はりねずみ(アラトリアラ)






トットリは久しぶりにガンマ団の制服を着、事務処理をしている。
といっても、パソコンをまともに扱えないので、ミヤギとともに、コージよりパソコンのキーボードの打ち方から教わりながら、事務処理の手伝いをしていると言った方が正しい。
数時間かけて何とか作り上げた1枚の書類を片手に、ガンマ団本部内を歩いていた時、珍しい人物が前からやってくるのを見つけて、トットリはやや目を丸くした。
屈強な体躯を持つ団員たちが往来する中でも頭一つ抜きん出た長身。全身黒いレザーを纏い、蛇のような目をした男は確かに特戦部隊の一人のマーカーで、悪目立ちしながら一人廊下を歩いているのだ。

「・・・」
「・・・」

けれどそんなことはどうだっていい事だ。常に集団で行動を共にしている特戦部隊の一人でも、一人静かに歩いている事だってあるだろう。特戦部隊とはいえ、ガンマ団の団員の一人であることには変わりはないのだから。
だから、トットリは澄ました顔でマーカーと僅かに瞳だけを交わし、すれ違おうとした。

「お前に忠告する。今のアラシヤマに近づくな」
「どういう意味だっちゃ」
「言葉通りの意味だ」

すれ違い様の会話は二人以外には聞こえないであろう程の小声で、一瞬で終わった。
言葉通りの意味とは言っても、憶測も出来ない程の無表情の声色では忠告になってはいない。だからといって、もう一度聞き返えしてもきっとあの男のことだ、もう何も言わないだろう。トットリは振り返りもせずにそのまま自らが目指す秘書室に向かった。



(あげな事言われたら、ちょーっと悪戯してやりたくなるわいや)

秘書室に自らが作り上げた書類を置いてから、トットリはそのまま団員の居住空間へ足を向けた。
実はマーカーの言葉には少し思い辺りがある。
最近のアラシヤマの室内から感じる気配だ。
鬱屈した空気はいつにも増して、時折殺意まで垂れ流している。その他にも気持ちの悪い淀んだ感情も孕んでいるように感じる。
アラシヤマの部屋のすぐ隣に部屋を持っているコージは、何か察したのか最近は妹のところへ泊まり込んでいて、一番遠い位置に部屋を持つミヤギは何も感じていないらしい。
そしてトットリは、気味が悪いと一度怒鳴りながらドアを思い切り蹴ってやったが、それでも奴の気配は治まらないからそのままにしていた。
ここ最近でアラシヤマ自身の姿を見た記憶というと、一カ月前になるか。その一カ月前というのも、丁度奴が廊下を歩いていた一瞬を見たに過ぎない。
別にアラシヤマが心配なのではなかった。
ただ、行くなと言われたら行きたくなる。怖い物見たさと、また部屋の隅で膝を抱えていたら指を差して笑ってやろうという悪戯心がトットリの心を擽(くすぐ)っただけだった。





「・・・う・・・」

アラシヤマはベッドの中で身を捻りながら呻いた。
数日前までは出前を取って何とか腹に物を入れていたが、ここ3日は全く身体を動かせず、固形物を食べていない。何とか買い溜めをしておいたペットボトルの水だけで命を繋いでいるようなものだ。それですら冷蔵庫まで取りに行くのが困難で、サイドテーブルに置きっぱなしにしているが、中身があと一口で無くなりそうである。

「・・・熱ぅおすな・・・」

独り言と同時に吐いた溜息は言葉そのままに熱かった。
身体の調子が悪いと言ったらそれまでだが、こればかりは他の誰にも判るまいとアラシヤマは思う。・・・いや、師匠を除いた人間全てには判るまい。
身体の中で蟠(わだかま)る熱。それは、自らがいつも戦場で使う炎とはまた別の類になる。
出そうとしても出せない籠もるばかりの熱は所詮、身体の欲から出る熱。
その熱を例えるならば、性欲という低俗な言葉が最も近く、そしてアラシヤマ自身が全否定したい例えだ。
この熱は数年に一度やってきて、約一カ月程身体の中に居座っては苦しめる。
自ら慰めようとは考えはするが、そんなことをしたら後悔だけがやってくるだろう。自らの種は即ち他人というクズの種。自殺したほうがましだと。
そして今、他人を見たら欲に任せて暴走し、身体を貪るより早く燃やしてしまう恐れがある。自らの低俗な炎で他人を殺したくはない。だからこうして、自らを監禁し、外界を完全に遮断しているのだ。

(もうすぐ・・・もうすぐ一カ月終わりますえ、アラシヤマ。もう少しの辛抱どす)

こんな時、友人がいなくてよかったと思う。
鳴らない携帯。煩わしいものが少ないのは好都合だ。
なのに。

(どうして来はるんや・・・!)

