開かずの階段・前編(ppw マーカー&アラシヤマ)






とても暑い日。
アラシヤマは10数年ぶりに、祇園に帰って来た。

久々に長い休暇ができて、読み耽るような書物もなく語らう誰かもいなかったから、何となくどこかへ行こうと思ったのだ。
きっとあの腹黒童顔忍者に言ったら“ヒキコモリがどっか行く!?明日は天変地異が起こるっちゃ!”などと言われそうだが、実際天変地異を起こしている人間に言われたくはない。
そこでどこに行こうかと考える。静かな場所がいい。ふと、自分が生まれた祇園の風景が頭を過(よぎ)った。
それからアラシヤマにとっては珍しく、衝動的に行動に移し、沢山の人間がいる空港に行き搭乗手続きをして何とか頑張って大多数に紛れて飛行機に乗り、これまた沢山の人間が行き交う電車駅から頑張って電車を乗り継ぎ、祇園にやってきた。
両親はどうしているだろうか。師匠の元に預けられてから一度も連絡をしたことなどなかったから特に会いたいとは思わなかったけれど、そこに生きている証拠ともいえる生活感の一部が何かしら垣間見えれば、それで立ち去って、あとは京都をぶらぶらとして帰るつもりだった。
実際、士官学校に入学後にやはり一度ふらりと祇園にやって来た時、そっと路地裏から母が家の前の道に内水をしていた姿を見ただけで、言葉を交わすことなく立ち去っている。
けれど。

「・・・。」

今回は空家になっていた。 長屋造りの二階建て。建物自体は数百年前に建てられたものだから壁も玄閑も黒に近い茶色に変色していて、修理した所も多くある。そんな玄閑には、赤く大きな文字で空家の二文字とその下に小さく不動産の名前と連絡先が書いてある長方形のプラスチックの看板が打ちつけてあった。
プラスチック看板の四隅を打ちつけてある釘が五寸釘に見えて、アラシヤマは力づくでその看板を取り外すと、携帯を取り出し、その看板に書いてある連絡先へ電話を入れた。

「ああ、あの、わて、祇園の一軒家を買い取りたいんですわ。・・・ああ、へえ。そうどす。あー、今日から住みたいんや、カード一括払いでええ?」



それからアラシヤマはレンタカーを借り、その間にガスと水道会社に連絡して不動産屋へ赴き、ひったくるように鍵を貰うと急いで家に入った。
家の空気は古く、そして夏の暑さが籠って酷く暑かった。堪らずに窓を開けて、ふうと一息入れればすぐに無かったはずの懐かしさがこみ上げてきた。
この科学が発達した世界に取り残されたように、家の玄閑は未だ土間で、すぐ脇にはちょっとした洗い場がある。土間は廊下のようにずうっと長屋の奥にある庭へと続いていて、庭に行くまでの踏み固められた土の両脇に部屋があった。
アラシヤマは土間の少し脇で靴を脱ぎ、そっと襖を開けてみる。
そこには、何もない座敷が広がっていた。
けれど、ああ、ここには大きな六段の箪笥があって、曾祖母はんの行李と暖炉があったんや。こっちには囲炉裏があって・・・。
少し奥の座敷に行ってみると、ひとつの桐箪笥がぽつんと置かれていた。

(これ、わての箪笥や。)

師匠に預けられる前、自分が使っていた箪笥だ。汗ばんだ手でそっと引き出しの取っ手に手を掛けて少し力を入れてみると、何かが入っている重みを感じた。
思い切って引いてみると、浴衣、帯、扇子、昔遊んだ玩具。昔、アラシヤマが身につけていたもの、触れていたものがそこに納められていた。
他の引き出しを開けてみても、やはりどこにも自分が使っていたものがあって、唯一一番下の引き出しにだけ、大人の着物が数着畳んで置いてあった。アラシヤマはこれは丁度いいと、紺紫の浴衣を手に取ってその場で着替え、帯を締めた。

着替えてふと、辺りを見渡した。
じいじいと、奥の庭から蝉の鳴き声がする。
急にこの場がとても広い空間に思えて、アラシヤマは静かにその場に座り、やがて、畳に耳を傾けるようにその場に寝そべった。

(暑いわぁ・・・。)

