ぼくの夏休み(ppw 士官学校時代アラ&トリ)






士官学校の夏休み期間になると、学生の大半は皆それぞれの故郷へ帰る。
トットリもそのうちの一人であったが、皆より少し早めに学校の寮に戻っていた。

しかし戻ってきてもあまり休む暇はない。
渡された課題を消化する日々。銃撃の演習や空爆の処置など士官学校独特の、普通の中学校や高校とは違う課題もあれば、普通の漢字練習、数学、英語など、所謂一般的な課題もあった。
トットリは、演習の課題はすぐに終わらせたものの、机に向かって行う課題は中々簡単に解けず、場所を変えればどうにかなるかもしれんと思って、士官学校の教室へと向かった。

「あ。」

ガラリといつものように教室の扉を開いてみると、先客がいた。
先客はどろりとトットリを見、そして自らの机上に再び目を落とした。
アラシヤマであった。つい、自分だけだと思っていたトットリは少し驚き、でも寮へ戻ろうという気も起きなかったから、すぐに足早に自分の席についた。
しかし何と言う事か、自分の席はアラシヤマのすぐ隣。トットリはあまりアラシヤマのことが好きではなかった。
いつも何を考えているのか解らないし時々一人でぶつぶつ言っているので、あまり話したこともない。ただ一度、あまりにも独り言が煩いので“やかましいっちゃ”と隣から言った事があったが、それでもアラシヤマの独り事は止まらなかったものだから、以来トットリは気味の悪い奴だっちゃ、と印象を持っている。
そんな奴と、二人きりの教室だ。

「・・・。」
(こいつ、何しにここに来たんだいや。さっさと帰らんかな・・・。)

トットリはそそくさと課題と教科書を広げ、ペンを握った。
窓の外では、大きな演習場で先輩たちが演習を行っている。銃撃の音、空砲の音。時折、大地に着弾した爆弾が大きく鳴り響いて地面を揺らす。

「・・・あんさん、何しに来はったん?」

意外にも、先に口を開いたのはアラシヤマのほうだった。

「宿題が残ってるけぇ、ここに来たっちゃ。寮だと段々人が多なってくるし集中できへん。家だと・・・・・・家には長い時間いたくないっちゃ。」
「奇遇どすな。わてもどす。まあ、わてには帰るとこ無いんどすけどな。」
「・・・。」

そんなことを言われたら、アラシヤマは何の勉強をしているのか気になってしまう。トットリは、ちらと、アラシヤマの机のほうに視線だけを流した。
アラシヤマは絵を描いていた。
絵も課題のうちの一つだからそれを消化しているのには特に何も思わなかった。トットリは絵だけは故郷で終わらせてきた。ただ、故郷の山々の形を鉛筆で模って、緑と空色に塗っただけの風景なのだけれど。

アラシヤマが描いているのは、教室から見える外の風景だった。
しかし、その風景には欠けているものがあるのにトットリは気付いて、窓の外を見、再びアラシヤマの絵を見る。
絵の中に人が一人もいないのだ。
演習場には、隊列を作って走り込みをしている人間がいる。ライフルを持ちながら歩いている人間もいる。ただ、仲間同士話しながら歩いている人間もいる。
それなのに、アラシヤマの描く絵には人が一人もいないのだ。

「・・・アラシヤマ、それ、何の絵だいや?」
「見て解らへん?ここから見える風景どす。」

そして、また二人は黙った。
トットリは何とか漢字の課題を数問書いたが、隣が気になって中々ペンが進まない。最悪、ミヤギくんに漢字を教えてもらおうかと思ったが、そういえば彼は休みギリギリまで宮城に帰郷するといっていたし、ミヤギは去年の休みの最後の日に徹夜で宿題を終わらせていたのを思い出して、ミヤギくんに聞くことは出来ないと心の中で頭を抱えた。

(しんどい・・・。あ、コージが帰って来たら教えてもらおかな・・・)

「なあ、トットリはん。」

またかとトットリは思った。今日の根暗は妙に饒舌だ。

「わてら毎日毎日、人殺しの勉強してるさかい。あの演習場にいる先輩方も、わてらも、いづれは戦場に行くことになりますわな。」
「・・・だから何だっちゃ。」
「ここで勉強しはった人、数年後には何人残ってるやろな。」
「・・・。」

