがとう。誕生日が似ている好きなキャラは貴方だけです。
沢山沢山心の底から笑っていてください。