みいつけた(馬岱+凌統)



夷陵にて蜀を再起不能となるまで潰した孫呉は、撤退の準備をし始めた。
凌統は全ての陣営が引き払うのを見届けてから帰ろうと、未だ陣営に残っていた。

なんとなく、戦場の跡を見てみたくなった。
自軍のまとめ上げは副官に任せ、凌統は護衛数名だけをつれて、蜀の陣営跡に足を運んだ。
広大な焦土が火計の生々しさを物語っている。
火計は攻勢にとっては鮮やかな計略だが、守勢にとっては静かに全てを飲み込む恐ろしい力となる。恐ろしい。だからこそ、策に使うのだが。
諸葛孔明の石兵八陣にも行ってみた。奇怪な仕掛けだったが、奇怪といっても人工物である。一度攻略してしまえば何ともなかった。
内部には冷たい風が吹きすさび、喉に穴の空いた人のようにヒュウヒュウと音が鳴っている。そして、崩れた石柱に、人の血が迸っている壁。
勝利したにも関わらず、空しさに飲まれそうになる。

「凌将軍!」
「何だい。」
「蜀軍の…」

兵数人が1本の石柱を囲み、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。報告する兵の声が上ずっているし、他の兵たちもどこか緊張した顔で、じっと石柱を見ていて今にも得物を構えそうだ。凌統の場所からは兵たちの視線が集中している場所は見えないが、大体予想はできていた。
そこには蜀軍の生き残りが、一人。

「やあ。」

一人の男が、石柱に凭れて座っていた。
得物は持っていない。
左肩と左足に矢が突き刺さっている。右足は炎に焼かれ、もう使い物にならなそうだ。被っている軍帽に見覚えがある。翠に銀の縁と房がついた特徴的な軍帽は、錦馬超の傍らにいた・・・

「馬…岱!」

凌統が緊張の声をあげたと同時に、周りの兵たちが一斉に身構えた。
戦場跡には、一人二人ぐらいは潜んでいるものだが将軍相当の位を持つ男がいるとは思いもよらなかった。
凌統は一人静かに、馬岱の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。

「あんた、馬岱か。」

尋ねると、馬岱はくつくつと弱弱しく笑った。

「ああ、そうだよ。」
「随分と軽々しそうな奴だね。」
「ははっそいつはどうも、でも、あんたに言われたくないねえ。」
「…。あんた、ここで何してんだよ。おいてけぼり食らっちまったってかい?」
「そうだね〜…待ってるのさ。」
「誰を?」
「若。馬超さ。」

凌統は無言のまま眉間に皺を寄せた。
馬超は確か、拠点もろとも炎の中に消え、焼け跡でそれらしい兜を発見したと陸遜から聞いたからだ。
黙ったままの凌統の真意を知ってか知らずか、馬岱は人懐っこい瞳を優しく綻ばせ、従兄上はこんな炎では死なないと言った。
馬超の死体はなかった…とも陸遜が言ったことを思い出した。 馬岱は本気でそう思っているようだし本当にそうであるかのような言い草だし、もしかしたら本当に錦馬超は生きているのかもしれない。
凌統は彼に悟られないよう小さく鼻から息をついた。
そして、聞いても聞かなくてもよかったのだけれど、何となくまだこの男と話をしたくて口を開いた。

「その、若っていうのが来たらどうすんのさ?」
「そうだねぇ・・・帰ろうかな、西涼に。」
「・・・へぇ。」

馬岱は本気だった。
絵空事ではなかった。従兄上と一緒に再び西涼の大地を馬で駆け、美味い羊肉を食べながら歌い踊って、西涼に侵攻してくる勢力あらば、それに対抗して武を振るう・・・。
きっと楽しい。またあんな日々を送るんだ。
けれど、目の前の凌統という孫呉の将軍は面白いことにどんどん悲しそうに顔を歪ませている。
何がそんなに悲しいのだろうか。そもそも蜀が進軍した理由には納得いかなかった。それは馬超も同意見だった。しかもこんなに鮮やかに負けて。
あの場に大義がなければ去るのみだ。
とうとう泣いてしまうのではというところで立ち上り、背を向けた。

「さ、帰ろう。」
「え!?凌将軍、仕留めないんですかい?」
「待ち人に手を上げる人間はいないよ。さ、俺たちも帰ろうぜ。」

チラチラと馬岱を見ながら後ろ髪引かれる兵たちを引き連れ去ってゆく凌統に、馬岱はとびきり明るい声で呼びかけた。

「あんたは優しいね!」

すると、髪を一つに結んだ頭がほんのわずかに振り返り、ひらひらと後頭部で手を振っているのが見えた。
馬岱はふう、と息をついて高い空を見上げた。

「さて・・・。」

(若は、いつ来るかねえ?)




数日後、蜀軍が戦場を調べるのに夷陵へやってきた時には、そこに誰一人として人はいなかったという。







岱が好きすぎて書いてしまいました。勢いです。
ベースは5の夷陵で、甘寧も生きてること大前提です。
消えたのは、討ち死にを装って故郷に帰ったということです。北方三国志の馬超みたいに。
馬岱の性格がよくわからないのですが、馬超の考え>(越えられない壁)>劉備の大徳なんじゃないかなあと思いました。
カップリングではないんですけど、二人の会話が聞きたいです。結構気があう気がする。