たかいたかい、ねえ、たかい?(ミヤ←トリ←アラ)






トットリは習字をしているミヤギの顔が好きだ。
最初にミヤギが書写をしている場面を見たのは士官学校時代だ。
ミヤギ自身が書く字はしょうもないものから何と読むのか分からない、やたら画数の多い難しい漢字まで多岐に亘る。それでも、どんな字でも教科書に載っていそうな達筆な筆さばきが字とあっているときとミスマッチな時があって、それにツッコミを入れるのもまた面白かったっけ。

あの南国の島から帰ってきて、ふとミヤギの部屋に行った時、さほど昔ではない日常の風景を思い出そうとしながら、トットリは思わず息を飲んだ。
背を伸ばし正座で机に向かうやや俯いた横顔。
左手は彫刻のように机の上の習字紙を押さえて動かず、右手には生き字引の筆ではない、普通の筆を持ちながら、機械には到底真似はできぬであろう緩急をつけて動いている。
息が詰まりそうな緊迫した空気と、それを醸し出すミヤギの姿は南国に行く以前にも見ているはずなのに、トットリは何か違和感を感じた。

(あ・・・髪・・・)

前と違うのは、ミヤギの髪だ。
以前は、邪魔になるからといって習字をする前には髪を一つに結って臨んでいたが、今はそうする髪の長さではない。
髪が短くなったミヤギの俯いた横顔の、僅かな前髪の隙間から、瞳が見えた。綺麗な青色は、己の書いている字を見ているのか、筆の行く先を見ているのか、字の向こうにある何かを感じているのか、それとも全くの無心なのか。
トットリは全く予想がつかないほどに魅入っていた。

(綺麗っちゃ・・・ミヤギくん、なんでこんな戦いばっかりしちょるガンマ団に入ったんだらぁか・・・)

じっとミヤギを見ながら考える余裕の出てきたトットリは、自分のせいでミヤギの髪が短くなったのだと改めて自責の念に駆られる。
もっと僕が強かったら。負けていなかったら。
ミヤギくんは、あんなに大事にしていた髪を切ることはなかったのに・・・。

トットリは、どうやって南国の島からここへ帰って来たのか覚えてはいない。
アラシヤマの自爆技で皆と心中を覚悟した所までは覚えている。代わりに特戦部隊と戦う前の南国の思い出を頭に描いてみれば、そこは全てといっていい程ミヤギとの生活で埋まっていた。
思い返せば、士官学校時代やガンマ団で戦いに身を投じた時には味わえなかったものがそこにあった。

(木の実採って・・・スイカの種飛ばして・・・昼寝して・・・星も綺麗だったし・・・)
(ああ、そういえばミヤギくん、“海に入ったら髪が潮で痛んじまうべ!”とか言っちょーたなぁ)
(・・・ミヤギくんは・・・僕の・・・パプワ島みたいなもんで・・・)
(ミヤギくんはどう思ってるんか知らんけど・・・)
(変わった・・・んだっちゃね、多分。よぉ分からんけど)

ミヤギは“トットリ”という存在を、この世に引っ張り上げてくれる存在なのだ。今にも暗い闇沼にずぶずぶと浸かりそうな自分は、彼がいるから大地に立っていることができる・・・。
その時丁度、一文字を書きあげたミヤギがトットリのほうを向いて首を傾げた。

「どしたぁ?トットリ。そだとこさ、つっ立って」
「あ、あぁ・・・ええと・・・」

ミヤギに見惚れていたとは言えないトットリは、すっかりミヤギへの用事を忘れていて、そういえばそうだったと我に返ったが、要件そのものを思い出せずに考えあぐねていた。
どうしようかと俯いたとき、丁度自分の下駄が目についた。
その下駄にはまだ字を書いてはいない。ミヤギの部屋に来る直前まで履いていた下駄の歯を限界まで消耗してしまったので、新調してきた所だったのだ。
咄嗟にトットリは下駄の片方を脱いで、ミヤギへ差し出した。

