紫陽花と雨と赤(ppw トットリ)



小さい頃から足は速かった。
鉄棒もマット運動も木登りも得意で、身体も柔らかかったからいつも体育の成績はよかったっけ。だから、とてもとても山奥の小さな学校だったけれど、友達はいた。
でも、いつも遠足日は、雨。
運動会の日も、雨。
前日はかんかん照りの陽気でも、天気予報を見て明日は晴れだとテレビの中のお姉さんが言っていても、当日になると必ず、雨。
家族とどこかへ行く日も雨で、必ず自分がどこかに行く日は、頭上には雲があった。
いつの間にか皆から雨男と囃し立てられて、でもそれはいじめだとは思わずに、一人学校の帰り道であーした天気になーれと靴を放り投げた次の日の晴れた日の嬉しさは、一体誰に言ったらこの喜びを分かってもらえるだろうかと思ったものだ。
だからトットリは、何か特別な日の前日は、学校帰りにあーした天気になーれと占うようになった。

学校帰りの、いつもの山道を通っている時だった。
忘れもしない雨の日。
あの日も雨の日で、山道に咲いていた紫陽花を家に持って帰ろうと手折った時だった。
自分の後ろに白い着物を着て首に赤い襟巻をした知らない老人が、杖をついて立っていたのだ。
そのしわくちゃの顔に隠れている双眼は鋭く確実に幼いトットリと捉えている。
誰だろう。知らない人だっちゃ。けれど、一本道の山道にいるトットリは逃げることもできず、ただただ老人の瞳を見つめ返すことしかできず、何より老人の瞳の強さがトットリの足をそこに縫い止めて離さない。
やがて、老人は枯れ木のような指をそっと上げて、トットリの頭上を指差した。

「はて、こりゃ珍しい。空を操る雲を持つ童がおる。」

老人は低い声で呟くと、薄く笑ってトットリに背を向けてゆっくりと歩き出した。
怖くなったトットリは手折ったばかりの紫陽花を放り投げて、そのまま走って家に帰った。



そして、その次の日から、トットリは学校に行かなくなった。
否、行かずともよくなった。
どうも、忍者の修行をさせられるようになるらしい。そんな本の中の話のような事をすることになるなど幼少のトットリはすぐに頷くことなどできず、また、いきなり親元から離されるのが嫌で毎日泣いた。
結局、やってきたのは知らない山奥深く。地元かどこかすらもわからないが、自分の師匠となったのは、あの、学校帰りにみた老人だった。

修行は辛いの一言で、毎日が学校と違って、一歩間違えると本当に落命する寸前。
ただ、いつも兄弟子たちが助けてくれた。
手裏剣や苦無の持ち方も、投げ方も、身代わりの術も。
頭では分からずとも、要僚が分かれば元々運動神経がよかったから感覚で飲み込めた。
しかし、トットリは思う。
今どうしてこんなことをするんだぁか。今必要なんは、大人になった時のために役立つことを学校の先生に教科書で教えてもらうことと違うっちゃ?
そして、一人、また一人と居なくなる兄弟子たちも気がかりだった。

(手裏剣とか、クナイとか、人を殺す道具じゃあないや?これじゃぁ、僕、人殺しの勉強をさせられてる・・・)

やがて、兄弟子は一人もいなくなり、トットリだけになってしまった。
その頃には既にトットリは全ての術を得、木から木へと飛び移り、投げる苦無も百発百中、そして数十キロを短時間で走れる程に成長していた。

ある雨の日。
トットリは師匠に呼ばれ、師匠のいる御堂に足を運んだ。

(何だいや、お師匠さん。)
(トットリ、儂を殺してみんさい。)

「・・・え?」

驚いた次の瞬間に、師匠はトットリの目の前からふと消えて、トットリの首根に苦無を突きつけていた。
一寸の差で変わり身の術でかわしたトットリは、師匠が向ける殺意に戸惑いながらも次々とかわしてゆく。
だが、戸惑うトットリとは裏腹に、師匠は嬉しそうに微笑むばかり。

「儂の目は節穴でなかったで。わりゃが一番儂の技を、かわしとる。」
「ていうことは兄さん達は・・・」

師匠は何も言わず、長く赤い襟巻を翻し、手裏剣を飛ばす。
トットリは舌打ちをして跳び、御堂の柱に着地、そのまま逃げる、逃げる。

「これは鬼事じゃにゃあで。わりゃの技、儂に見せろっちゃ。」
「嫌だっちゃ!」
「ほんなら、わりゃも儂が片づけにゃあな。」

師匠の殺意は今までに感じた事がない。きっとこれが本当の殺し屋なのだ。
どうして僕が。
どうして僕が。
どうして、僕が!!

師匠が赤い襟巻を外し、トットリに投げつけ再び姿を消した。
トットリは無意識に履いていた下駄を投げる。
その瞬間、どこからともなく雲が現れて、雷が落ちたのだ。
落雷した先には、師匠の杖。
師匠はそのまま、どうと床に倒れた。
トットリはがく然としたまま、倒れた師匠に駆け寄る。

「お、お師匠さん!なんで・・・なんで、こんな!」
「・・・とある集団から声がかかったんだわいや・・・。殺しに手を貸せちゅう・・・でも儂ぁもう年ぞなぁ・・・」
「だから・・・若いのを・・・?」
「あの雲は・・・わりゃだけが使える・・・。儂でも操れなかった雲や・・・それから・・・」

師匠は御堂の暗がりの中にひっそりと横たわっていた自らの赤い襟巻を指差した。

「あれを・・・持っていくとええ。」
「・・・?」
「・・・・・・この・・・だらず・・・わりゃは・・・これからずっと人を殺してくんや・・・こんくらいで泣くないや・・・。」
「でも・・・でもお師匠さん!」
そこで、師匠の息は絶えた。その顔は、最初に会った頃のようにしわくちゃで、そして笑っていた。





「・・・はん、トットリはん!はよう起きなはれ!」

ふと、トットリは目を覚ました。
気づけば密林の中、しかも夜で真っ暗闇だ。
そうだ、今は任務遂行中であったのだ。といっても、もう任務は終わって帰路につくだけなのだが。
見ていた夢の内容も内容であったが、最初に目があったのが大嫌いな京都弁を使うNo2であったから、つい、げ、と顔を歪ませた。
アラシヤマもアラシヤマで、嫌味たらしく腕組みをして溜息をつく。

「任務中にお昼寝かます忍者はんなんて聞いたことないどす!全く。」
「もう終わって帰るんだからええがいや。」
「報告が遅れたらシンタローはんに怒られますえ。」
「僕ぁすぐに終わらせた。足を引っ張ったんは辺りを真っ黒焦げにした根暗のせいだっちゃ。このだらず。あーあ、僕ぁミヤギくんと組みたかったわいや!」

といいながら、トットリは近くの小川に降り立ち、血に濡れた自らの赤い襟巻を洗い出した。
速く帰りたいアラシヤマは堪らずにトットリに叫ぶ。

「あんさん、そんなもん洗ってる場合おすか!」
「黙っとれ。」

お師匠を自分で殺した事のない奴に言われとうない。
近くにお師匠がいる奴に言われとうない。

「僕、小さい頃友達おったよ。」
「わてへの当てつけどすか。」
「でも僕、やっぱりお前のこと嫌いだで。」
「・・・わてもどす。」

あたりには、トットリが赤い襟巻をザブザブと洗う音だけが木霊していた。





ねつ造昔のトットリ。
すんまへん、うち、どっちかっちゅーと東北の人間なもんで(しかもミヤギでもない)
全く西国の方言がわかりません。
間違ってたらすんません。