汗が額を伝い落ち、ぽたりと落ちたそれを畳がじわじわと吸い込んでゆく。
瞳を閉じた。
不動産屋曰く、家族は数年前にこの家から引っ越したらしい。行き先は言わなかった。
元々自分を煙たがっていた家族だ。縁を切りたかったのかもしれない。
“自分”という汚点を、なくしたかったのかもしれない。だから、あんな箪笥丸ごとひとつ残していって。
でも、ここは何度か“ただいま”と言った場所で、誰かの“おかえり”という声が響いた場所で・・・。

(・・・あかん。)

話すの苦手で、言う事きかんでちょっと小火起こして、気持ち悪い子供で、ああ、コイツもう駄目や思った?
でも、そんなん思う親はクズや。
肉親なんか、師匠のところに行った時点でわてにはもういなくなったんや・・・。
シンタローはん、“みんなが幸せ”になれるんは、青の一族だけどすか・・・?
“刺客”、“殺し屋”言うたかて、わてらは一般人とそう変わりまへん。
“みんなが幸せ”と“一般人”は・・・イコールで結びつかんとちゃいますの?

「・・・あかんわ。」

きっとこんな気分になるのは、気温が暑いせいだ。
寒さはどうにかできるが、炎を操る身に京都の暑さは中々堪える。アラシヤマは自分の気分を振り払うように身を起こした。
この古い家にはクーラーはない。仕方がない、内水でもしまひょか。
アラシヤマは袖をたくしあげると、再び玄閑のほうへ行った。
土間近くの水道を捻ると、(さっき水道屋を脅したおかげか、)すぐに水が出て、近くの桶にそれを汲み、柄杓を持って外へ出た。
外はもっと暑い。
丁度太陽は真上にあって、軒下でも日差しが照りつける。
アラシヤマは早速桶の中の水を柄杓で掬い、少しずつ辺りに撒き始めた。
それだけでも、幾分か気温が低くなったような気がして・・・また、情緒が安定した意味でも、安堵の溜息をついた。

ふと、こちらに近づいてくる気配を察した。
この気配はよく知っている。
無表情で何度も何度も殴られ燃やされ罵倒され、狐のような目・・・いや、妖怪のような・・・それは・・・

「お師匠は・・・どないしはったんどすー!?」

確かに、こちらに近づいてくるのは師匠のマーカーだったのだが、その格好があまりにも酷かった。
浴衣らしいものを着ているのだが、袖は七部どころか半袖、丈もつんつるてんを通り越して下着が見えそうな色々な意味でギリギリ状態である。
だが、マーカーはずんずんと躊躇いなくアラシヤマのほうへ近づいてくる。

「休暇ができてな。たまには日本の古都を見ようとやってきた。だが肝心のガイドがいない。」
「へぇ・・・。ちなみに、どこからその格好で来はったんどす?」
「ガンマ団からに決まっているだろう。」
「・・・。」
「ちなみにガイドを雇う金はない。」
「(隊長はんからまた給料支払われてないんどすなあ・・・)お師匠、何やその残念なお着物、どこで手に入れたんどすか?」
「お前が私の家に残して行ったキモノを着てきた。日本はこの服装が正装なのだろう。」
「当たってるけど違いますえ!!もう日本は鎖国終わって開国してます!それはわての子供の頃の着物や!」

師匠の口からガイドと聞いて何やら嫌な予感がしたアラシヤマだが、断ったが最後、きっとこの家もろとも焼き殺されるであろう。
でも、何なのだろう。内水とは違う安堵は。
そして、ふと、先ほど箪笥の中にあった浴衣を思い出して、口を開いた。

「お師匠はん、もっといい着物がありますさかい、こっちに来とくれやす。」

そして、アラシヤマは桶と杓を近くに置いて、後ろからマーカーが着いてくるのを確認しながら家の中に入っていった。



つづく


お友達に捧げているお話、炎の師弟です・・・。
ただわて、内水してるアラシヤマを妄想してたんどすけど、だったらここにトットリはん呼んだほうが早かったような気がしてならへんのや。
そしてずーっと西国の言葉を打っていると、何の反動なんだっぺな、国(東北)の言葉を使っちゃぐでしょうがねぇです。
仕事中も、「最近訛りやばくねぇ?」って言わっちます。わがってる、わがってるっちゃ。
あ、宮城でも「〜っちゃ」って使うんげんども、おらんとごではあんま使わねぇです。
もう方言崩壊しそう。助けて。
そしてもうちょいこの話、続きます。
もちっとアラシヤマをポジティヴ引きこもりにさせたいです。
ていうか、ほんわか師弟にしてぐがんな!