トットリはどきりとした。
二人しかいないこの教室も、アラシヤマが描いている絵も、耳に届く爆撃の音も妙にリアルで、僅かに身震いがした。
自分が早々に士官学校へ戻って来た理由は解っている。お盆になれば親戚が集まる。そうなると“学校はどうだいや、楽しい?”と聞かれるのが嫌なのだ。楽しいと言えば楽しい。それは多分、ミヤギやコージなど友人と話をするのが楽しいから。自分が学んでいる事も楽しいし面白いけれど、殺す手段を楽しいと言っているも同然なのだ。
それでなくても、忍術という殺しの手段を会得しているというのに。
だから、トットリは首を縦に振ることも横に振ることもできなくて、逃げるように士官学校に戻って来た。
最早、自分の居場所はここしかないような気がしてくる。そうなると、アラシヤマが言った“帰るところがない”というのにも頷けるような気がした。

「あ〜〜〜〜っ!!」

トットリは自らの中で渦巻く思考を吹き飛ばすように、大きな声をあげてペンを放り投げた。
目の端に、僅かに揺れたアラシヤマの絵筆が見える。
そしてトットリは席を立ち、ポケットの中をごそごそと探りながらベランダにやってきた。
ベランダに立った時、トットリの手にはシャボン玉を作る液とストローがあった。
寮に戻って来た時に、偶々寮の玄閑で一緒になった先輩に、“帰りに縁日でたまたまくじを引いたら当たったからやる”と言われてそのまま貰ったものだった。
後ろから、再び声が聞こえる。

「あんさん、いきなり何したはりますの。」
「見て解るがな。シャボン玉っちゃ。」
「何や、今日はご機嫌悪いどすなぁ。」
「お前が気味悪い事やってるからだがな!」
「人のせいにしたらあきまへんえ。」
「・・・・・・アラシヤマ、お前、人殺したことある?」
「はぁ?あらしまへん。師匠の元で、ぎょーさん修行は積みましたけど。」
「僕はあるっちゃ。」
「・・・。」
「一人だけやけど。師匠を殺した。」
「・・・。」

トットリは乱暴にシャボン玉液の蓋を開け、ストローをこれでもかと突っ込み、口に運んで息を吹いた。
次々と溢れるシャボン玉。
青空に浮かび、ふわふわと漂っていくシャボン玉。
綺麗だ、綺麗だ。
でも、次々と、ぱちんぱちんと音をたてては壊れて消えるシャボン玉。
これをくれた先輩は、いつまで生きるだろう。
ここで一緒に勉強している人間は、いつまで生きるだろう。
僕もいつまで生きるだろう。
・・・そんなん、わからんっちゃ!!

がた、とトットリの背後で音がした。
背後から気配が迫る。なんだと思ったら、アラシヤマに強く手首を掴まれて、教室の中に連れられていた。拍子に手からシャボン玉液が入った容器が落ちて、床にこぼれてしまい、怒りにまかせてアラシヤマの手を振り払おうとしたが思いの他アラシヤマの力は強かった。
そして無理矢理トットリは自分の席に座らされ、アラシヤマも自分の席に着いて肘をつきながらはあと溜息をつく。

「何するっちゃ!!」
「今日はほんに煩い忍者はんどすなぁ。あんさんここにシャボン玉しに来たんやないやろ。ほな、わてが英語ぐらい教えるさかい、とっととここから去んどくれやす。」
「何で僕がお前なんかに・・・」
「はいはい、ほなやることやりまひょ。はよしぃ。」

トットリはアラシヤマに軽くあしらわれていることに更に怒りを覚えたが、アラシヤマの言う事にも一理ある。トットリは仕方なく放り投げたペンを拾い上げ、机に向かった。


(なぁんも知らん馬鹿と思っとったけど、わてより殺しの先輩やったとはなぁ・・・。)




その後、アラシヤマの絵にシャボン玉が一つ描き加えられたことは、トットリはこの先ずっと知らないままである。







士官学校時代なので、ちょっと幼い感じを目指し・・・終わった。私が終わった。
トリちゃんちょっと怒りんぼ。感情表現が完全に思春期で反抗期。やっと少し毛が生えて来たかぐらいですかね。(南国の高松の健康診断は一体いつだったっけ・・・)
多分、トリに毛が生えてきたらミヤギくんあたりが物凄い叫びながら言いふらしそう。そしてなぜかお赤飯。どうして。
話は戻りまして、アラッシーは年上なこともあって精神的にもちょっとだけお兄さん。
ていうかこのアラシヤマ、お母さんみたいですね・・・。
後日、ミヤギくんは夏休み終了前々日ぐらいに帰ってきて、みんなに宮城土産(萩の月、もしくは伊達絵巻)を配り、そしてコージとトットリを巻き込んで徹夜で宿題を終わらせます。