「ミヤギくん。僕の下駄に字ィ書いてごせ」
「ん?オラに下駄占いの字ィ書けってが?」
「うん。僕ほら、細かい模様が苦手げ、木目もちぃと苦手なんだっちゃ。つい漢字を間違ぉて無駄に下駄を削っちょー、なら、最初からミヤギくんに書いて貰ったほうがええかなーと思って」
「んー、オラでいいのが?」
「勿論だっちゃ!」
「生き字引きの筆じゃねくっていいが?」
「うん!」

トットリは笑顔で応え、ミヤギに下駄を両足とも差し出した。
げん担ぎのような部分もある。
そうしてミヤギに書いてもらった字は、とても達筆な、確かなミヤギの筆跡で、トットリはそれだけで力が沸いてくる気がして、さらに笑顔になってミヤギの手元を覗き込んだ。



それを。
一瞬で奴は焦がした。
迂闊だったと思う前に、下駄を焦がした奴を攻めた。
某国よりの依頼で戦場に立ち、前線でゲリラ戦を展開していた時、一緒に出撃していたアラシヤマの炎が突如背後から迫ってくるのを感じて、咄嗟に跳んで宙へ舞った瞬間、下駄の裏を熱が奔ったのだ。
瞬時にミヤギの笑顔と、寒気にも似た嫌な予感が脳裏を過(よぎ)り、着地したと同時に下駄の裏を見ると、見事に下駄の裏は炎に焼けていた。
木目と同時に字も黒く焦げて見えなくなっていた。
綺麗な・・・「   」が、消えた。

「・・・っ」

トットリはアラシヤマの顔面目掛けて思い切り苦無を突き刺そうとするも、一寸の所でかわされ、さらにアラシヤマが咄嗟に出した暗器で苦無の切っ先を受け止められていた。
アラシヤマは不敵な笑みを浮かべてトットリをどろりと見つめている。
トットリは言葉が出て来なかった。

「・・・トットリはん、あんさん今自分がどないな顔してはるか、分かってます?」
「・・・・・・」
「お人形さんみたいやわ。無表情の。それがあんさんの素顔どすか?」
「・・・」

言われなくても知っている。
笑顔の自分も本当の自分。裏に潜む無表情の自分もまた自分だということを。だって、それを気づかせてくれたのがミヤギくんで・・・。
だから、自分の武器である下駄に御守りのように字を書いてもらったのに!

「わてはあんさんのその表情のほうが好きどすえ」
「きさんっ・・・!」
「今の殺意丸出しの、無表情のトットリはんのほうが素やろ?あんさんはあの顔だけのお人に素の真っ黒な自分を救済してほしいだけやないんどすか?」
「・・・違うっちゃ」
「へぇ。なら、この苦無は何どすの?あんさんの知らないとこで、ミヤギはんも汚れてるかもしれ「黙れっちゃこのだらず!」

トットリは思いっきりアラシヤマを突き飛ばし、乱れたマフラーを直して背を向けた。
そんなことはない、そんなことはないと自分に言い聞かせながら。

「・・・友達おらんお前には所詮わからんっちゃ」
「せやな、あんさんの言う“友達”はわからんでもええと思いますわ。ただな・・・」

一歩、一歩と近づいてくるアラシヤマから、トットリは目を逸らすことはできなかった。そしてとうとう目の前に奴がやってきて、そっと耳元に唇をよせて、囁いた。

「あんさんも、わてとおんなじやで」

そこでやっと我に返ったトットリは、ここは戦場だと言い聞かせながら、使い物にならなくなった下駄を森のなかに放り投げて敵の気配のするほうへと消えていった。








ベスフレを書いてみようと思って書き出したはいいんですけど、ベスフレ同士だとなんかこう、眩しくて見れない!って部分がありまして・・・
なんでしょう、本当に綺麗すぎて現実味がないというか、本当にベストすぎるというか。
そこにアラッシーを入れたら一気にどん底なっちゃいましたどうしよう。
悩んでるトリちゃんとか、ちゃんと救われるトリちゃんが好きだし、ミヤギくんといることで精神の均衡が保っていられるトリちゃんが好きです。(え)
南国に行ったことで、精神分裂起こしてるのもいいなーなどと嫌な方向に私が曲がってきてどうしよう・・・。
可愛い男前なトリちゃんも書きたいので、それはのちのち。
ミヤギくん視点も書きたいなー。