部屋のドアは個々の部屋の主が持つカードキー1枚でしか開閉できないはずなのに、がちゃりとドアが開いた。
誰だ。
アラシヤマはごくりと固唾を飲み、寄るなと願う。

「おーおー、一気に殺意垂れ流しちょー、どうにかしんされ」

ああ、どうしてこんな時に大嫌いな忍びが!
アラシヤマは身の毛がよだつ思いをしながら毛布を頭からかぶり、トットリの姿も気配も少しでも感じないように背を向けた。

「・・・あんさん、ロックの解除できはったんどすな。プライバシー侵害、不法侵入やわ」
「アホか。僕ぁ忍びだけぇ、ドアとかトラップの解除は楽チンだっちゃ」
「パソコンは良ぉ使えんのになぁ」
「こういうのは勘でどうにかなるんだわいや」
「はっ、・・・野生の動物と同類おすな」

今のわてもな。
自らを皮肉りながら、アラシヤマは毛布の中で身を縮こまらせた。
一方でトットリは目の前のベッドの上にある大きな毛布の塊を見下ろして、廊下ですれ違った時のマーカーの言葉を思い出す。

“今のアラシヤマに近付くな”

どうして?
ただの殺意だけの塊なんて、苦無一本でどうにかできる。やがてトットリは、動物園の動物を観察するように、ベッドの脇の床の上に体育座りになり、じっと塊を見上げた。

「お前、何してんだらぁ」
「・・・」
「とうとう余所にも出れなくなったんなら、お前の師匠のとこにでも行けっちゃ。同じフロアの僕らぁに迷惑かけんな」
「・・・どうしてあんさん、来はったん?」
「別に?お前の師匠に会ったけぇ、お前に近寄るな言わんさったから来ただけっちゃよ」
「・・・腐った忍者はんどすなぁ」

師匠までお節介にならはったんか!思わず殺してやろうかと毛布の端からそっと怨念を込めて見つめ返してやった。が、トットリは獰猛な野獣がこちらを向いたと冷静にそれを見つめ返す。
ああ、この瞳は知っている。
箍が外れそうな野獣の瞳。これは油断したら本当に喰われ兼ねないと、トットリは体育座りをしながらもいつでも手が出せるように自らの苦無に意識を向けた。

「・・・お前、もしかして発情期?」

無邪気な忍者の問いに、毛布の中のアラシヤマは気付かれぬよう再びごくりと唾を飲み込んだ。
そして、言葉が出てこない。だからきっともうトットリは、自分がその状態だと感じ取っているはずだ。

(笑いなはれ。こんなわてを、笑いたければ早ぅ笑えばええどす)
「はりねずみみたいっちゃね」

いっそ指を差して笑えばいいものを、憎たらしい忍者は無邪気な言葉と無関心な視線でアラシヤマを突き刺す。
そして、トットリの言葉を理解できぬ程アラシヤマは馬鹿ではなく、ぎり、と、沸き立つ殺意と欲を我慢するのに歯を食いしばった。

「近づいても自分から針を出して、近寄れない。ははっ、あげな可愛い生き物とお前を一緒にできんけど」
「それ言ったらあんさんだってハリネズミや。小さい自分の懐だけに大切なもんを少しだけしまって、それ以外を針で近づけなくさせるんや」

それが今のアラシヤマにできる精一杯の抵抗だったが、詰まる所、下衆な忍と自分は同類ということだ。
何という事だ!思わずシーツを鷲掴んだ。

「あはははは!・・・・・・・・・お前と一緒にすんな、だらず」

トットリの語尾がひと際低くなり、アラシヤマは不敵に笑った。

(そうや、トットリはんは笑えばええんどす。あんさんはそうやって全部笑顔の中にしまい込んだ黒い方や)

ふいに、ベッドサイドに気配がした。
僅かに開けた毛布の隙間から、サイドテーブルに新しいペットボトルが置いてあるのが見えた。

「餞別」
「貸しは作りたくないんどすけどな」
「そいなら、得意な火で蒸発させればええっちゃ。お前の土左衛門が見れるの愉しみにしてるわいや」

それだけを言って、トットリはアラシヤマに背を向けた。
制服姿で来てよかったのかもしれない。
足元はいつもの下駄ではなく黒いブーツを履いている。これでは能天気雲は呼べない。即ち、何かあればアラシヤマの炎を消せず、自らの体が燃やされる可能性もあるわけだ。
だが、トットリは無傷のままアラシヤマの部屋から出る事ができた。
・・・奴と貸し借りなど、誰がするか。

(あいつのパソコンのデータ、全部消してやる)

そしてトットリはミヤギとコージのもとへ戻るべく、足取り軽くいつもの明るい顔で鼻歌交じりに、殺意と欲望が渦巻くフロアを後にした。








甘くねええええ!
アラシヤマ&トットリは私の中で絶対にデレないのに成立する二人というか、二人で感情がプラマイゼロ、そんな感じがします。
師匠は馬鹿弟子が傷つかないように、ちょっと危険なトットリに声かけちゃったっていう。
アラシヤマとトリちゃんが二人だけで笑えるシチュエーションってなんだろう・・・
やっぱり南国にしかないのでしょうか。もしくは伊達衆でいないと笑えないのかなぁ。
アラシヤマは潔癖で、ミヤギくんはピュア。トリちゃんはピュアを装う何か(あざとくはない)。コージは包容力ッて感じがします。
同族嫌悪万歳!